―― どこか変わった? 見た目、という意味ね。太った? 痩せた? 背は伸びたりした? もし可能なら、写真を送ってね。 あなたの家族は、外国の『ペンフレンド』のことを知ってるの? 会ってみたいです。 数か月前に、『ベイベイ』という名前の猫が来ました。彼女はとてもかわいいので、私たちみんな彼女が大好きです。私が一人の時は、彼女が一番の話し相手です。嬉しい時にはいっぱいキスするのだけど、私の『残酷な』かわいがり方を、彼女は怖がっています。悲しい時には、彼女相手に泣いたりお話したりできます。お行儀よく、静かに聴いてくれます。ね、彼女は私にいっぱい幸せをくれるでしょ? あら、しゃべり過ぎたみたい。もう午後十時四十五分だわ。でも、眠くなくて。私は・・・『夜の猫』ね!(笑っちゃだめよ) 多分あなたは、一日の疲れでもうベッドに入ってるでしょう。目を閉じて、静かに言うの。『おやすみなさい、M』、『明日もいい一日でありますように』。 送りたい時に、あなたに手紙を送ろうと思います。ええ、そうするわ。だって、知ってるから。『あなたの心は、私の傍にいる』ってことをね! そして・・・『私もよ』 追伸。うっかりしていたのだけど、『M』の発音の仕方が分からないわ。あなたはどう思う? 真心を込めて、あなたへ リンより―― 多分彼女は、本当に天使なのだろう。失意の中にいた僕の前に、その翼を広げて、舞い降りてきた・・・それにしても、余りにも罪作りな手紙だった。これで好きにならない方がどうかしている。 それが意図されたものなのか、それとも、これが彼女の自然な姿なのか。いやもちろん、これが彼女のありのままなのだろう。意図されたものだと思うのは、僕の誤解に違いない。 僕は自分にそう言い聞かせながら、まだ続きのある手紙を読み進めた。 ――私達の中で、有名なことわざがあります: くしゃみが一回なら、誰かが、あなたの悪口を言っています。 くしゃみが二回なら、誰かが、あなたがいなくて寂しく思っています。 くしゃみが三回なら、風邪をひいているかも。 今、二回くしゃみをした? 多分、今は寝ているわよね。 もし、したのなら、あなたには分からないだろうけど、気にしないわ。 もししてないなら、あなたがくしゃみをするように、もっとがんばろうかな。 どう?―― まったく・・・この罪作りな天使は、猫だけでなく、僕にも残酷な仕打ちをしてくるようだ。 手紙を読み終えた僕は、一つ溜め息をつくと、返事を書くために便箋を取り出した。しかし、一体何を返事として書けばいいのかが分からない。いや、書きたいことは山ほどあったが、あらゆることが誤解であるように思えてしまった。 筆の進まないままその日はベッドの中に潜ったが、少なからずの高揚感が、必要であるはずの睡眠を妨げている。とりあえず目をつむり、僕は小さくつぶやいた。 「おやすみ、リン」 ※ ※ 朝、というには極めて暗い。午前二時、まだ寝静まった町の中を僕は店へとミニバイクを走らせていた。 結局、眠れたのは四時間に満たないだろうか。しかし、見上げた視線の先に浮かぶ月は、少し欠けてはいるものの美しかった。 あの月を、リンも見ているのだろうか。 その日を境に、僕はしばしば夜空を見上げるようになった。目に見えるものは、あの天山天池で見た星しかない空とは全く違っていたが、それが逆に、西安の星の見えない薄汚れた空を思い起こさせ、ただ一つ存在感を示している月だけが、三日掛けて書き上げた手紙の返事を待つ間において、僕とリンを結ぶ唯一の物のように思われる。 一日一日をただ生き延びるだけだった日々が、リンからの手紙を待つ日常へと変わった。多分、他人から見ればその二つは似たようなものなのかもしれない。しかし、僕にとってそれは劇的な変化だった。 二人を繋ぐ月が、一旦隈のないものになった後、どんどんと細くなっていき、遂には夜明け前にしか昇らなくなった頃、西安からの三通目の手紙が僕の許に届いた。
コメントはまだありません