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 子供の手に小さな鳥が握られていることに気がついたアダンは思わず足をとめた。  しゃがんだ子供の周りには、その小鳥のものだろう羽根が散乱している。  冬の乾いた日差しに照らされる青みを帯びた羽は空の破片のようだった。  眉をひそめたアダンの表情は険しく、だが彼が帰ったことに気がついた子供はつばの広い帽子のしたでパッと表情を明るくした。  そして小鳥を握ったままアダンのほうへと走り寄ってくる。  子供は肌から髪、はては睫毛まで白く、陰になっていてもわずかな光で雪の粒のように輝いていた。 「あげる、アダン」  小鳥を握った小さな手をぐいと突き出され、アダンはさらに顔をしかめた。  それから、子供の白い手から小鳥を丁寧に取りあげる。  ささくれた指先でまだ心臓が動いていることを確認すると、細く嘆息をもらした。 「ネジュ、鳥をこんなふうに扱ってはいけません」  子供は薄いグレイの瞳をまるくしてアダンを仰ぐ。 「どうして?」 「乱暴にしたら死んでしまうからです。自分よりか弱いものは丁寧に扱わなければいけない、そう教えたはずですよ」  不思議そうな顔をするネジュに、アダンは言い含めるよう静かに話す。 「とくにおまえは、ちからが強いのですから」  ネジュはこてりと首を傾げた。幼い眉をきゅっと寄せ、色素の薄い瞳で一点を注視する。  まだ未熟な感覚で考え、言葉を紡ごうとする子供を、アダンは辛抱強くじっと待った。  小鳥はまだ、アダンの大きな手のなかで気を失っている。 「……おはな」 「ん?」 「えと、おはなは、いい?」 「……どういうことでしょう。花がどうしたのですか?」  ぱくぱくとネジュがくちを開け閉めするが、言葉は出てこない。  苦い薬でも飲んだような表情を浮かべるネジュを見おろしていたアダンは、しかめていた顔の筋肉を少しだけ緩めた。 「焦らなくていいですよ。ゆっくりで大丈夫ですから」  えっと、あの、と言葉を探す子供のくちの端からちらりと尖った犬歯が覗く。 「あのね、おはな、きれいでしょ? エマがきれいだからって、つんでた。アダンとネジュにもあげるって」  エマというのはアダンの古馴染みであり、通いの家政婦である。  そういえば先日、自宅で育てているマリーゴールドがたくさん咲いたからと切り花にして分けてくれたのだった。花瓶代わりのコップに差したオレンジの花をネジュはいたく気に入ったようで、自ら進んで水替えをやりたがる。  せっかくだから、もっとあたたかくなったら庭に何か植えてみましょうよ、とエマが花のカタログをもってきたのも記憶に新しい。アダンは鑑賞用の花に興味などないが、ネジュは喜ぶかもしれない。 「とりがね、」 「はい」  はたり、と白い睫毛が上下する。 「きれいだから……だから、アダンにあげようって、おもったの」 「……なるほど」  合点がいったアダンは、ふむ、と黙りこんだ。  エマが庭に咲いたマリーゴールドを綺麗だからと贈ってくれたように、ネジュは瑠璃色に光る鳥を綺麗だと思ってアダンに贈ろうとしたらしい。要するに、その綺麗だと思った対象が花だったか、鳥だったかの違いなのだ。  たったそれだけの違いがどれほど大きく、どうして片方は許されるのに、もう片方は許されないのか。なんと説明すればよいのだろう。  答えを探すアダンを、夜空に浮かぶ月を思わせる双眸が見つめている。  かつて悪魔と呼ばれた子供が、アダンの言葉を待っている。
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