ボクオーン
その5

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 次の日曜日にボクオーンは大宮駅前で真希を待っていた。彼の実家は大宮駅前西口にあった。しかし区画整理でその姿は激変していた。彼が遊んだ故郷の姿はもうどこにもなかった。彼の父親は駅前にあった一等地を勝手に売って失踪した。当時の金で3億は下らない土地だった。子供だったボクオーンには分からないことだったが、父からその土地を相続しビルでも建てていれば一生苦労せずに生きられたはずだった。もし相続してれば彼の人生はこんな風じゃなかったはずだ。そう思うたびに父への憎悪がぐつぐつと沸いてきた。しかしボクオーンは父の正妻の子ではなかった。父は子供に対する愛情がないただの女好きで方々に子供を作った。その中の一人がボクオーンである。母はどうにかこうにか彼を育てた。だがうつ病になって働けなくなり今では母子ともども生活保護の世話になっている。  ボクオーンは幸せになりたかった。子供のころは楽しかった。小学校の放課後、三角ベースの野球をして遊んだ。夕方になると母が「ご飯ですよ」って声をかけに来てくれた。ジャングルジムの天辺で、これから訪れる未来に思いをはせ感傷的な気分になった。小学校五年生のときに初恋をした。相手は美人で優秀な人だった。その少女に出会ったときの心のときめきは表現しようがない。なにしろ彼自身も少年であったのだから。彼女の家は小学校から十五分くらいのところにあった。そこは彼にとって遠くから眺めるしかない聖地だった。「一緒に帰りましょう」という言葉をどれだけ言おうとしただろう。しかし卒業するまで言うことは出来なかった。その無邪気で幸福な時間は永遠に続くものと思われた。でも中学に進むころから生来の秘めた悪しき性質が露わになってきた。ボクオーンのノートに「僕は神だ!」という文字が躍るようになってきた。彼は鼻持ちならない人間となりみんなから嫌われた。彼は中学を中退し引きこもるようになった。母は働けなくなってから預金を切り崩して生活していたが、生活保護の制度があるのを知ると、何としてでも認定されようと苦心した。そしてめでたく生活保護を受けるようになると全く働かなくなり家の中もゴミで溢れかえり、それをかき分けて生活するようになった。ボクオーンは全く現実が見えなくなっていた。それは現実を見たくない本能のようなものだったのかもしれない。彼の妄想は自身の中で増殖し王国を作り上げていた。その王様であるボクオーンは幸せになれたのかもしれない。でもネットをしている時や外出をする時にはその王国は容易に危機にさらされた。他人は彼が王国の王様だという妄想など知らないし知る気もない。彼は王国を攻めてくる外敵を攻撃した。他人を罵り嘲り彼らは自分の下僕に過ぎないと思い込むようになった。そして愚かしさここに極まれり、自分は世界の、宇宙の中心であり全ての存在は自分の周りをぐるぐる回転し自分に奉仕する下僕だと思うようになった。その妄想の世界は彼にとって真実の世界だった。彼の自己愛は限りなく膨れ上がり、その執拗な愛情は自分に向けられ、それに酔いしれて、王国は愛に満ちた世界となった。そしてその濁った目を通してしか世の中が見えなくなった。真希は彼にとってお妃様だった。だが真希が自分から逃げようとしたり、ネットでみんなから攻撃されるので彼の神経はズタズタになった。でも真希と暮らす永遠の未来を妄想の中で描くとき彼は幸せな気分になった。  真希がやってきた。ボクオーンは体を上下左右に揺らしながら走った。興奮すると彼は体の自由が利かなくなる。それは身体的なものではなく神経の発作とでもいうようなものだった。 「やあ、また会えたね。寂しかったよ、真希さんもそうだった? この前、僕泣いちゃったね。恥ずかしかったよ。ああいう不安は時々あるんだ。真希さんと出会ってからよくあるような気がする。これが恋なのかな。でも僕に会いに来てくれて嬉しいよ。大宮公園行こう。桜が咲き誇っているよ」  二人は桜舞う道を歩いた。爽やかな昼間だった。広い池のベンチに腰掛けた。真希はバッグからサンドイッチを出した。 「朝、作ったのよ。お口に合うかどうかわからないけど食べましょうね。私、考えたのよ。これからどうしたらいいかって。こうしてたまに会う関係が一番いいのじゃないかって思うの。男と女っていうのではなくて、友達として会いたいの」 「僕は真希さんと話せるだけで幸せだけど、本当は一つになりたいんだ。男と女が一つになるって分かるよね。抱きたいんだ。あそこが見たいんだ。真希さんが誰にも見せていない所を見たいんだ。あそこを広げたいんだ。中の方まで見たいんだ」  真希は困って少し周囲を見渡した。誰もいないのを確認してから言った。 「そういうことは外では話さないで。おかしな人と思われるわよ。あなたは自分の中と外がよく区別できていないようだわ」  真希はボクオーンが自分を守るために王国を築き上げたのを知らない。 「えっ、自分の中と外ってどういうこと? 自分と真希さんしかこの世にいないよ。厳密に言えば真希さんは僕の世界の中にいるお妃だよ。僕はこんなに人を好きになったことないよ。僕らはまだ一つになっていない。ねぇ、ホテルに行こう」 「それは無理よ。私は結婚するまでそういう行為はしないことに決めているの。あなたがあまり要求すると会えなくなるわよ」 「じゃ、体だけ見せて。君の一糸まとわない姿が見たいんだ。僕は死ぬほど君を愛している。僕ほど君を愛している人はいない。見せてくれないなら僕は死ぬ」  ボクオーンはそう言って、ポケットからバタフライナイフを取り出してナイフの切っ先を自分の喉に当てた。 「僕は死ぬのは怖くないんだ。だって一万回以上死にたいって考え続けてきたからね。僕が死ぬことはこの世が消えることなんだ。真希さんも道連れだよ。夢から覚めるようなことだよ、死ぬっていうのはね。死んだら他の自分になって甦るのさ。人はね、死んでも自意識から逃れられないんだ。死んでも死んでも同じ自意識を持って甦るのさ。前世のことはすっかり忘れてしまっているけどね。でもそれは他の誰でもない自分なんだ」  切っ先が皮膚を破り、血が出てきた。 「止めて! なんてことをするの。死んだらそれで終わりなのよ。人生は一度きりなの。命を粗末にしてはいけないわ。あなたが満足するなら体は見せます。でもそれ以上の行為を求められたら私はあなたを訴えます。それでもいいですか」 「真希さんの体を見られたらもう僕には思い残すことないよ。死んでもいい。でも君とそれっきり会えなくなるんじゃ僕は嫌だよ」  真希はそれには答えず歩き出した。 「どこへ行きますか?」 「この辺はラブホテルが一杯あってね。ほらあの武蔵っていうホテルはどう?」  二人はホテルの中に入って行った。  ボクオーンはベッドに座った。真希はその正面に立った。そして決心したように服を脱ぎ始めた。彼の胸は張り裂けそうに高鳴った。全部脱ぎ終えた裸は彼の予想に反して艶めかしかった。 「触らないでね」真希は言った。  ボクオーンは彼女の胸のふくらみと下腹の薄い陰毛の下にあるはっきりとした亀裂を見て興奮し激しく勃起した。そしていきなり吸いつくようにその亀裂に唇を当てた。彼女は抵抗したが下半身をきつく押さえつけられて身動きが出来なかった。彼はその亀裂の上から下まで舐めまわした。何回も何十回も舌を這わせクリトリスを刺激した。彼女の口から声が漏れるようになった。彼は抵抗する彼女をベッドに横たえた。柔らかくて張りのある乳房に顔を沈めながら下腹へと舐めまわし足を広げた。そこに夢にまで見た真希の唇があった。彼はその唇を両方の指で広げ、その光景に酔いしれた。甘い香りが膣から沸き上がった。彼は舌をとがらせて膣に入れた。彼女の口から喘ぎ声が聞こえるようになった。彼は素早く全裸になり勃起した男性器を膣に当て押し込んだ。彼の性器はほどよい圧迫を得ながら彼女の中で暴れた。愛する人とのSEXはこれほど気持ちいいのかと生まれて初めて知った。彼は彼女を激しく突き、そして果てた。彼女から溢れ出る精液を舌で押し込んだ。  真希は泣いていた。涙が止まらずしゃくりあげて泣いた。彼がきつく抱きついてきた。そして唇を押し付けてきた。彼女は抵抗せず唇を開いて彼に吸われるままになった。  ボクオーンは突然、真希と連絡が取れなくなった。彼女は彼の前から姿を消した。マンションの部屋は解約されていた。それから六か月彼は悩み苦しんだ。しかし彼には彼女が必ず自分のもとに帰ってくるという確信があった。彼は仕方なく保護のお金を使って探偵を雇い調査をしてもらった。一週間後、彼女は主演の映画を撮影しているという結果を得た。彼は驚くとともに傷ついて嘆いた。自分の知らない所で物事が動いていくのを唖然として見送る以外なかった。あの日の行動で彼女が去ってしまったという後悔の念に苛まれた。  ボクオーンはこの世の全てから縁を切りたいと思った。ひどく些細なことが彼を傷つけた。彼の心は傷だらけだった。傷つけた全てのものに復讐したいと思った。だが復讐にとらわれていると縁は切れない。縁を切ろうとすると復讐できない。このジレンマがさらに彼を苦しめた。    ボクオーンは胃の下辺りが痛むようになった。その痛みは激しさを増し、錐で突かれているような激痛が走った。彼はやむなく病院に行った。  検査後、先生が複雑な表情をして言った。 「水野さん、今度お母さんと一緒に来てくれますか。ちょっとお話があるので」 「えっ、僕悪いんですか。ただの胃痛じゃないんですか」 「この前の検査で気になる部分がありました。精密検査をしたい」 「えっ、僕が病気になるわけないです。僕が病気になるとこの世がとんでもないことになりますよ。僕が死んだらこの世は消えます。だから僕は容易なことでは死ねないんです。先生も消えます。もともと幻影だからね。僕の舞台で医者を演じている役者さんでしょう。過剰演技しなくてもいいですよ。僕が病気になるなんて台本に書いていないでしょう。アドリブは止めてください。ちゃんと演技してね」  医師はボクオーンの話に最初の方は耳を傾けていたが、すぐに無視するというか流すようにしていた。精神科に通っているようだし、そちらの方は任せていた。ボクオーンはひとまず入院という形をとることになった。六人部屋に彼のベッドが用意されていた。ボクオーンはとても耐えられないと思った。人と一緒に寝るなんてことは出来ないと思った。下僕どもと同じ病室に入るなんて考えられなかった。彼はナースステーションへ行った。 「なんで僕のベッド六人部屋なんですか? お金払いますから個室にしてくださいよ」 「ええと、あなたは生活保護を受けられている方ですね。個室には入れない決まりになっています」 「えぇっ、そんなことを言っているようではこの世に災害が起きますよ。あなたの責任ですよ。あなたは殺人者になるんですよ。いいんですかね」 「何をお話になられているか分かりませんが病室は変えられません」  ボクオーンはその夜、大地震が来るのではないかと思って寝付けなかった。僕は生きなきゃならない。逃げなきゃならない。彼の予感はほとんど外れたが、たまに当たることもあった。少なくとも宝くじの確率よりもあった。僕につらい仕打ちをすると大変なことになるぞ、彼はそう言ってベッドの上で震えていた。隣の病人がいびきをかきはじめた。それになんか変な臭いがする。靴墨のような臭いがする。ボクオーンは音と臭いに桁外れに敏感だった。アスペルガー症候群と診断されていた。彼は耳を抑えて耐えたが、無理だったのでナースステーションに耳栓を貰いに行った。 「隣の人のいびきが気になって眠れません。それに変な臭いもする。耳栓と活性炭入りのマスクを下さい」 「耳栓はありますが、普通のマスクしかありません。それで様子を見てください」  ボクオーンは病室に戻ったが、相変わらず隣の病人がいびきをしている。どうしようか考えた。首を絞めて殺すか、別にこんな人間殺しても世の中に何の変化もない。でも僕が不快な思いをすると世の中が乱れ、僕がつらい仕打ちを受けると大災害が起こる。耐えようか、彼は子宮にいたときのように体を丸くして毛布にくるまった。彼は子宮にずっといた方がよかったのかもしれない。そのほうが幸せだったろう。無駄に鋭敏な神経と感覚を持つ彼にとって世の中は刺激的過ぎた。  精密検査の結果、彼は悪性のすい臓がんだった。彼には知らされず母親に伝えられた。手術不可能だったので二週間で退院した。強い鎮痛剤を飲んでやり過ごすことしか出来なかった。時々差し込むような痛みが胃の辺りを襲うが、薬を飲めば収まるのでボクオーンは再び前のような調子を取り戻した。僕に死はない、僕が死ぬ時は世の中が消える時だ。この世はめったなことでは消えないだろう、ゆえに僕の命は永遠に等しい。彼はこう解釈した。  彼の入院費、治療代はもちろん無料だった。ワーキングプアはもちろん自費で支払う。だから彼らの多くは医者にも行けない。保険代が払えないのだ。彼らに比べて生活保護者は恵まれすぎている。生活保護を受けている人のどれだけがそれを受けるに値するのか疑問だった。  ボクオーンは真希を再び探し始めた。住所、電話番号、メールアドレスは探偵から得ていた。映画のロケ現場の周囲をうろつくようになった。もちろん撮影所の中には入れない。この中にいる真希は手の届かない女優で、もはや彼のことを虫けらのように見ているのではないかと思った。彼は自分の放ったスペルマの行方が気になった。うまく子宮口に潜り込んでくれたかどうか気になった。他の女の孕んだガキはゴミ箱に捨てるが真希と自分の子供は育ててもいいと思っていた。  ボクオーンは真希のマンションの前で何日も彼女の帰りを待った。しかし彼女は現れなかった。探偵の調べた住所は間違っているのではないかと訝った。その時、彼女は地方にロケに行っていた。彼女を王国に取り戻さなければならないという焦りで彼は強く歯ぎしりをして歯医者の世話になることになった。  そしてとうとう真希が向うから歩いてくるのが見えた。彼は近寄った。 「真希さん、探したよ、何故会えなくなったんだろうね。僕はずっと悲しんでいたんだよ。僕を悲しませるなんて恐ろしい災厄が起こるよ。日本は沈没するかもしれない。責任もって行動してくれないかな」  真希はスマホを握ってどこかへかけた。するとマンションの入り口から男性が現れボクオーンを突き飛ばした。 「何をする。誰だよ、あんた!」 「私は酒井真希さんの婚約者の佐藤誠です。あなたのことは彼女から聞いています。残念ながらきつい言い方をします。あなたは気が狂っているそうですね。狂人だそうですね。あなたが彼女に対してした行為も聞きました。私は警察に行けばいいと言ったんですが、彼女はそれは止めてくださいと言った。憐れみなんですよ。あなたには分からないでしょうね」 「へっ、いつから彼女と付き合い始めたの? 彼女は処女だったんだよ。SEXはしたんかい。SEXもできないで婚約者かい。あんたなんか彼女に取りつく毛虫同然さ。処女じゃなくて残念だったね。彼女の膣には僕のスペルマがこびりついて離れないよ。永遠に刻印を押してやったんだからね。あんたはよそ者さ。後から来て略奪する侵略者だよ。真希は僕を選ぶ。真希は僕を愛しているんだ」  真希は佐藤の体の影に隠れた。 「いいですか、これ以上、彼女に付きまとうようなら警察に連絡します。これが最後通牒です。二度と彼女に近寄らないでください」  佐藤はマンションの中に一緒に入って行った。 「同棲してるな、この野郎、俺の子はどうなった? 妊娠したのか。お前が育てていくのか。俺は一銭も払わないぞ。俺は子供なんか興味ないんだ。ただ真希と俺の子供だから大切だと思っただけだ。お前が育てるならそれでいい。誰が育てようと子供は育つように育つからな」  ボクオーンは腹が立って仕方なかった。自分の子供があのマンションの一室で佐藤と真希に可愛がられていると思うと無性に腹が立った。しかしこれはボクオーンが勝手にそう思い込んでいただけで子供は当然、生まれていなかった。そもそも半年足らずで子供が生まれるわけがない。彼は半年もあれば子供が生まれると思っていた。それに腹を膨らませた状態で映画の主演が出来るわけもない。彼の愚かしい妄想はぐんぐんと成長し、はっきりとした映像になっていた。日の当たる窓辺につどう、真希とあの男と赤ん坊の幸福そうな光景が目から離れなくなった。 「殺す! 皆殺しだ」  彼の頭の中で三人が惨殺され血まみれになって死んでいる情景が駆け巡った。  彼の病気はさらにひどくなった。あまりの激痛に「お母さん、僕死ぬのかな」と聞いた。母は「そりゃ、いつか死ぬよ」と言った。「僕がんじゃないよね」と聞くと「先生はしこりって言ってたよ」と返した。  母はボクオーンが悪性の腫瘍だと聞いた瞬間、彼を諦めた。いないものと見なそうとした。彼女は相変わらず一日中寝ていた。彼は真希への復讐と病気への恐怖で気が狂いそうだった。 『僕が死ぬわけがない。一人っきりで死ぬわけがない。世界を道連れにしないで死ぬわけがない。あのドイツの哀れな副操縦士とは違う。この世のシステムを変えると言って墜落死した副操縦士、彼と僕はどこか似ている。百五十人を道連れに自殺した彼は愚かで哀しい。あぁ、何かが間違っている。僕がこんなに弱っているのに世の中は平然と流れている。大地震が起こるべきだ。大災害が起こるべきだ。死病が蔓延するべきだ。彼は真希に原因があると考えた。彼女の振る舞いが僕を病気にし、王国を壊していくんだ。何故僕から逃げる? あり得ないだろう』  ボクオーンはテレビを見ていた。真希が共演する俳優と一緒に画面に出ていた。映画の告知だった。真希の笑顔がまぶしかった。それまで彼が見たことのない表情だった。彼女の顔がアップになる。美しい、清廉な笑顔だった。その輝きに彼は圧倒された。 「畜生! 俺の子どうした?」  彼はティッシュペーパーの箱をテレビ画面に投げつけた。 「畜生! 訴えてやるからな。俺の子供を産んで殺したのに違いない」  ボクオーンはすぐに頭で考えを巡らせ、訴えられるのは自分だと思い直した。彼は画面に向かって皿を投げた。画面は粉々に砕け、保護費で買ったテレビが無駄になった。  彼は連日マンションの入り口で彼女が出てくるのを待った。しかしいつも佐藤という男と一緒で手が出せなかった。そのうちに警備員が来て注意された。彼の怒りは頂点に達し、他の住民がオートロックで入る時を狙ってマンション内に侵入した。そして壁の陰に隠れ彼女が帰ってくるのを待った。夜の十時ごろ彼女が現れた。彼女一人だった。同棲しているわけではないのか? 彼はとにかく彼女がドアを開いた瞬間に飛び出して同時に部屋の中に入った。  ボクオーンは叫ぼうとしている彼女の口をハンカチで覆いガムテープを貼った。 「おいっ、俺を裏切ろうとしているんじゃないのか。許さんぞ。子供はどうなった? 殺したか? あの男はどうしている。同棲しているんじゃないのか? 俺を裏切るものはどうなるか教えてやる」  彼は彼女の衣服を脱がせ全裸にした。彼女は激しく抵抗したが体力だけはある彼の力に抑え込まれた。彼はバタフライナイフを取り出した。そして彼女の口のガムテープを切った。真希は大声を出した。彼は慌てて口を押えた。 「ゆっくり話しましょう。なんで僕を避けるんです? あなたは僕の王国の妃なんだから帰ってきてください。僕と真希さんは許嫁なんですよ。生まれたときに運命は決まっていたんだ。記念に写真撮りましょう。さあ笑って、微笑んで」 彼はおびえる彼女と一緒に写真に納まった。  ボクオーンはいっぱい写真を撮った。彼女の体の隅々まで舐めるように撮った。真希は彼を激しく睨んでいた。  その翌日に警察官がボクオーンのもとへやってきた。彼は抵抗したが逮捕された。刑事と彼の話はまるでかみ合わなかった。勾留期間が過ぎ、彼は釈放された。  ボクオーンは激怒していた。王国が壊れそうになっていた。危機に瀕していた。復讐の二文字しか彼の頭にはなかった。部屋に隠しておいたUSBメモリーを取り出し写真をネットにアップした。写真はあっという間に拡散した。  彼は再び彼女の帰りを待ち、壁に隠れ、部屋に侵入した。彼女のおびえる顔は美しかった。ナイフを腹に刺し体内を抉った。彼女はうめき声を出し、こと切れた。 彼は満足していた。彼女を自分の手で殺したことに彼はいたく感動していた。彼女の生から死へ移る美しい瞬間を見届けられたことは素晴らしいことだった。たとえ再び自分が逮捕されてもである。それだけの価値があった。 メディアのカメラの放列の前で彼は誇らしかった。彼は彼女の運命となり、彼女は彼の運命となった。これからどれくらい刑務所に入ろうとも死刑にならない限り彼は自分の誇りを保つことが出来るだろう。彼女を殺せたという事実は彼の中で一層の輝きをこれからも放つだろう。人を殺すことこそが一番素晴らしいのだ。それも彼女のように若くて愛らしい美しい女性をその未来ごと殺すのが何にもまして素晴らしいのだ。彼女の未来は彼の未来となった。彼は残されたわずかな未来を彼女とともに歩んでいくだろう。                              了

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