こんな夢を見た。 北方からやってきて南方へと伸びている線路の上に、パイプ椅子が、背凭れを南に向けた状態で、置かれている。椅子は、ロープでレールに結びつけられていて、びくともしない。自分はそこに座らされ、これまたロープで縛りつけられて、拘束されていた。 数メートル前方には、東西に架かる歩道橋があった。線路の、砂利地帯の両脇には、緑色の金網が設置されており、さらにその向こう側は、歩道となっている。 橋にも歩道にも、たくさんの人がいて、鮨詰め状態になっていた。彼らは、老いていたり若かったり、男だったり女だったり、左右の耳に、胸ポケットに入れてある携帯型ミュージックプレイヤーから伸びたコードの先についているイヤホンを挿している太った男だったり、ツナギを着てイヤマフを装着した労働者だったりした。 人々は自分に、好奇や期待に満ちた視線を浴びせてきていた。にやにや、と薄く笑ったり、スマートホンのカメラのレンズを向けてきたりしている。 「死ーね、派手に死ね」「ぐっちゃぐちゃになりやがれ。ぐっちゃぐちゃに、だ」「思いっきり、吹っ飛べよー。おれはな、お前が十メートル以上吹っ飛ぶほうに、賭けてんだ」「せいぜい、面白い死に方をしてくれよな、思わず笑っちまうような、さ」 「た、助けてくれ」 自分は彼らに向けてそう叫んだ。しかし彼らは、くすくす、げらげら、ひーひー、と笑うだけだった。 「助けてくれ、だってよ」「馬っ鹿じゃねえの。助けるわけないだろ」「物真似しまーす。『助けてえーっ、うえーんっ、お母ちゃあんっ』」「おおーっ。似てる似てる」 次の瞬間、突然、線路の北方から、トロッコがやってきた。 上面を持たない直方体の木箱の下部に、車輪を四つくっつけただけのような見た目だ。小さな黒い石ころが、満載されている。向かって右の側面には、ブレーキらしきレバーが取り付けられていたが、まったく作動していなかった。 「おーっ。来たぞ来たぞ」「いよっ、待ってました」「轢けっ。撥ねろっ。ぶっ飛ばせっ」「ミーンーチ、ミーンーチ」 自分は、この場から逃げ出そうとして、必死に体を捩った。しかし、拘束は頑丈で、抜け出せそうな気配など、まったくなかった。 その後、数秒が経過した後、トロッコに衝突された。 自分は、南西の方向に撥ね飛ばされていった。いつの間にやら、パイプ椅子だのロープだのといった拘束は消えていた。数十メートル吹っ飛ぶと、砂利地帯に、ずしゃあっ、と着地する。それから、ごろごろごろごろ、と、しばらく転がった後、停止した。 「が、がはっ……」 自分は、生きていた。しかし、手足は、あらぬ方向に捻じ曲がっていたり、途中で千切れていたりしていた。口の中には、鉄の味がする生温かい液体や、酸っぱい味がするひりひりした液体などが広がっている。何かしらの臓器の破片が転がっているのが、視界の隅に見えた。 「ええーっ……」 失望の声が、あたりからいっせいに聞こえてきた。 「なんだよ。死なねえのかよ……」「つまんねーの……」「ちゃんと死ねよ……空気読めないのかよ……」「くそっ……首が飛ぶほうに賭けてたのに……負けちまった……」 その後も人々は、不平不満を言い続けた。しばらくすると、一人、また一人と去っていき、数分のうちに、誰もいなくなってしまった。 自分は茫然として空を見つめていた。 こんな夢を見た。 東西に架かる歩道橋の上に、自分はいた。主桁の下には、南北に、一本の線路が通っている。 自分のすぐそばには、太った男がいた。和服を着て雪駄を履き、頭には大銀杏を結っている。北のほうを向いた状態で、腕を組んで、仁王立ちしていた。 線路の、砂利地帯の両脇には、緑色の金網が設置されており、さらにその向こう側は、歩道となっていた。老若男女、たくさんの人が歩いている。 次の瞬間、突然、線路の北方から、トロッコがやってきた。 上面を持たない直方体の木箱の下部に、車輪を四つくっつけただけのような見た目だ。小さな黒い石ころが、満載されている。向かって右の側面には、ブレーキらしきレバーが取り付けられていたが、まったく作動していなかった。 線路の南方、橋から遠く離れた所には、ツナギを着た労働者が五人いた。みな、顔立ちの整った、美少女ばかりだ。何かしらの作業を、レールに対して行っている。騒音対策のためか、イヤマフを装着しており、トロッコに気づく気配はなかった。 「むう。何やら嫌な予感がして、歩道橋の真ん中で立ち止まってみたら」男は再度、むう、と唸った。「これはいかん。なんとかせねばいかんでごわす」 彼は、「とうっ!」と叫んで、跳躍した。欄干を軽やかに飛び越えると、レール上に、すたっ、と着地し、そのまま、脚を屈める。いつの間にやら、和服を脱いで裸足になっており、豪勢な締め込みを着用していた。 それから一秒もしないうちに、トロッコがやってきた。 「どすこいっ!」男はそう叫ぶと、突っ張りを繰り出した。 トロッコは、彼の攻撃をもろに食らった。猛スピードで前進していたのが嘘であったかのように、進行方向を百八十度反転させて、後ろへと吹っ飛んでいった。しばらくして、砂利地帯に着地すると、どがしゃあん、という音を立てて横転し、満載していた石をあたりに巻き散らした。 「はっはっはっ!」男は脚を伸ばして、高らかに笑った。「これにて、一件落着でごわすな!」 「きゃあーっ! すごいですうっ!」 そんな、黄色い声が上がった。男が振り向くと、そこには、線路の先で作業をしていた美少女五人が、いつの間にやら、やってきていた。イヤマフは消失している。 「ありがとうございますっ! おかげで命が助かりました!」 「あなたのおかげです! ありがとうございます!」 「あの、今、彼女っていますか?」 「いや! いてもいいわ! 二号でいいから、私を彼女にしてくださいっ!」 「なら、あたしは三号よ! 抱いて! 抱いてください!」 「落ち着くでごわす、落ち着くでごわす」男は再度、はっはっはっ、と笑った。「そんな焦らんでも、おいどんは逃げんでごわすよ」 自分は茫然としてその光景を見つめていた。 こんな夢を見た。 東西に架かる歩道橋の上に、自分はいた。主桁の下には、南北に、一本の線路が通っている。 自分のすぐそばには、太った男がいた。南側にある欄干の手摺りの上に、両腕を置くようにして、凭れかかっている。音楽を聴いているらしく、左右の耳に、胸ポケットに入れてある携帯型ミュージックプレイヤーから伸びたコードの先についているイヤホンを挿していた。転寝をしているようで、両方の瞼は閉じられており、半開きになった口の右端からは、涎がわずかに垂れている。 線路の、砂利地帯の両脇には、緑色の金網が設置されており、さらにその向こう側は、歩道となっていた。老若男女、たくさんの人が歩いている。 次の瞬間、突然、線路の北方から、トロッコがやってきた。 上面を持たない直方体の木箱の下部に、車輪を四つくっつけただけのような見た目だ。小さな黒い石ころが、満載されている。向かって右の側面には、ブレーキらしきレバーが取り付けられていたが、まったく作動していなかった。 線路の南方、橋から遠く離れた所には、ツナギを着た労働者が五人いた。何かしらの作業を、レールに対して行っている。騒音対策のためか、イヤマフを装着しており、トロッコに気づく気配はなかった。 自分が、この、太った男一人を突き落とせば、トロッコはそれを轢いて停止し、労働者たち五人の命は救われる。そう考えると、彼の背後に回って、両腕を前方に、勢いよく突き出した。 左右の掌が、どん、と男の背中を突いた。彼の体が、前方に揺れた。 しかし、欄干に、どしん、と衝突したせいで、落下は免れられた。男は、いてててて、と呟くと、腹の、ぶつけた箇所を擦りながら、くる、とこちらを振り向いた。 「なんだ、お前……喧嘩売ってんのか?」彼は、ぐるり、とあたりを見回した。「……ははあ、さては、おれを線路上に突き落とし、トロッコに撥ねさせることで、停止させようとしたんだな。ふざけやがって! こうしてやる!」 男は、憤怒に満ちた目で自分を睨みつけてきながら、そう叫んだ。 抵抗する間もなかった。彼は、しゅばっ、と、こちらに手を伸ばしてくると、がし、と、自分の両腕、脇の近くを掴んだ。そのまま、宙に持ち上げると、ぽいっ、と、歩道橋の下に放り投げた。レール上に、どしん、と尻餅をつく。 自分は茫然としてトロッコがやってくるのを見つめていた。 こんな夢を見た。 東西に架かる歩道橋の上に、自分はいた。主桁の下には、南北に、一本の線路が通っている。 自分のすぐそばには、太った男がいた。南側にある欄干の手摺りの上に、両腕を置くようにして、凭れかかっている。音楽を聴いているらしく、左右の耳に、胸ポケットに入れてある携帯型ミュージックプレイヤーから伸びたコードの先についているイヤホンを挿していた。転寝をしているようで、両方の瞼は閉じられており、半開きになった口の右端からは、涎がわずかに垂れている。 線路の、砂利地帯の両脇には、緑色の金網が設置されており、さらにその向こう側は、歩道となっていた。老若男女、たくさんの人が歩いている。 次の瞬間、突然、線路の北方から、トロッコがやってきた。 上面を持たない直方体の木箱の下部に、車輪を四つくっつけただけのような見た目だ。小さな黒い石ころが、満載されている。向かって右の側面には、ブレーキらしきレバーが取り付けられていた。わずかにかかっているようで、きいい、という、甲高い小さな音がしている。しかし、減速の度合いはとても小さく、かなり長い時間をかけないと、完全停止しそうにない。 線路の南方、橋から遠く離れた所には、ツナギを着た労働者が五人いた。何かしらの作業を、レールに対して行っている。騒音対策のためか、イヤマフを装着しており、トロッコに気づく気配はなかった。 自分が、この、太った男一人を突き落とせば、トロッコはそれを轢いて停止し、労働者たち五人の命は救われる。そう考えると、彼の背後に回って、両腕を前方に、勢いよく突き出した。 左右の掌が、どん、と男の背中を突いた。彼は、欄干を乗り越えると、そのまま落下していき、レール上に、どしん、と尻餅をついた。 トロッコが、やってくる。よく見ると、さきほどよりも、減速の度合いが大きくなっていた。この調子なら、彼は轢いてしまうだろうが、その先の労働者たちの所には、到達しないだろう。 そして、それから一秒もしないうちに、トロッコが衝突した。 彼は、上下半身を轢断された。貨車のブレーキや車輪が、体液だの臓器の破片だのに塗れた。 途端に、トロッコが減速をやめた。太った男を轢いた時点でのスピードを維持し始めたのだ。車体が、彼の肉片を浴びたせいで、あちこち滑りやすくなり、制動機がまったく効かなくなってしまったに違いなかった。 その数秒後、トロッコは労働者たちを轢いた。五人とも、犠牲となった。全員の体が、ばらばらに破壊され、線路のあちこちに吹っ飛んだ。 自分はトロッコに撥ねられた。 「よし、こんなところかな……」 そう呟いて、おれはテキストファイルを上書き保存した。 おれは今、安アパートの一階にある自宅で、「トロッコ問題夢十夜」という小説を書いている。現在、九夜目まで書き終わったところだ。 「さて……十夜目、どうしようかなあ?」 そう呟くと、おれは椅子から立ち上がって、窓に近寄った。部屋は長方形で、東辺の中央付近に、ノートパソコンを載せたテーブルが、西辺の中央付近に、窓がある。 縦二メートル、横三メートルはある、大きな枠だ。しゃーっ、という音を立てて、カーテンを開ける。 アパートは、なんとかいう工場と隣接していた。敷地の境界線を示すフェンスは、見るからにぼろぼろで、人力でも破壊できそうなほどだった。 仕切りの奥、ここからまっすぐ数十メートルほど離れた所には、蒲鉾型の建物がある。それの中央には、出入り口が備え付けられており、そこから線路が一本、こちらへと伸びていた。 レールは、フェンスを越えてすぐのあたりで、おれから見て右方に急カーブしている。ときおり、トロッコが、建物の中から現れては、手前に向かって走ってきて、カーブを進んでいっていた。この風景を眺めているうちに、「トロッコ問題夢十夜」という小説のプロットを思いついたのだ。 「うーん……とりあえず、適当に何か、書き出してみるかな……そのうち、ネタ、思いつくかも……」 おれはそう呟くと、椅子に戻った。心持ち背筋を伸ばすと、ノートパソコンのキーボードに、両手の五指を添える。 直後、どがしゃあん、という音が、背後から聞こえてきた。おれはびっくりして、ばっ、と、勢いよく後ろを振り向いた。 その時にはもう、脱線して吹っ飛んだらしいトロッコが、フェンスと窓ガラスを突き破った後で、おれは成す術なく撥ねられた。 〈了〉
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