夜の月子
シーン1

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2月の初めについにヘアサロンで金髪にしてもらった。 このまま明日から学校にも行くつもりだ。 周りがなんと言おうが暫く髪の色は変えるつもりはない。 「ツッキー、大分お洒落で可愛くなったな」 サングラスをかけたその彼は私の髪の色を見てそう褒めた。 「ツッキー」というあだ名はその男の子がつけたものだが私は気に入ってはいなかった。 でも彼は恩人なので別のに変えてなどとは言えなかった。 まあ、いいかなと。 「今日は豪華に鍋にしよう」 彼はそう言って両手にスーパーの袋に入った大量の食材を掲げて見せた。 「うん」 食材は私が代わりに持ち、彼がバイクを運転し、私はその後ろに乗った。 私の名前は「月子」と言う。 名字も勿論あるがもうどうでもいい。 親にキレて家出したからだ。 名前に「子」がつく女の子は私の世代ではほとんどいない。 学校のクラスの女子でも私だけだ。 ただ私は月子という名を「ツキ子」「ツいてる子」「運のいい子」の意味に捉えており、別に名前自体は嫌いではなかった。 もっとも両親はそんなつもりの意味で名付けたのではなかろう。 去年の年末、溜まりにたまった堪忍袋が切れて私は鞄に荷物を詰めて家を出た。 親はこいつには飯を食わせて学校に行ってりゃそれなりに育つだろう。 あとは誕生日にプレゼントとかあげればいい。 ホントにそれだけだった。 あとは全く娘の私に無関心。 親は親で忙しいのか、そんなことはない。 家じゃ彼らはテレビばかり見て、父は休みの日はゴルフとか。 私が頭に来てわめいて何を訴えようが暖簾に腕押し、彼らはピンと来ない。 それどころかこんなに親としてお前に尽くしてるのに何を怒っているのかと。 そんな子は病院に入れてしまおうとか言い出す。 狂ってるのはあんたたちだ。 ホントにあいつら入院手続きまでしやがった。 それで病院に監禁される前に私は家を出た。 もういい。 彼らに何を言ってもムダだ。 何処か遠くへ行こう。 寒空の中、私は渋谷のハチ公前でスマートフォンを使って家出サイトのページを出し、1週間、いや、3日間でいいから泊めてくれそうな人を探した。 男性宅でもいい、なんなら宿泊代として身体を渡してもいい。 その日から私は自分でも不思議なくらいたくましくなっていた。 スマートフォンを長時間ガン見してると 「もしもし、ひょっとして家出かい?」 男性が声をかけてきた。 サングラスをかけたその男性は私と似たような歳に見えたが実際の年齢はよく分からなかった。 私の大きな荷物を見てそう思ったのか。 「前もあなたみたいな子を家に泊めてたんだ。だから駅前には時々顔を出してみるんだけど。で、今日はあなたかい?」 彼が言うには家に何日か泊めてもいい、宿泊代とかはいらない、代わりに暇潰しの話し相手にでもなってくれれば。 出ていきたければいつでも出ていけるようにする、お礼なんかいらないお互い持ちつ持たれつだ。 それと自分は男だけど、それでいいなら家に行こうとのこと。 ここからかなり歩くけど安いアパートで独り暮らし、ワンルームで狭い。 その気なら好きなだけ居ていい、と歩きながら男性は私に説明した。 直感でそんなに変な人とは思えず、私のような若い女の子を泊めることにも慣れている感じたった。 「男も泊めたり、年上の社会人の女の人とか、その人暫くオレの部屋から会社に出勤してた」 その日から私はその彼の部屋で寝起きすることとなった。 食事も毎日作ってくれて食べるものにも困らない。 毎日ほとんど一日中その狭いワンルームで彼と2人で生活した。 部屋はすごく綺麗だった。 綺麗好きなのか。 というか部屋にあまり物がない。 小さなクローゼットとテーブルとソファ、それに冷蔵庫とベッドだけだ。 所謂ミニマリストというやつか。 シングルベッドのみなので私は寝袋をネット通販で買って床で寝た。 彼の作るご飯もとても美味しかった。 でもって彼は普段何をしてるのか。 学校も会社にも行っているようでなく、収入と言えば暇さえあればパソコンとにらめっこしてメリカリとかで要らないものを売ったり、やはりネットを介しての有料の話し相手や人生相談。 投稿サイトで自分の体験談やスキルなどの記事を販売し、あとは単発の日雇い仕事などで生活していた。 これといった贅沢もしない人のようでお金は結構貯まっているとのこと。 私1人ぐらい同居人が増えても大丈夫とのことだ。 彼は私の身体を求めて来なかった。 「…たしかに可愛いから気にはなるけどしないな。なんか気持ちいいんだって?悪いけどオレはそんな相手にはならないよ」 ま、それはそれで安心だった。 兎に角彼の部屋から出ていく理由はなく、年が開けてもずっと私は居続けた。 私は高校の卒業式には参加させてもらえなかった。 金髪にした次の日久しぶりに学校に行ったが、校門前で止められそのまま踵を返すしかなかったのだ。 別にいい。 学校など私には苦しく詰まらないだけだったから。 もう着ることもない制服も彼に頼んでその日のうちにメルカリで売ってもらうことにした。 その日から私は何の肩書きもないニートとなった。 ニートも働いてるか、なら今の私は何なのだろう。 それからも彼との同居は続いた。 あまり彼は話さない。 私も口下手な方で会話は得意ではないし、スマートフォンを弄ってイヤホンで適当に音楽聞いたり、昼間は彼のベッドで昼寝させてもらったりしてその日その日を何も考えずに暮らした。 ただ、一緒に住んでいても私は彼のことがよく分からなかった。 いつも彼はどういうことを考えているのか、同居人の私という人に興味があるのか。 会話はするにはするが、いつも続かなく、沈黙の方が多かった。 全部他愛もない話だ。 やはりホテルの宿主と客の関係なのか。 まあ、でも彼はよく気が利いてそして優しかった。 そんなぬるま湯の生活も流石に嫌になった。 いつかは出ていかなくてはならない事になるかもしれない。 それとやはり彼に一方的に面倒見てもらうのも申し訳なくも思い始めた。 私はそこまで自分を甘やかす人ではない。 彼には言ってないが仕事を探すことにした。 街にも出てアルバイト募集の店がないかカフェ、レストランなど見て回った。 やろうと思えばやれそうな仕事はあったが、どれも私は何故か二の足を踏んだ。 今日も収穫なく帰路に着こうかと住宅街を歩いていた。 ふと、ある家の壁の張り紙に私は目が行った。 小さい張り紙で近づいてみるとそれはモデル募集の求人の広告だった。 マジックの雑な字で書かれてコンビニのコピー機で印刷されたようなものだった。 「モデル?ファッションモデルかな?」 私は自分の容姿は自慢するほどではないと分かっている。 とはいえ、自分の外見がすごく嫌いというほどでもない。 たまたま何かの縁か。 私はその家のインターフォンを押していた。 「はい。」 男性の声だ。 「あのー、モデル募集の張り紙見たんですけど…」 「ああ、はい。分かりました、今行きます」 玄関のドアが開いて中年の薄毛の男性が顔を出した。 私は家の中に通され、リビングの木の長椅子のソファーに腰掛けお茶を頂いた。 一軒家だが、ここに1人で住んでいるのか。 外観からも分かるが幾らか年月が経ってる感じの家だ。 廊下を通った時には畳の部屋もあった。 男性は明らかに30歳以上に見えた。 40歳かは分からない。 「モデルと言っても絵のモデルです。それで断っておきますが、時にはヌードにもなってもらいます」 1人用のソファーに座り足を組みながらその男性は仕事の説明を始めた。 ははん、そういうことか。 どうやらその男性はプロの画家のようだ。 でも芸術家にしてはセンスのないヨレヨレの粗末なシャツを着ている。 「ああいう感じですか?」 私は自分が座っているソファーの真向かいの壁に飾ってある女性のヌードの油絵を指して言った。 「そう、あんな感じ。ヌードモデルはやられたことはないですかね」 ない。 仕事自体今回が初めてだ。 因みに父親とのお風呂は小学4年生で卒業した。 それ以来男性の前で裸になったことなどない。 でも、彼の説明だと同じポーズを長くても10分間くらいしてるだけ。 仕事の時間は1~2時間くらいで、間に休憩を何度も入れるので疲れはしないし、難しくもない仕事だということだ。 ま、私自身そんなに持っているものなどない。 身体も平凡だ。 そんな私でもヌードモデルになれるのだろうか。 「私は水曜と木曜が定休日。金曜から日曜は自身の個展などに顔を出したり、絵画教室の講師の仕事だったりします。月火は家で仕事をしてますが、やはり不定期に用事で外出したりします。あなたには私が落ち着ける休みの水か木曜に来て頂きたいのですが、どうでしょう?」 「はい、大丈夫です。木曜でいいでしょうか?」 「では、来週の木曜日から深夜の1時にうちに来てください」 「深夜?…1時?」 「はい、その時間が静かにゆっくり創作に専念出来ますのでそれでお願いします」 別に構わないが、そんな時間電車なんて走っていない。 居候している部屋からここまでどうやって来ればいいのだろうか。 「タクシーチケットを今日渡します。それで来てください」 「そのチケット代は…?」 「要りません。大丈夫ですよ」 給与の額は申し分なかった。 週一の2時間のアルバイトにしては高額だった。 ま、ヌードにもなるのでそれくらいは深夜手当も含めて、まあ、妥当な額に思えた。 「では、来週からよろしくお願いします」 私はその中年男性にお礼を言って、挨拶をしてその家を出た。 とりあえずお仕事をもらえたし、ほっとして私は同居人の彼の待つ部屋へと帰っていった。