ワンスアゲイン
春と公園と知らない男の子と男性

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 春。  私にとっては何も変わらない春なのだけれど、何か新しいことをしたくて、何気なしに駅前の本屋に立ち寄ったら、こんなカワイイ日記帳を見つけたからつい、買ってしまった。三日坊主で、夏休みの絵日記なんかも、後半はありもしないストーリーを作って提出するほど苦手だったのに、果たして続けられるのだろうか。  日曜日、私はとりあえず日記のネタを作りに(この時点で反則な気がするが・・・)近くの公園へやってきた。桜ももうすぐ満開になるところまで来ていて、多くの家族連れが花見をしに来ていた。  それにしても、花粉症がツラい・・・。防護メガネとマスクの完全防備でも奴らは僅かな隙間から、私の目と鼻を侵略しに来る。さっきからクシャミと涙が止まらない。  ベンチに腰掛けてしばらく休むことにした。暖かな空気に癒される・・・わけもなく、一人、花粉と格闘する私。たまらず、鼻炎薬と目薬を投与する。これで、しばらくは大丈夫だ。  広場では、バドミントンやキャッチボールをして、はしゃぐ子供。それを微笑みながら見てるお母さん。子供から容赦なく猛攻撃を喰らっている、酔っぱらったお父さんなど平和な家族の時間が流れていた。それを見ると、あんな家族が将来出来たらいいな。なんて思う。まあ、現在、カレシの『か』の字も無いのだけれど。しかし、薬を投与したはずなのに、まだ効果があらわれない。鼻水と涙が蛇口の壊れた水道のように永遠に流れ出す。そろそろ帰ろうかなと思った時、見ず知らずの一人の小さな男の子に声をかけられた。 「おねえちゃん?大丈夫?何かイヤなことでもあった?」 おそらく、花粉のせいで涙と鼻水が出ているのを見て、泣いているのだと勘違いをしているのだろう。この子の純粋さに私は思わず笑ってしまった。すると、男の子はものすごく不思議そうな顔をした。 「おねえちゃんは大丈夫だよ。泣いてるわけじゃないのよ。心配してくれてありがとう」 私はそう言って、男の子の頭を撫でた。 「あ、すみませーん」 遠くからこの子のお母さんが駆け寄ってきた。 「ごめんなさいね。この子ったら。おしっこ行くって言ってから全然帰ってこないので、心配してたらこんなところに」 深々と頭を下げるから、私はいえいえと首を振って、この子が私に声をかけてくれたことをお母さんに説明した。 「あらあら、そうだったんですか」 お母さんは男の子を撫でた。 「優しいお子さんですね」 私がそういうと、お母さんははにかんだ。 「いえいえ、普段はイタズラ好きで手を焼くことの方が多いですよ。でも、誰に似たんでしょうかね。泣いている人を見るとすぐに駆け寄っちゃうんですよ。あなたみたいに全然知らない人でも。親としては知らない人の所へすぐに行ってしまうのはちょっと心配になりますが」 女同士の会話に飽きた小さな紳士は解放されたいと小さく暴れだす。それを軽く制御する母親。 「ママ!あっちで遊ぶ!」 「はいはい」 それから、お母さんは私に軽く会釈すると、手をつないで家族のいる桜の木の下へ戻っていった。 「いいな・・・」 私は無意識にそんな言葉を口にしていた。別に私の家族の仲が悪いわけではないのだけれど、なんかこう、『隣の芝生はアオい』じゃないけど、ホッコリするような家族を見るとなんかうらやましくなる。そして、気づいたら、鼻水も涙も止まっていた。少し解放された気分。きっと、あの小さな紳士が魔法を掛けてくれたんだろう。ちがう。さっき投与した薬がやっと効いてきただけだ。超現実的な私・・・。  そろそろ日記のネタも出来たところだし、帰ろうかと思って立ち上がるといきなり自転車の急ブレーキの音に驚いた。振り向くと背中にギターケースを背負った男の人が、自転車と共に転がっていった。私は慌てて駆け寄った。 「あの・・・。大丈夫ですか?」 あの小さな紳士とはニュアンスが違うけれど、私も知らない人に『大丈夫?』と声を掛けていた。 「いってぇ・・・。ああ、スミマセン。いきなり立ち上がったものだからビックリして転んでしまいました。お怪我はありませんか?」 壮大に転んで痛かっただろうに、彼は笑っている。 「いえいえいえ!私こそスミマセン。貴方こそお怪我はないですか?」 「僕は大丈夫ですよ。ホントすみません・・・」 「あ、こちらこそすみません」 「いえいえいえ」 「いえいえいえ」 二人顔合わせて笑った。  幸いにも背負っていたギターも無事だった。彼は、服に付いた埃を払うとまた自転車を漕ぎだして行ってしました。  なぜだろう、家に帰っても彼のあの笑顔が忘れられない。今日初めて会った、見ず知らずの男性なのに・・・。 『もう一度会いたい』  この一週間、大学の授業とか上の空で、彼のことばかり考えていた・・・。どこに住んでいるのか、年は近いのか、名前はなんていうのか・・・。また日曜日にあの公園に行けば会えるのだろうか。いや、意外と土曜日でも会えるんじゃないかとか。 「ちょっと、詩織さん!」 隣に座っている小春にいきなり肩を叩かれ、現実に戻された。 「さっきから一人でニヤニヤして、何かいいことでもあった?あー。さてはオトコだなぁ!」 100%の正解ではないけれど、小春の勘は鋭かった。いや、私が分かりやすい性格なのかもしれないけど・・・。 「ま、まあ。そんなトコかな。半分当たってて、半分ハズレだけど」 「えーマジ!」 さて、今は授業中。 「こらっ!そこうるさいぞ!」 当然、講師に怒られた。  本日の授業は終わり、待ってましたと言わんばかりの様子で小春が、スタバという名の取り調べ室へ私を連行した。こうなったら、小春には全て話さないと釈放してくれない。私は、この前の日曜日にあったことを全て話した。 「なるほどね・・・。一目惚れってやつか。なんかドラマのワンシーンみたいでステキじゃない!」 小春は両手を頬にあてた。私より恋する乙女になっている。 「だから、まだ名前も知らないし、今度の週末だって会えるかどうかもわからないんだよ?」 「でも、その人ギター担いでいたんでしょ?だったら、その公園でストリートライブやってるとか、練習しに来てるとか、可能性があるじゃん!」 「まあ、そうなんだけどさ」 「行ってみるだけ、価値はあると思うよ」 小春はいつになくマジメな眼差しで私を見つめる。 「わかった。今度の土日に行ってみるよ」 「その意気だ!がんばれ!」 小春はどこから目線で言っているのだろうか・・・。そして、ようやく取り調べから釈放された。  土曜日、目覚まし時計よりも早く起きた朝。私はどこかで、彼に会えることを期待しているのかもしれない。根拠はないけど。そして、まるでこれから初デートに行く彼女みたいにベッドに服を並べて、下着姿のまま鏡の前に立っている。 「会える確率なんてゴブゴブなのに、何やってるんだろう。私」 口にしてはいるものの、心の中では会えた時のことを考えたらって思っている。だから、テキトーに服を選んでなんてできない!  結局、起きてから家を出るまで3時間掛かっていた。自分自身では『いつも通りの恰好』と思っていたけど、お母さんに「そんなにオシャレして、デートかい?」と聞かれた。私の心を読むエスパーお母さん、最強。正確にはデートではないのだけれど・・・。  今日も快晴。花粉対策もバッチリ。出発前にちらっと見たニュースでは、今日が桜のピークらしい。桜の花びらが舞い散る公園のまでの道。誰もがその美しい情景に自然と笑顔がこぼれる。  お昼前の公園。今日も花見客で賑わっていた。もしかしたら、この前以上に人は来ているかもしれない。 「あ!おねえちゃんだ!」 どこかで聞き覚えのある声。振り向くとあの時の小さな紳士とその子のお母さんが立っていた。 「今日はないてない。よかった」 「こらこら、ヒロくんったら」 ヒロくんのお母さんはそういうと私に会釈をした。てか、この子。「ヒロくん」っていうんだ。 「この子、おねえちゃんに会いたいってずっと言ってて、今日、公園に行っても会えないかもよ?って、さんざん言ったのに聞かなくて・・・。でも会えて良かったわ」 これは、とんだ三角関係だ。でもなんか微笑ましい三角関係。  今日のヒロくんは、やたら私にベタベタくっ付く。なんか私が母親みたいな気がしてくる。この子、カワイイ。 「おねえちゃん。いい匂いがする」 無邪気に笑うヒロくんに私は癒されっぱなしだ。それをヒロくんのお母さんは、微笑みながら見ている。 「そういえば、おねえちゃん。名前、なんていうの?」 ヒロくんに聞かれて、確かに向こうは間接的に名乗ったのに、こっちは名乗っていないのはフェアじゃないと思った。 「しおり。っていうの」 「へー。しおりおねえちゃん」 ヤバい。破壊力バツグンだ。この子テイクアウトできますか? 「詩織さんっていうのね。よかった。お名前聞けて」 お母さんがそういうと、バッグから何か物を取り出した。 「これ、先週ご迷惑お掛けしたお詫びに・・・」 差し出されたのは、可愛くラッピングされた袋。開けてみると手作りのクッキーが入っていた。 「これ、ママと一緒に作った!」 ヒロくんが自慢げに言う。 「迷惑だなんて、そんな・・・。私は何も」 「気持ちなので」 せっかくヒロくんが私のために一生懸命作ったクッキーを拒否するわけにはいかないので、ちょっと照れるけど、受け取った。 「食べてみて!」 ヒロくんが全力で期待の眼差しを私に向ける。  一口かじれば、何とも言えない心地よい甘さが口いっぱいに広がる。これはおいしい。普通にお店出してもいいくらいにおいしい。 「おいしいよ、ヒロくん!」 ヒロくんの笑顔の花が満開になった。照れてしまったのか、ヒロくんはお母さんの胸に顔を押し付けた。 「よかったね。ヒロくん」 お母さんがそういうと、ヒロくんは何も言わず、うなずいた。 「では、私たちはこれで」 お母さんがベンチから立ち上がると、ヒロくんは不満そうな顔をした。 「ママ、これから病院だから」 お母さんがそう言っても、ヒロくんは不満そうな表情で何も言わず、小さな抵抗を続けている。 「どこか、体調、悪いんですか?」 心配そうな顔をした私を見て、ヒロくんのお母さんは笑った。 「違うのよ。この子、もうすぐお兄ちゃんになるのよ。それで月に一回の検診」 これは、ものすごいおめでたい話だった。 「おめでとうございます!」 私がそういうと、お母さんは微笑みながら軽く会釈して、不満そうなヒロくんと手を繋いで行ってしまった。  さて、私も帰ろうかと思ったけど、ここの公園に来た本当の目的は、彼に会うためだ。あまりにもホッコリしすぎて、忘れていた。  それから、どのくらいここで時間を過ごしただろう。来るかどうかもわからない相手を待ち続けて、ばかみたい。ヒロくんクッキーはとうに無くなっていて、ラッピングされてた可愛い袋はきれいにたたんで、バッグの中に入っている。神様はきっと、ヒロくんに会わせるためだけに、この公園に私を呼んだだけだ。だから帰ろう。  日がだんだん沈んでいく。花見客も家族連れから、若い人達のグループへ変わり、まるでファミレスから居酒屋に変わるみたいな雰囲気だ。泣きそうだ。今、流れた涙は花粉のせいだ。 もう帰ろう  花粉のせいにできないくらい、涙が出てくる。 「なんで泣いているんだろう。私」 期待しすぎて、思った通りの結果じゃないから?悔しいから?だとしたら、何に悔しがっているの?もう、自分自身わけがわからないよ。あ、そうか。だから泣いているんだ。  まるで、フラれた彼女みたいなツラして、トボトボ歩く。小春に連絡して今から一緒にゴハンにでも行こうか。でも、こんな惨めな姿を見せたくないし。小春にメッセージを送り掛けて、文字を削除。これを3回くりかえしている。 【春】 たまたま本屋寄ったら、超カワイイ日記帳発見! これ、プリも貼れるじゃん。マジ最高。 てか私、三日坊主だけど、日記なんて書けるのかな 笑 とりま、明日公園行って、ネタ見つけてくるか← 【男の子】 花粉、ハンパない。涙と鼻水が滝のように出てきてマジウケる。 それなのに公園に行くとか、私アホかもしれん 笑 んで、そんな花粉と格闘してる私を見て、泣いていると勘違いした男の子が来て 「おねえちゃん、大丈夫?何かイヤなことあった?」 とか聞いてきて、マジイケメン 笑 その子のママもメッチャ上品でキレイだった。 【とある男性】 私の前でいきなり、ミュージシャンっぽい人がコケた! マジでビビった。でも、自分のことやギターのことより私を心配してくれた 「お怪我はないですか?」って ヤバい。一目惚れしたかも・・・ 詩織の日記より抜粋。

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