* ジイジが白い煙になった――。 火葬場の煙突からお空に昇っていった。 あんなに大好きだったジイジがいなくなった。 ジイジの笑顔が好きだった。 白い歯を見せて微笑むジイジ。 でも、もう写真でしか会えなくなった……。 あれから一年――。 京都の五山送り火も終わり、ジイジの初盆は終わった。 私は小学三年生の夏休みを過ごしていた。 私の名前は、紗亜莉――九歳。 紗莉という名前は、かの名探偵『シャーロック・ホームズ』の愛称『シャーリー』にあやかって、探偵小説やミステリ小説が大好きだったジイジが命名したのだそうだ。 紗亜莉――私はこの名前が気に入っている。 1 〈しゃーり!〉 ――えっ? 〈しゃーりー!〉 誰かが、部屋の外から私の名前を呼んでいる。 聞き覚えのある声だ。 〈シャーリィ!〉 ――まさか……、んなバカな? 「この声は、ジイジ?」 たしかにジイジの声だ。 〈そう、ジイジだよ。ここのドアを開けてくれないか〉 「えぇぇ……、う、うっそぉ~!」 そんなことはしたのだそうだ。 私は恐る恐るドアを開けた。 「ぎょ、ぎょえぇぇ~!」 たしかに―― 私の目の前には、昨年亡くなったはずのジイジが……。 ジイジがニカッと白い歯を見せて、あの懐かしい笑顔で立っていた。 2 気がついたとき、私はベットの中にいた。 ――ああ、あれは……、やっぱり夢だったんだ。 ベットから起き上がるとパジャマ姿のまま、一目散に部屋を出て、一階にある仏壇へと向かった。 そこには、やっぱりニカッと白い歯を見せて、遺影写真の中でジイジは笑っていた。 ――そうだよね。やっぱり、ジイジは亡くなったのだ……。 長い間、事実から目を背けていた。 実感が湧かなかったのだ。 ジイジが亡くなったなんて信じられなかった。 いや、信じたくなかった。 そう、どうしても認めたくなかっただけなのかも知れない。 今でも時々、いつもの笑顔でひょっこりと私の前に現れそうだから……。 「ジイジ、おはよう。今日ジイジと合ったよ。吃驚して気絶しちゃったけど、夢だったんだね」 お線香をあげ、〝りん〟を鳴らして『今日も空の上から見守っていてね』と、心の中でお願いをして手を合わせた。 生前、ジイジは刑事だった。 それも、殺人事件を扱う捜査一課の凄腕刑事だった。飽く迄も、これは本人の言葉を素直に信じれば、の話だけど……。 私が小さい頃、いつも自分が解決した事件のことをおとぎ話のように面白可笑しく話してくれた。 今も語り種になっているそれらの名推理の数々は、わたしの脳裏にこびり付いて残っている。 3 台所に向かうと、そこには母親の姿は無い。 柱時計は、『午前十時十分』――欠伸をするときの両手の角度。 私も同じようなポーズで大きな欠伸。 冷蔵庫から緑茶のペットボトルを取り出してコップに注ぐ。 少しだけ口に含むと、冷たくて美味しい。 コップを持って食卓テーブルに座る。 テーブルの上に小さなメモがあった。 メモを手に取って読んでみる。 『買い物に行ってくる』――と書いただけの、母親からの短い伝言。 これこそ『ダイニングメッセージ』! いや、それは『ダイイングメッセージ』だろう――などと、一人でくだらないボケツッコミをしながらテーブルの上のリモコンでテレビをつけた。 画面が映像を映し出すと、天気予報が流れていた。 今日も一日中暑い日が続きそうだ。 そのまま何気なくテレビを見ていると、速報音と共にニュース速報のテロップがテレビ画面の上部に流れた。その内容を口に出して読み上げた。 『――今朝、沢賀市門白町のコンビニに強盗が入り、その強盗は現在逃走中とのこと、犯人の特徴は黒い帽子にサングラス。あごひげを生やした三十歳ぐらいの男。付近の方は……』 「門白町のコンビニ?」 ――えっ? 私の家のすぐ近くのコンビニだ! 「――犯人の特徴は黒い帽子にサングラス。あごひげを生やした三十歳ぐらいの男……」 〈シャーリィ!〉 テロップを読んでいると、何処からかまた、私の名を呼ぶ声が聞こえた。 「えっ、誰っ?」 〈シャーリィ。ワタシだ、ワタシ! ジイジの和都だよ〉 「えっ? ほ、本当に――ジイジなの? でも、ジイジは昨年亡くなったんだよ。葬式にも出たし、火葬場でジイジは、煙になって天国にいったんだよ。残った骨をみんなで長~いお箸を使って拾ったし、四十九日にはお墓にも行ったよ」 〈だから、お盆で帰ってきたんだよ〉 「えっ? でもお盆、もう終わっちゃたよ」 〈そうなんだ。だから乗り遅れちゃったんだ〉 「乗り遅れた?」 〈ああ、最終バスにね……〉 4 ジイジの話によると、お盆の時は、あの世からこの世への送迎霊バスがあるのだそうだ。 亡くなって一年目の初心者の霊は、迎え火とともにそのバスに乗ってこの世に帰ってきて、送り火とともに最終バスであの世に戻る決まりになっているらしい。 ジイジは、その最終バスに乗り遅れたというのだ。 次のバスはお彼岸の日にではなく、何と来年のお盆の日だというのだ。 送迎霊バスは、毎年お盆の三日間だけしか運行していないのだそうだ。 だから最終バスに乗り遅れた霊はみんな、これから一年間、この世を彷徨うしかないのだという。 新人の霊は、まだ初心者なので、物に触れるという高度な能力は使えない――よくわからないけれど、このような能力は、ある程度の経験を積んだベテラン、若しくはその霊が、生前にどれだけの『徳』を積んだのかによってランク付けされているのだそうだ。 ただ、その霊の姿は普通の人には見えないが、霊感の強い人や、十三歳までの血の繋がった子供の中には、稀に見えたり心と心で会話ができる子もいるというのだ。 このようなことを出発前の説明会で教わってきたらしいのだが、その内容は理屈では考えられない突拍子のないことばかりだったらしく、この世に戻ってきてからの不測の事態に生じる中での対応策が見い出せず、未だに当惑状態なのだという――。
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