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「東京秋月高校調理科の江戸リアンズです」  独特の低い声が会場に響いた。宗太は両手を後ろに組み、話を始めた。 「今回、僕たちがこの料理に込めたコンセプトは『ウェルカム東京』です。もしもこの夏に県外、または海外からお客様を東京にお招きするとしたら、どんな料理でおもてなしをするか、それを一番に考えました。そこで考え抜いた料理が東京御膳です」  潤はスクリーンに映る、宗太のチームが作った『東京御膳』に目をやった。塗りの椀に織部の長皿や赤絵の丸皿、どれも一縷で使っている器だ。久しぶりに目にして懐かしさがこみ上げる。 「海外のゲストは、日本と言えば、寿司と天ぷら、そしてすき焼きをイメージされると思います」  ここから黒田にバトンタッチした。 「僕たちはその代表的な料理に旬を合わせた料理を作りました。食材もできるだけ江戸前を使用することを意識しています。ちらし寿司と天ぷらに使っている穴子や、お椀に使用しているあさりは江戸前です」  相方の黒田が生真面目な物言いで料理の説明をしていく。  潤はもう一度スクリーンに目をやった。  煮穴子と夏野菜のちらし寿司は、きゅうりや茗荷、枝豆などの夏野菜に、錦糸卵やいくらを添え、彩も華やかだ。すき焼きも赤と黄色のパプリカやトマトで美しく盛り付けられている。見た目もさることながら、一品一品食欲をそそる。口の中に唾液がたまってきた。  潤は審査員席を見た。審査員はみな無表情で味を探っている。父も同様に表情を変えずにじっくりと噛みしめるように咀嚼している。  黒田が料理の説明を終えて、プレゼンテーションが一通り終わった。 『はい、ありがとうございました。なるほど東京での、お・も・て・な・しですね。よく伝わりました。それにしても二人とも落ち着いているねえ。本当に高校生ですか?』  田辺さんが言うと、会場で笑いが起きた。 『さあ、続いては質疑応答です。審査員のみなさん何か質問があれば挙手していただけますか』  審査員席を見ると、坊主頭の料理人が手を挙げた。 『はい、では大阪割烹川辺のご主人、川辺さんお願いします』  補助員がマイクを審査員席に運ぶと、マイクを受け取った川辺さんが立ち上がった。 「えー、非常に美味しい料理でした。味はもちろん、コンセプトもはっきりしていましたし、非の打ちどころがないです。さすが上村さんの息子さんやと思いました」  川辺さんの隣に座る父は苦笑いを浮かべてる。 「えーそれに高校生が穴子のような長物を捌くことは簡単やなかったと思うんです。そこで質問で、本来のルールとしては魚を捌く工程は事前にしていいやないですか。それなのにあえて時間内に組み込んだのはなんでですか?」  川辺さんは関西人特有のイントネーションで尋ねた。  はい、と言い宗太がマイクの前に立った。 「今回は料理の味や見た目を意識することはもちろん。会場での調理ということで、会場のみなさんにライブ感覚を味わっていただこうと思い、穴子を捌くことにしました。難しい挑戦ではあったのですが、料理はけっして味だけではなく、見た目や所作の総合的なエンターテイメントだと思うのでそうしました」  宗太はお辞儀をしてから一歩下がった。観覧席から「おおー」と歓声が起きた。 「すごいね」    彩音もため息に似た声で言った。  それに潤は何も返事はしなかったけど、たしかに完璧な返答だと思った。きっとこの質問がされることを想定していたのだと思う。さすがとしかいえない。 「はい。ありがとうございます。よくわかりました」  川辺さんもお辞儀をして椅子に腰かけた。 『はい、川辺さんありがとうございました。他にご質問あるかたいらっしゃいますか』  そのあと、二人の審査員が質問をした。コンセプトを思いついたキッカケや東京御膳を作るにあたって気を付けたこと。その質問すべてを宗太と黒田は慌てることなく落ち着いて答えた。  チーム道民の質疑応答では「どうして全品にニンジンが入っているですか?」と審査員から聞かれた時、二人は激しく動揺していた。結局、「人参は色味がいいからです」と答えたが明快な答えとは思えなかった。  それと比べると江戸リアンズは答えに淀みがない。  フランス人シェフに至っては質問ではなく両腕を広げ「カンペキでーすカンドウしましたー」と言って会場を和ませた。   『では、そろそろお時間ですので、最後の質問になります。どなたかいかがですか』    田辺さんが言うと、女子栄養大学の学長が手を挙げた。学長は可愛らしくて品のあるマダムの印象だ。学長が立ち上がりマイクを握った。 「お料理については他の審査員の先生の質問で十分わかりました。ですので私はこれからのことをお聞きします。お二人の将来の夢をお聞かせください」  いたってシンプルな質問だった。でも興味深い質問だ。    黒田の方が先にマイクの前に立った。 「僕は、自分のお店を持つことが夢です」  回答もシンプルだった。おそらく宗太と違い黒田は料理屋とは無縁な家庭で育ったことがわかった。    次は宗太がマイクの前に立つ。 「僕は、日本料理の良さを未来に伝えられる料理人になりたいです」  堂々と言ってから宗太はお辞儀をした。  想像したよりも簡単な答えだった。ちょっと模範解答すぎる気もしたが、まっとうな夢だと思う。 「はい。わかりました。ありがとうございました。がんばってください」  学長は微笑んでから椅子に腰かけた。 『そろそろ時間だと言っておいて何ですが、上村審査員長、息子さんに何かないですか』  田辺さんが父に話を振った。潤としても父が宗太の料理にどういう反応を示すか気になった。父はマイクを持って顔をあげた。 「いや、私はけっこうです」と父は遠慮がちに言ってマイクを置いた。    何を言うのか聞きたかったけど、身内だけに、色眼鏡で見られるのを避けたのだろう。 『わかりました。では江戸リアンズでした。大きな拍手を」  宗太は拍手を浴びて、ホッとしたような顔をした。おそらくすべて出し切ったのだろう。  宗太のチームは仕上がった時間こそギリギリだったが、料理、プレゼン、質疑応答でほぼ満点の出来だったように潤の目には映った。あれを越えなければグランプリは獲れない。そんなことが可能なのか。そう思うと弱気になる。  潤は不安で、彩音の横顔を見た。すると、彩音は視線に気づき二人の目が合った。 「じゃあ、行こうか」  彩音が微笑みながら立ち上がった。自信に満ちたその表情を見たら勇気が湧いてきた。  よしっ。潤も勢いよく立ち上がった。  

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