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   書類審査に通過したとの連絡が来たのは、5月の下旬だった。  昼休みに教室でいつものメンバーと弁当を食べていると、久保先生がやってきて、しゃがれた声で「櫻井くん、瀬野さん、ちょっと廊下に来て」と手招きれた。  普段、この教室に来ることのない久保先生が顔を見せたことで二人はすぐに察した。  潤と顔を見合わせながら、勢いよく立ち上がった。潤の顔はすでに緩んでいた。多分自分もそうだったと思う。 「おめでとう。今学校に連絡がきたよ。決勝進出だって」  廊下に出ると、久保先生はしわくちゃな笑顔で祝福してくれた。 「っしゃー」 「やったー」  二人とも同時に声が出た。  潤はいつもより激しいガッツポーズを繰り出した。  彩音はこう言う時もあまりジェスチャーで喜びを表現できない。そんな自分がちょっともどかしい。潤みたいにできたら気持ちいいだろうな。でも心の中では喜びが爆発していた。  喜びを噛み締めていると、潤がまるで銃口を向けられたみたいに両手を上げた。 「彩音」  あーそう言うことか。彩音は潤の両掌に自分の手を合わせた。  パチンという音が廊下に響いた。  嬉しかった。この感覚は東京少女のオーディションで審査に通過した時と似ているようで違う。あの時は1人だったけど、今回は2人。言葉にはできないけど嬉しさの種類が違う。  ふと、久保先生を見ると二人をにこやかに見つめていた。 「二人とも本当におめでとう。よく頑張ったね。あの料理は間違いなく美味しいから自信持ってね」  久保先生はそう言うと職員室に戻っていった。  書類を送ってからこの日まで、決勝に進むつもりで本番用の練習をしていた。その中で久保先生にも試食してもらっていた。 「私、鯉苦手なのよ」  久保先生は食べる前は口に入れることすら乗り気ではなかったが、いざ食べてみると手のひらを返したように「これなら絶対優勝」と絶賛してくれた。  教室に戻ると、何も言っていないにも関わらず、三山たちはすべてを悟り、 「おめでとー」と祝福してくれた。 「おめでとうおめでとう」と三山は大きな手で潤の頭をガシガシと擦った。 「彩音、おめでとう」  穂乃果は彩音に抱きついてきた。穂乃果の髪の毛のフルーティーな香りが鼻に入ってきた。  ここ最近、彩音は穂乃果を先生だと思っている。穂乃果は美容に対して超ストイック。メイクからスキンケアまで徹底的に研究している美容オタクだ。その情熱に感化されてあまりメイクをしない彩音も少しずつ教えてもらっている。    穂乃果とは打ち解けた今でも里帆とはいまだによそよそしい。みんが祝福している時も少し離れた場所にいる。 「だけど、すげーな。だって和食の甲子園だろ? いいなあ。うちらなんてベスト4に残れるかどうかだよ」  三山は心底羨ましそうに言った。 「うちなんか多分ベスト8だよ」  小沢が続けた。 「はあ、あんた帰宅部でしょ。なんのベスト8だよ」  穂乃果が突っ込んだ。 「それは、イケメンベスト8だよ」  小沢が言うと 「何それ? チャラさのベスト8でしょ」と穂乃果が丁々発止で返した。 「うるさいっ」  小沢が穂乃果のおでこを軽く叩いた。 「痛いなあ」  文句を言いながら穂乃果は嬉しそうだ。ここ最近この二人の関係が怪しい、そう睨んでいるのは彩音だけじゃないはず。   「だけど、この二人が出たら目立つよね。こんな美男美女のペアは他にいないっしょ」  穂乃果が弾むように言った。 「たしかにな。この前、潤の白衣姿見たけどカッコ良かったもんなあ」  小沢が腕を組みながら目をつむった。潤の白衣姿を思い浮かべているのだろ。 「でもさ、彩音っちょ服装どうするの?」小沢が続けた。    彩音っちょ、とは小沢が考えたニックネームで、広めようとしていたけど全く浸透しなかった。 「えっ」  料理のことで頭がいっぱいで服装なんて考えてなかった。 「あのエプロンさあ、なんかお母さんみたいなんだよな」 「ぷっお母さん。言えてる」  ツボに入ったようで潤はお腹を抱えて笑った。  しかし、そんなに笑われるほどおかしかったのか。だったらもっと早く言ってほしかった。 「でも、たしかに白衣とエプロンじゃあ統一感はないよな」  笑いが止まると、潤が言った。  統一感。潤の言葉で、なぜか魔法少女ポリンのTシャツが思い浮かび、彩音はぶるぶると首を横に振った。 「あのさあ、実はそのことなんだけど」穂乃果が切り出した。そして「ね、里帆」と里帆に視線を向けた。里帆は小さく頷いた。  全員から視線を向けられた里帆は、少ししてから意を決したように顔を上げた。 「決勝の衣装なんだけど、私に作らせてくれないかな」 「えっ!!」  穂乃果以外、全員が声をそろえた。 「そうか、里帆ちゃんは服飾のデザイナー目指してるんだ」  三山が一番早くそのことに気づいた。 「あああ、そうか」  潤も納得したように頷いた。 「どうかな?」  里帆は不安げな顔で潤と彩音の顔を交互に見た。 「俺はお願いしたい。なあ彩音」  潤が彩音を見た。 「うん。もちろん。すごく楽しみ」  彩音も笑顔で答えた。すると里帆の表情から緊張が解けた。 「あっ、彩音。じゃあさ、今日の放課後は練習休みにするから里帆ちゃんとユニフォームの打ち合わせしなよ。お任せするからさ」  潤は彩音に投げると、小沢に「今日カラオケ行こうぜ」と誘った。    放課後、里帆と二人でぽえむに向かった。里帆は歩き、彩音は自転車を押す。道中も会話はなく、気まずい空気が流れた。こんな雰囲気で打ち合わせなんてできるのだろうか。里帆はどうしてユニフォームを作ってくれる気になったのだろう。不思議だった。  ぽえむに入ると、二人揃って紅茶を注文した。里帆と二人で喫茶店で紅茶を飲む。ちょっと前まではこんなシチュエーションが訪れるなんて考えられなかった。里帆の顔をちらっと見る。この学校では珍しく、長い付けまつげ。 「あのさあ、彩音」 「えっ、うん。」  あっ、思えば名前で呼ばれるのは一年ぶりだ。入学当初は「彩音」と呼ばれていたのを今思い出した。 「ありがとう」  里帆が呟くように言った。 「えっなんで。なんでそんなこというの? ユニフォーム作ってもらうのはうちらだよ」 「うん。いや、なんだろう。おかしいね。なんかありがとうって言いたくなっちゃった」  そう言って小さくほほ笑む里帆の目元が少し濡れている。 「かっこいいのお願いね。里帆」  久しぶりに彩音も名前で呼んでみた。思いのほかしっくりきた。 「えぇえ。彩音は可愛いのじゃなくてかっこいいのがいいんだね」  里帆は笑った。久しぶりに彩音に向けられた笑顔だった。  簡単な打ち合わせが終わると、景気祝いにジャンボパフェを注文した。パフェを分け合いながら、里帆の夢の話をした。里帆がどうして服飾のデザイナーを目指したのか。その理由を恥ずかしそうに、そして嬉しそうに彩音に打ち明けてくれた。  里帆は笑うとえくぼが出る。それがすごく可愛らしい。  入学当初はよく喋っていたのに里帆にえくぼがあるなんて知らなかった。もしかしたらあの時よりも今この瞬間に距離がぐっと近くなったのかもしれない。  もしかしたら里帆も同じで、彩音の何かを発見しているのかな、そう思うとなんだか、むずがゆかった。      

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