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   久しぶりに制服を着て学校にいく。すっかりと日差しも暖かい。もう少しで桜も咲きそうな、気持ちの良い通学路だった。こういう季節の変わり目になると、いつも母を思い出す。  小学校の入学式、母と手を繋いで学校まで歩いた。校門の近くで好きな男の子の姿が見えたので、すっと手を離した。そんな些細なことまで思い出させる。いつもだったら母を思い出すと、傷口が疼く感覚がある。でも、陽気がポカポカしているせいか、母を思い出しても感傷的にはならなかった。    春休みのほとんどの時間は潤との試作に費やした。書類審査の期限まであと十日ほど。一つ一つの料理がどんどん良くなっていくのを彩音も感じている。特に、潤が担当している鯉のたたきはトマトや、スナップエンドウ、オクラにカブなど色とりどりの野菜で彩り、最初とは全く別物のおしゃれな料理に変貌を遂げていた。    和食グランプリの方は順調にいっている。だけど、学校生活はどうなるか。彩音はこれで二年生になる。この学校は毎年クラス替えをするので、一年の時のクラスメイトとは離れることができる。でもだからと言って多くは望まない。この一年で人間関係に期待しない人間になってしまった。そんな自分が少し悲しい気はする。 「同じクラスになるかもね」  昨日、潤は食器を洗いながら冗談めかして笑っていた。でも佐久南高校は一学年6クラス。同じクラスになる確率はかなり低い。  と思っていたのに、校門に張り出されているクラス割りを見ると、瀬野彩音と櫻井潤はみごとに同じ欄に記載されていた。 「うわー。本当に同じになった」  後ろから聞きなれた声がして、振り返ると、潤がぽかんとした顔でクラス割を見ていた。 「まさか本当に一緒になるとは思わなかったけど、打ち合せはしやすいから良かったな」  新しい教室に向かう道中、潤が言った。  たしかにそれはあるかもしれない。そう思いながら教室に入り、黒板に書かれた席順を見ると、彩音の前の席が潤だった。 「そうか、櫻井と瀬野だからか。俺たち五十音順で名簿番号も隣同士なんだな」  潤は愉快そうに笑ってから背負っていたリュックを机に置いた。すると、 「おーい潤」  低い声が聞こえたので目をやると、そこには長身の男子が立っていた。 「あれっ、三山、また同じクラス?」  潤が三山を指さした。 「そうだよ。なんだよ校門で見なかったのかよ。俺はお前の名前をすぐに探したぜ」  親しそうに潤の肩に手を置いた。この長身男子は三山竜平。去年はバスケ部期待の一年生ということで注目されていた。潤みたいに顔が整っているわけではないけど、背が高くて爽やかだから女子から人気がある。彩音も女子の中ではかなりの長身だが、三山のことは見上げないと顔が見えない。チラッと見やると三山と目が合った。 「あっ、瀬野彩音だ。やったー。同じクラスだ。俺オーディション見てたよ」  三山は彩音の顔を見るなり大きな声で言った。  ありがとう。というのはなんか違う気がして、「あっ、そうなんだ」とそっけなく返した。 「あれは本当に感動した。特にあの場面。彩音ちゃんが練習で出来なかった振り付けが、本番ではうまくできた時」  三山の声が大きいのでクラス中が彩音たち3人に注目しだしているのを感じる。 「俺、本当はそういうガールズグループとか興味なかったんだけど、潤がさあ、見ろ見ろってうるさいから見たらハマったよ」 「俺、見ろ見ろなんて言ったか?」  潤が肩に置かれていた三山の手を払いながら言った。 「言ったじゃん。でも、良かったなあ彩音ちゃんと料理の大会に出れて、一緒に出ようって誘うまで半年くらいかかってなかったっけ?」  三山がニヤニヤしながら潤を見た。 「うるせえよ。そこまではかかってねえよ」  潤の顔が赤くなった。 「まあいいや。彩音ちゃんヨロシク」  三山に微笑まれた。「うん。よろしく」と控えめに答えたその時、入り口から一人の女子が入ってきた。溝口里帆だった。    里帆と目が合ってしまった。しかし、気まずくてすぐに視線を外した。  校門に張り出されていたクラス割は、潤と同じクラスになった衝撃が大きすぎて他はあまり見なかったが、まさか里帆とも同じクラスになっているとは思わなかった。正直言って一番離れたいクラスメイトだった。  そんなことを思っていると、ドアがガラガラと空いた。 「はい、席について」  入ってきたのは数学の寺沢先生だった。 「また寺沢先生かよ」  潤が苦笑いを浮かべた。寺沢先生といえば一年の時の潤の担任だ。でも彩音としては家庭科室の許可と和食グランプリの引率を頼みに行った時に取り合ってくれなかったという印象が強い。あとボソボソしゃべるところとかマイナスのイメージしかない。  新年度が始まったというのに相変わらず寺沢先生はボソボソ喋る。新学期なんだから少しは気合を入れればいいのに。なんだか締まらない。  この日は授業はなく、さらに部活動も禁止されているから始業式が終われば午前で帰れる。だけど、潤なら「家で試作だ」と言いかねない。  しかし予想は外れた。 「おーい。今日はみんなでお昼食いに行かない?」  初日のホームルームが終わると、三山が誰に対してというわけではなく大雑把に誘った。 「いいね。三山と外で食べるなんて久しぶりだ」  一番最初に乗ったのが潤だった。これで今日の試作がないことがわかった。ならば、とバッグを持って教室を出ようとした。すると、 「おーい彩音。行くよ」  潤に呼び止められた。 「いいよ。私は」  彩音は周りに注目されないように小声で断った。 「ダメ。ランチに行くのも練習のうち」 「いや、意味わかんないし」 「いいの。行くの」  潤は彩音の制服の袖を引っ張り、 「三山ー。彩音も行くよ」  大きな声で三山に伝えた。 「おーやったー。行こう」  この後、抵抗したけどあまりにも潤がしつこいから仕方なくランチに付き合うことになった。

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