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   会場に戻り、参加者席に腰をおろすと、周りの空気が変わっていることに気づいた。会場から抜け出す前は重苦しい空気が流れていたが、今はみんなリラックスした表情で各々の相方と談笑している。 『はい。お待たせしました。これより表彰式ならびに閉会式を行います』  田辺さんの声を聞こえた途端、会話が止み、周囲がピリッとした。 『では、上村審査員長よろしくお願いします』  もうすぐ結果が出る。早く結果が知りたい。でも怖さもある。  隣にいる彩音もさすがに顔が強張っている。そんな顔を見ると不安になる。  壇上に上った父を見ながら、細く息を吐いて呼吸を整える。 「審査員長の上村です。まずはお疲れさまでした。長い一日だったのではないでしょうか。和食グランプリの第一回と言うことで我々運営側も楽しみ半分不安半分でした。しかし今日みなさんの料理を試食して料理に賭ける想いを聞き、本当に開催してよかったなとホッと胸をなでおろしております。どのチームも本当に素晴らしかったです」  会場から拍手が起こった。 「ただ、私はこれから審査した結果をお伝えしなければなりません。望んだ結果を得られないチームもあるでしょう。しかし忘れてほしくないのは順位に関係なく、みなが全力をつくし、素晴らしい仕事をしたということです。この経験と言うのは、将来料理の道に進む方だけではなく、別の道に進む方にもきっと活きてくるはずです」  別の道か。潤は彩音の横顔をちらっと見た。彩音の隣にいられるのもあとわずか。そう思うと感傷的になる。 「今回は非常にレベルが高かったので、受賞チームは、グランプリは1チーム、準グランプリが1チーム、さらに審査員特別賞が6チームとみなさんに賞を持ち帰っていただきます」  会場から「おおー」と歓声が起きた。手ぶらで帰らせないというのは優しい主催者だと思う。でもどちらにしてもグランプリ以外は求めていない。と彩音なら思っているはず。 「まずは、審査員特別賞の6チームから発表します。チーム名は割愛させていただきます」  父が紙を広げ視線を下ろした。ここで呼ばれてしまえばグランプリがなくなる。長野県と呼ばれた時点で終わりだ。  横を見ると、彩音が両指を組んで祈るようなポーズをとっている。 「審査員特別賞、熊本第三高校、滋賀県代表太田森高校、福岡県博多商大付属高校」  次々と名前が呼ばれるが、鯉人倶楽部の名前はまだは呼ばれない。 「沖縄県那覇水産高校、北海道高見沢高校、京都洛安高校です」  まだ呼ばれない。  とうことは、グランプリか準グランプリが確定したということだろう。呼ばれていないのは潤と彩音のチームと兄宗太のチームだけだ。  受賞した6チームに拍手と歓声が沸き上がった。拍手のリズムに合わせて鼓動も速まる。  審査員特別賞を受賞したチームが壇上にのぼり、父が「表彰状賞状熊本第三高校チームを熊嵐殿」と賞状を読み上げる。その間、参加者席は潤たちと宗太のチームだけになった。斜め後ろに座っている宗太を見ると眉間に皺を寄せながら壇上を見ている。  もともと宗太のチームは優勝候補だ。準グランプリでは到底納得しないだろう。 「大丈夫だよね」  目線を壇上に戻すと、彩音が呟くように言った。彩音には珍しく不安そうな顔をしている。もしかしたら東京少女の最終審査を思い出しているのかもしれない。最後の最後で落とされるなんて二度と経験したくないのだろう。 「大丈夫だよ」  本当は手をぎゅっと握りしめたかったけど、それはできなかった。だから代わりになんの根拠もないけどそう答えた。  全チームに賞状が行き届き、6チームが座席に戻ってきた。  悔しそうに顔を歪めるチーム、嬉しそうに笑っているチーム。同じ結果でも受け取り方は違うようだった。 「では、まず準グランプリを発表します」  ここで呼ばれるとグランプリを逃すことになる。  潤は父のことを思った。残ったのが両方とも息子のチームなのは親として複雑だと思う。父のことだから一緒に暮らしている宗太を贔屓するなんてことはないだろう。  潤は父の口元を見つめた。 「準グランプリは……」父がためを使った。 「東京都秋月高校江戸リアンズ」  あっ。  息が止まりそうだった。名前が呼ばれていないということはグランプリなのだろう。でも本当にグランプリなのか。静かな興奮と混乱で思考が動かない。  隣を見た。彩音は口を大きく開けたまま固まっている。自分と同じでこの状況を把握できていないのだろう。  そして、グランプリは間を置かずに発表された。 「第一回全日本高校生WASHOKUグランプリグランプリは長野県佐久南高等学校鯉人倶楽部」  この日、1番の拍手が会場に響き渡った。名前を呼ばれてやっと事態を把握できた。  「彩音」  なんと声を掛ければよいのか分からず、名前を呼ぶことしかできない。 「潤」  彩音も同じ気持ちなのかもしれない。それに、すぐ後ろに宗太がいると思うと、喜びを表現しづらい。 『では、準グランプリの江戸リアンズから壇上にお上がりください』  田辺さんの声掛けで、後ろにいる宗太が立ち上がったのを気配で察した。  宗太の表情を見るのは気まずくて、グランプリを獲ったにもかかわらず俯いてしまった。顔を見られないのはもちろんのこと、掛ける言葉が浮かばない。そう思っていると宗太が潤の目の前で立ち止まった。白い前掛けが目に入る。 「おめでとう。もっと喜べ」  宗太が小さな声で言った。慌てて顔をあげたけど、宗太はすでに壇上に歩き始めていて、背中しか見ることができなかった。        

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