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「彩音ちゃんとこうして2人きりで話せるなんて幸せだなあ」  宗太は持ち前のとろける笑顔でアイスコーヒーをチューチューと飲んだ。  イートインスペースにいる宗太と目が合った時、「よかったらちょっと話しませんか」と声を掛けられた。  もちろん適当な理由をつけて断ることもできたけど、宗太が高校生とは思えないほどの哀愁を漂わせていたので、つい腰を下ろすことになってしまった。 「彩音ちゃん、それアイスでしょ溶けちゃうよ」  宗太はレジ袋の中のアイスを指さした。たしかに溶ける。仕方がないのでアイスの袋を破った。 「用事って何だったんですか?」  スイカバーをかじってから彩音は尋ねた。  すると、宗太は「ああ」とうつむいた。またもや哀愁が漂い始めた。  あれっ聞いてはいけないことを聞いちゃったかな。スイカバーの種の部分を噛みながら気になった。 「今から話すことは潤に知られたくないから、ここで忘れてほしいんだけど」  と宗太は前置きをした。この前置きはどこかで聞いた憶えがある。 「実は、今日は母親に会いに来たんだ。でも会わなかった。というより家に行ったんだけどいなかった。まあ、しょうがないよね、いきなり会いに来たんだから」 「そうなんですか…… 連絡してからくればよかったですね」 「うーん。それが中々連絡も取りづらくてね。むこうからもあんまり連絡ないし」    宗太は静かにアイスコーヒーをテーブルに置いてから彩音の目を見た。 「彩音ちゃんは潤からうちの事情は聞いているよね? なんで潤が長野に来たかとか」 「はい。だいたいは……」彩音は頷いた。 「そっか。そうだよね」  しばらく宗太は黙りこんだ。 「潤はどう思っているかわからないけど、俺はね、家族がバラバラになっちゃった感じがして辛いんだよ。俺は父方、潤は母方みたいになっちゃってさ」  タンブラーを包むように持つ宗太の顔は寂しそうだった。 「だから潤が和食グランプリに出るって知ったときはショックだったよ」 「どうしてショックだったんですか?」 「だって全然聞いていなかったんだよ。それなのに彩音ちゃんのインスタ見てたら潤が写ってて、しかも和食グランプリに出るって知って本当に驚いたよ。あの時はなんにも言ってなかったのに」  たしかにまったく知らない状態でインスタで弟の顔を見れば驚く。でも疑問がある。 「あの時ってどの時ですか?」 「ああ、あれは去年の八月かな。あっ、九月だったかも。ばあちゃんの七回忌で潤と半年ぶりくらいに会ったんだ。その時に俺が和食グランプリに出るって話をチョロっとしたんだけど、その時は別にたいして興味もなさそうにしていたのにさ。だから本当に驚いた」  それが、そんなにショックなのかなあ。宗太の言っている意味がわからなかった。 「あいつが、和食グランプリに出るのは父さんと俺への反発なんだよ。だから俺としてはちょっと悲しくなった。母さんも全然連絡してこないし。やっぱりバラバラになっちゃったなって」  宗太は悲しそうにうつむいた。 「あの、上村さん。私が家族の話に口を挟むのは違うと思うんですけど、潤は反発から和食グランプリに出ようと思ったわけじゃないと思いますよ」  宗太が顔を上げた。 「じゃあ、どんな理由があるの? 潤は東京にいたころはたいして料理なんてやってなかったよ。たしかに小さいころは父から教えられていたし、あいつは何をやっても器用だったけど……」 「理由は…… 私が言うことじゃないので言いませんけど、でも違うんです」    潤は父親に認めてもらいたいだけなんです。口から出かかったけど、そんなことは彩音が言うことではない。 「よくわかんないけど、それなりの理由があるんだね。あいつのことはさっぱりわからない。あっそういえば」  宗太は何かを思い出したようだった。 「あいつさ、長野に引っ越してから一度だけ俺に連絡してくれたんだよ。なんだと思ったら一縷の出汁巻き卵のレシピを教えてくれって。あれも何だったんだろう。さっぱりわからない」  出汁巻き卵。出汁巻き卵と言えば、潤が彩音を勧誘するために作ってきた弁当に入っていた料理だ。彩音にとってはあの出汁巻きがあったからこそ和食グランプリへの挑戦があると思っている。あの料理にそんな思い入れがあったとは知らなかった。 「潤は、あの出汁巻き卵をすごく大切に思っているんですよ」 「えっ、そうなの? まあたしかに小さい頃から潤の好物だったけど」 「そうじゃなくて、私がレシピを聞いても教えてくれなかったんです。多分お父さんのレシピだからじゃないですか」  彩音が言うと、宗太はストローから口を離し黙り込んだ。 「それと、お母さんのことなんですけど」 「お母さん? 俺の?」 「はい。私、前お話したことがあるんですけど、上村さんに後ろめたい気持ちがあるみたいです。だから自分からは連絡できないんじゃないですか? お母さん言ってましたよ。二人が和食グランプリで敵同士になるのは複雑だって」  あの時の潤の母親の悲しそうな顔が浮かんだ。 「そうなんだ。というより母にまで会ってるなんて驚いた」 「はい。それにお母さん上村さんのインスタいつも見てますよ」  彩音が言うと、宗太は驚いた顔をした。驚きの中に少し喜びも見えた気がした。 「そう言えば潤とえらく親しいみたいだけど、チーム名も鯉人倶楽部だし、二人は付き合ってるの?」 「えっ、違いますよ。家に行ったのもその日は家庭科室が使えなくて、潤の家の台所を使っただけで。全然そういう感じじゃないですよ」  彩音はアイスを持ったまま、首を全力で振って否定した。 「そうなんだ。潤の方はどう思ってるんだろうね」 「さあ……」  そう言われても困るし、考えたこともなかった。 「まあいいや、じゃあ、そろそろ電車の時間だから行きます。また金沢で」    宗太は立ち上がった。 「はい。その時にまた」  彩音も立ち上がって軽く会釈した。 「あっ、アイス溶けてるよ」  宗太に言われて、アイスが溶けて指にたれ始めていることに気づいた。  彩音は慌ててアイスにかじりつきながら宗太を見送った。      

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