私は応接室に行きました。 すると翔子ちゃんと莉子ちゃんも居て何やら話しています。 「どうしたの?」 「莉子ちゃんがこの柱時計の中に人が居たって」 と、翔子ちゃんがそんな話を私にしました。 「どんな人?ツインテールの女の子とか?」 「いや、この柱時計の振り子の陰から何か見たことないようなのが覗いてたん」 と、莉子ちゃん。 「ホントに?」 「翔子ちゃん信じてくれへんけど、うち見たん」 と、莉子ちゃんは確信があるようです。 「分かった分かった。なら確認してみよう」 と、翔子ちゃん。 「蓋開けてみようか?」 と言って私は柱時計に近づき、蓋を開けてみました。 私としては脱衣所で遭遇した女の子が言った通り、この柱時計の中から鏡の中に本当に行けるのかを確認したかったのです。 「何にも居ない?」 「おかしいな?ならさっきのは何なん?」 私は大きな振り子の奥を見ようと振り子を手で退かしました。 すると ガチャリッ! 何かが外れる音がしました。 「何、今の?」 「何や?」 私は振り子の奥の木の板をそっと押してみました。 キィー……… 押してみるとその板は扉のように開いたのです。そしてその奥には何かしらの空間がありました。 「……中に入れるの?」 「この柱時計の奥に行けるみたいよ」 私は振り向いて翔子ちゃんたちに言いました。 「びっくりや!忍者屋敷か?」 「行ってみる?」 「お婆さんに見つかったらあれやけど、夕食までに帰ればええやんか?」 「すごい。あたしもこの奥に何があるか見てみたいな。一寸怖いけど」 私も同感。行けばあの女の子に会えるかも。私たちは身体を屈めて順番に柱時計の中へと入って行きました。 入って立ち上がるとそこは小さな部屋で箒やらバケツやら雑多なものが置いてあり、目の前にまた引戸がありました。 私は引戸を開けました。 出ると廊下でした。この場所もどうやら和式の家屋の室内で、今居た所は納戸のようでした。 「どうする?左右両方行けるし、納戸の上には階段もあるし」 階段の先は何故か天井でこの先には行けません。 長い廊下の先は左右両方とも曲がり角になっていて、行ってみないと分かりません。 「3人バラバラはアカン。一緒に言った方がええからな。あたしは右がいい」 「うん、早速分岐点だね。あたしは左」 「紀水香ちゃんで決まるで。右か左か?」 「そうね……」 正直どちらでもいいと言うか、どっちに行くかはあまり重要ではないように思えて、それが逆に選択に迷いました。 私が考えてると 「あれ見て!蝶々や!」 見上げると昨日の山の中で見たあの大きな赤い羽根の蝶々が私たちの頭上を飛んでいるではないですか。 「あの蝶々左行くで」 莉子ちゃんの言う通りその蝶々は廊下の左方向をヒラヒラ飛んでいき、そしてその曲がり角の所には 「あっ…!!」 いつの間にかあのツインテールの女の子が立っているではないですか。 蝶々は女の子の頭に止まりました。 「あの子誰?」 「私何回かあの子を見たことがあるの。あの子に着いていけば何かあるのかも」 私は女の子の所へ行きました。 翔子ちゃんと莉子ちゃんは 「……と言うことは…左?」 と言って後から私に続いて廊下の左の方へと歩きます。 私たちが女の子の所へ行き、声をかけようとすると 「あっ!」 女の子の姿が突然消えました。 そしてまた廊下の曲がり角の更に遠くの方に頭に蝶々を乗せた女の子が現れました。 私たちはまた歩いて女の子の所へ。近づくとまた女の子は消えて廊下の先に現れ、近づくとまた消えて廊下の先に現れます。 女の子に釣られて私たちはどんどん廊下の奥へと進みます。 帰るときに迷わないかとかその時はあまり気にはしてませんでした。 私たちは女の子に操られるかのように前に進みます。 女の子はある扉の前に居ます。 そして私たちが近づくとまた消えました。 廊下を見回します。女の子は現れません。 「ということはこの中よね?」 私はドアノブを掴んで目の前の扉を開けました。 中へ入ります。 「おーっ……!」 そこは広い空間でした。畳の部屋には火のない囲炉裏があり、その奥は古い竈(かまど)がある台所。 隣の部屋も畳が敷いてあり、その襖(ふすま)の奥も部屋か何かで、ここは誰かの居住地でしょうか? 「誰も居ない。女の子も居ない?」 「うん、居ない」 電気はついてなく、夜なのか外から漏れる光も弱く室内はとても暗かったのでした。 「ほんまにここは何やろな?あのお婆さんとお爺さんが住んどるんやろか?」 でも誰も居ません。 「あっちの部屋に箪笥(たんす)があるよ。へそくりとかあったりして」 と、ここに来て翔子ちゃんのキャラクターが出てきました。 「勝手に開けたら怒られるよ」 本当に私よりお姉さんなのでしょうか?大丈夫、見るだけと言って彼女は箪笥の抽斗(ひきだし)を開けました。 「ベロベロベロ~ン!」 「わあっ!?」 抽斗を開けて覗いた翔子ちゃんはびっくりして後ろにひっくり返りました。 「どした?!」 「大丈夫!?何があったの?!」 私も莉子ちゃんも翔子ちゃんの所へ行き、彼女を起こしました。 「中に何か居た………」 翔子ちゃんの顔は完全に引き吊ってます。 すると 「ベロベロベロ~ン!」 と、抽斗の中からその何かが顔を出しました。 「何あれ?」 「何だろう?分かんない」 「柱時計でうちが見たんあれよ…」 その真っ黒の身体に赤い目玉、大きな口からは長い舌が垂れててこちらを見てます。 それは明らかに人間ではなく、私たちが知ってる何かの動物にも見えません。 ましてや「ベロベロベロ~ン」なんて鳴く生き物など聞いたことありません。 「ヒョヒョウ~~!」 と、その得たいの知れない生き物は箪笥の抽斗から飛び出し畳の上に着地、私たちは呆然とその姿を眺めてました。 「どちら様…?」 と、莉子ちゃんが尋ねるも聞いていないのか、その3本足の黒い小柄な異形の生物は畳の上を飛んだり跳ねたり氷の上のフイギュアスケーターのようにその場でくるくる回転したり。 「…………」 「…………」 私たちは言葉がなかなか出てきません。 「………何してるの?彼」 「構って欲しいんか?」 「そうかも…」 私たちはとりあえず彼に話しかけようとしました。 「あなたは…何者?」 私が尋ねると聞こえたのか、突然その3本足は動きを止めました。 「漸く止まったぞ」 そしてその異形の生物は後ろ向きのまま舌をベロベロさせながら顔だけこちらに向けて大きな口を開いてニヤリと笑うと プウッ……! と、私たちに向けておならをしました。 「うわっ!くっさい!臭い!」 「スカンクの化け物か?これはアカン!」 化け物のお尻から黄色い煙が発射、堪らず私たちは台所の奥の扉を開けて外に出ました。 「ゲホッゲホッ…うわぁ~堪らん!」 「臭すぎて死ぬかと思った!」 外に出て深呼吸してると 「あれ何?」 またしても何か出てきました。目の前の山を懐く森の中に巨大な人が。 いや…これも見たことありません、40メートルくらいの大きさの頭の所だけ禿げた毛むくじゃらの大巨人が私たちを見下ろして居るではないですか! 「雪男にしてはデカくない?!」 「一難去ってまた一難か?あたしたちとんでもない世界に来ちゃったわね」 逃げるならまた室内に隠れるしかありませんが、まださっきのスカンクお化けのおならの匂いが充満しています。 ズッシーンッ!!! 木を足で倒して踏み潰しながらこちらにその巨大な雪男が足音立てて迫ってきます。 「やむを得ない、また戻ろう!」 仕方ありません、私たちは扉を開けてまた家屋の中へと戻りました。 「臭い臭い!!」 「あっちの奥や!」 襖を開けて黄色い煙の臭気から避難します。 襖の奥の空間に避難すると楽になりました。 そこは窓はなく壁の柱に備え付けられた蝋燭の灯りだけの薄暗い廊下が四方に、また分岐点でした。 その様子からまた何か出て来る気配で、けれども本当にまた何か出てきては困ります。 「古い日本家屋だから屋内は回廊になってて一方通行ではないかも。この先行けば、最初の分岐点の納戸の前に戻れるかもしれない」 そうかもしれない。翔子ちゃんの言うことを信じて私たちは薄暗い廊下を進みます。 歩きますが、納戸の所へはなかなか戻れません。思ったより屋内は広くて迷路のような複雑な造りのようです。 そしてまた囲炉裏端の部屋に出ました。 さっきの囲炉裏の部屋とは違って今度は板の間ですが、また同じ所に戻ってきたように錯覚します。 その既視感が精神的に堪えてくるのです。 「疲れたから休む?歩いてればそのうち元の場所に戻れると思うけど」 と、翔子ちゃんは提案しました。 「でもさっきのスカンクお化けとか他にも違う何かも居そうや。休んでええけど5分くらいやな」 「そうね。少し休んでまた歩きましょう」 火のない囲炉裏を囲んで気楽に世間話することに。それでいくらか心に余裕が出てきました。 「…という話なんだけど」 「翔子ちゃん風邪引いてるの?なんかさっきから声が変」 と、私は翔子ちゃんの声の変化に気がつきました。 「そやな、なんかハスキー声で渋いで」 「へえ、そうかな?」 という彼女の声は更に声変わりしてました。 私は思いました。翔子ちゃんの名字と同じ名前の温泉地。それが頭を掠めましたが、その時はやはりただの偶然かと思っていました。 「よし、休めたね。行こうか」 私たちはまた立ち上がり廊下に出ようとしました。 すると 「ところであそこの鴨居に写真が飾ってあるね?さっきから気になってるんだけど」 と、かなりのハスキー声の翔子ちゃんが指を指す方向を見ました。 見ると隣の板の間の部屋の鴨居に誰かの写真が飾ってありました。 「これってさ…ほらあの…」 「お婆さん?旅館の?」 私たちはその写真の所へ、見ると確かに写っているのはあの旅館のお婆さんで、若い時のでしょうか?皺はあまりなく黒髪で黒い着物姿です。 「この壁隙間あるで」 見ると鴨居の下の壁に確かに丁度指一本入る隙間がありました。 莉子ちゃんが隙間から除いてみると 「中にまた誰かの写真や。何やろ仏壇みたいや」 「ならまた隠し扉かな?」 そう言って翔子ちゃんは壁の隙間に手の指を差し入れて、横に押してみるとやはり壁が引戸のように開いたのです。 「ホントだ仏壇だ。何だか怖いな」 左右の壁を開けてみました。すると今度は別の見知らぬ女性の遺影でしょうか?仏壇なのでそうでしょう。 「誰だろ?」 「よく分からんけど、この鴨居の写真のお婆さんも遺影?」 莉子ちゃんのその問いかけ、私たちはあらぬ事を頭に思い浮かべたのです。 「まさか……」 「あのお婆さん幽霊?」 「言い出しっぺであれやけど、アカン。そんなこと考えたらマジアカンで……」 あの旅館の女将が本当に黄泉の人だというのでしょうか?だとするとここは? 「この世の世界でない?」 「翔子ちゃん、さっきとまた声が違う。本当にどうしたの?」 確かに異様なほどのガラガラ声です。 「そうか……?」 急に翔子ちゃんの口調が変わったような、そして彼女は髪を垂らしてうつ向きました。 「…翔子ちゃん、どうしたの?」 翔子ちゃんの様子がおかしいのです。 彼女は下を向いて何も言いません。長い髪で隠れて顔の表情は分かりません。 「具合でも悪いの?」 私は心配になって声をかけました。 すると 「いや……大丈夫だ…」 地獄の底から湧き出るような声、それはもう翔子ちゃんの声ではありません。 「はっ…!!」 翔子ちゃんが顔を上げるとその目に瞳はなく白目だけでした。 「きゃあっ!!」 「いややぁっ!!」 ドンッ!! 「きゃあっ!!」 すると大きな音と共に私たちの足下の床が抜けて私たちは暗闇の中を落ちていったのです。 ドスンッ!! 「……痛い」 「………動けへん」 木の床に身体を激しく叩きつけられた私と莉子ちゃん。 見上げると上からざんばら髪をした白目の翔子ちゃんが床に倒れている私たちを見下ろしていたのでした。