鬼燈温泉魑魅魍魎の里
其の十一(最終話) 鏡の真実

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守屋くんと鏡と別れた後、私は洞窟の暗闇の中を歩いてました。 洞窟内は私の目が慣れてきたというのもありますが、何処にも灯りとかないのに何故か仄かに明るく移動するのに何の支障もありませんでした。 その長い洞窟、出口はまだ見えてきません。 歩いていると私はふと鏡の顔を思い出しました。その瞬間私の頭の中でフラッシュバックが勝手に起こったのです。 私はあの異世界の屋敷の中に居ました。 そして高速の早さでその廊下を移動すると両扉を開けて中へと入り、階段を上がって通路を進み扉の前へ。その扉を開けるとあの標本室でした。 そういえば、気味の悪い千切られた舌の標本が入った瓶が陳列された棚を見た後、私はふと横に視線を外したのです。 その視界に微かに入っただけなのでそれまで私の記憶になかったのですが、私の斜め後ろの棚の上に蓋の付いた大きな大きな四角の硝子瓶があったのを思い出したのです。 その瓶の蓋は閉まっており、中に濁った液体が入っていて、その液体と共に何が入っていたのです。 「…あ……ああっ!……そうだったの?!……」 その瓶の中には生まれたままの姿で足を抱えて座っている鏡が入っていました。 「何てこと……」 液体の中に入っている鏡の顔は安らかに寝ているようでした。 私は目からポロポロと涙が出てきました。 彼女の母親が殺された後、鏡も捕らえられてその身体ごと標本にされてしまったのでしょう。 その事に気づかず黄泉の異世界で彷徨い続ける鏡、哀れなその母子の末路を思うと涙が止まりませんでした。 「………………」 元の世界に帰っても翔子ちゃんと莉子ちゃんはもう居ません。そしてそこはまだ山の中、助けを呼ばないことには東京に帰ることもできません。 またあのお婆さんたちに見つかってしまうかも知れない、そう思うと私の心はまだ安心はできませんでした。 洞窟の出口が見えてそして滝の裏側へと出ました。 「戻らなきゃ、あの温泉地に。そして助けを呼ぶのよ」 私は鼻を摘まんで滝壺目掛けて飛び降りました。 ザブンッ!! 泳ぎはまあまあ得意でした。滝の中を通り抜けて平泳ぎで池の淵に辿り着き、陸へと上がりました。 「ふぅー…何とか戻れたのかしら」 少しほっとした後、ずぶ濡れのまま山道を歩きました。外はもう夜です。 月明かりを頼りに吊り橋を渡りきると私は走り出しました。 「はあはあはあはあはあ……」 無我夢中で山道を走りきり、見覚えのある温泉地へ到着しました。 周りの家屋にはやはり灯りはなく、目的地の温泉旅館へと向かいました。 「あった、彼処だ」 急いで走って旅館の前で止まり、そこで少し息を整えました。 それから恐る恐る引戸をカラカラと開けると中は光々と電気がついていて明るかったのです。 電話を探そうと靴を脱いで上がろうとすると廊下の奥から足音が聞こえてきました。 「……!!」 私は思わず身構えました、またあのお婆さんだったら逃げなければ、念のため私は靴を履いてた方がいいと靴に足を入れようとしたその時 「いらっしゃいませ」 玄関に1人の和服姿の女性が現れたのです。 あのお婆さんではありません。でも彼女の仲間かもしれません。 「おや、どうなさいました?どちら様で?」 と、その女性はずぶ濡れ姿の私を見て驚くも柔らかな口調で私に尋ねてきました。 「あなたは?」 私は目の前の和服美人に聞きました。 「私はこの旅館の女将です」 「…女将?ここの女将は薄気味の悪い笑い声をするお婆さんでは?」 私は目の前の女性に更に尋ねました。 「お婆さん?そんな年寄りはうちの従業員には居りませんが」 「白髪頭のお爺さんは?」 「そのような者も居りません」 と、凛とした表情できっぱりとその女性は言いました。 「え?!」 すると廊下の奥からまた足音が聞こえてきました。 「あれ?紀水香ちゃん!どうした?ずぶ濡れやんか?!」 「莉子ちゃん!?」 「ホントだ。それで何でか狐のお面被ってるし、何処かの池で泳いできたのかい?」 「翔子ちゃんも!?」 私は現れた2人を見て思考が止まりました。 「どうしたの?1人で温泉街散歩してくるって行ってたからあたしたち先に温泉入っちゃったけど、また一緒に入ろうか?」 「それよりもうすぐご飯やで。身体拭いてとりあえず部屋行こう」 「…うん」 どういうことなのでしょう?2人はまるで何事もなかったかのようでした。 でも兎に角私は助かったし、翔子ちゃんたちも生きてて無事でした。 そして女将さんが言うように旅館の中にはあのお婆さんもお爺さんも居ませんでした。 それから私たちはもう一泊して朝御飯を食べ終わると身支度をして東京に帰ることになりました。 旅館の外へ出ると鬼燈温泉の街には疎らですが、私たちと同じ観光客の人たちが歩いていて、土産物やら射的などの娯楽施設が営業しておりとても賑やかな様子でした。 「こんな近くにバス乗場があったの?」 私は温泉地近くにあるバス停を見て唖然としました。 「そうだけど、来る時も乗ったじゃない?」 「何か昨日から変やで。まるで狐につままれたみたいや。側で見てておもろいけど」 私の中に不思議な感覚を残したまま私たち3人はバスに乗って駅まで行き、特急列車と新幹線を乗り継いで東京へと戻りました。 それから……。 あれから私は中学校を卒業、都内の私立高校に入学。 莉子ちゃんは卒業と同時にまた京都に引っ越して地元の高校に入学。 翔子ちゃんは高校卒業後、東京の大学に進学して、その後丸の内にある会社でOLとして働いてます。 莉子ちゃんは高校を卒業した後、巫女さんのアルバイトをしていた神社に正式に就職し、正規の巫女の職へと就きました。 そして私です。 私は大学進学も考えたのですが、元から勉強好きというわけではないので、高校を出た後は浅草のお花屋さんで働くことに決めました。 「鬼燈入荷しましたよ」 私は花を買いに来るお客さんの相手をするのがとても楽しく、毎日がとても充実していました。 そして私たちは3人ともお相手を見つけて結婚。そして子どもも生まれました。 今でもベビーカーを引きながら3人で東京や京都などで当時の鬼燈温泉の事を思い出しては語り合う事があるのです。 私は彼女たちとは別の思い出、守屋くんと鏡ちゃん、あの2人のことも思い出すのです。 チャンチャン…ドンドコド…… チャンチャン…ドンドコド…ドンドゴド… 3人で行ったあの狐祭りの祭囃子の音が今も耳に残るのです。しかしそれはもう私の中の遠い記憶となりつつあったのでした。 ○●○●○●○●○●○●○●○●○ (チャンチャン…ドンドコド…ドンドコド…) 私は濁った液体の中に居ました。 私の頭の中では狐祭りの太鼓の祭囃子が鳴り響いていました。 お婆さんはその瓶の蓋を閉めると瓶の中で足抱えて座って眠る生まれたままの姿の私をじーっと眺めていました。 「キヒヒヒヒ……」 そして薄気味悪い笑い声をあげるとその瓶が陳列されている棚の戸を閉めました。そして部屋の扉を開けると廊下へと出ていきました。 「…ウソでしょ?」 私のすぐ背後にいつの間にか居ました。 「捕まえたあ…………」 3人の翔子ちゃんは幻影で本人は壁を抜けていつの間にか私の真後ろに立っていたのです。 血だらけの翔子ちゃんは両腕でがっしりと私を羽交い締めにしました。 「いやぁあ!!きゃああっ!!」 振りほどこうにも振りほどけません。 そして私の肩口からボロボロと2つの丸い何かが落ちました。 それは翔子ちゃんの目玉でした。 振り向くと目のない翔子ちゃんの顔が見えました。 「もう逃がさないぞ……」 「いやあああっ!!!」 すると床下から無数の白い腕が伸びてきて私の足を捕まえたのです! 「きゃあああああーっ!!!」 完全に動けなくなった私、すると スタスタスタスタスタ………… 手前の廊下の奥から足音が聞こえてきました。 暗闇の中から現れたのはあのお婆さんでその手には縄でできた網を持っていました。 サァーーーッ………!! お婆さんは私目掛けて網を放り投げました。 捕らえられた私は網の中で踠いて逃げようにも逃げられません。 「いや……いやぁ……いやだぁ…!」 網目越しにお婆さんが私を見下ろしているのが見えました。 「翔子、しっかり押さえとき…」 翔子ちゃんは掛かった網ごと、両手で逃げないように後ろから私を押さえつけるとお婆さんは透明な薬剤の入った注射器を着物の懐から取り出しました。 「いやあ……止めて…いや……」 踠いても踠いてもどうにもなりません。お婆さんは私の腕に注射針を立てて刺すと一気に薬剤を私の身体の中へ注入。 瞬く間に私の意識は薄れ、そして完全にその意識は消えて失くなりました。 それから別の部屋に運ばれた私は台の上に仰向けに寝かせられ、服と下着を脱がされて全裸にされました。 裸の私を身体中包帯を巻いた翔子ちゃんとお婆さんがふたりがかりで抱えて運び、大きな四角い硝子瓶の中へと入れました。 それから濁った液体を頭からかけられ、その液体で瓶が満たされるとお婆さんは瓶に蓋をして車の付いた昇降機で私が収まるその瓶を運び、標本の部屋の棚へと収納したのです。 「キヒヒヒ………」 これで私も鏡と同じ異世界における囚われの身となったのでした。 (チャンチャン…ドンドコド…ドンドコド…) 鬼燈温泉は今もあの山奥に存在しています。 (登場人物) 緑川紀水香 布袋翔子 長山莉子 守屋徹 鏡 菊田優香(紀水香の母) 緑川源三(紀水香の父) 緑川フキ 紀水香の祖父 塚田さん 椚田先生 鏡子 鈴木咲 高橋婦長 船頭さん 女将(若い女性) 女将さん(お婆さん) お爺さん 妖怪たち