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自由律俳句 「さびれた遊園地にひとり」 *********  街へ出るのは久しぶりだった。  街といっても、都会とはほど遠い地方都市だ。東北新幹線の停車駅を有する市は県内では主要都市とされているけれど、老朽化が進んだ駅舎や駅周辺のビル群は衰退の気配を色濃く漂わせている。  しかし、私の暮らす山間部の町と比べればこの中途半端な地方都市も都会の部類に入るだろう。私の自宅からこの街までは車で一時間。高速道路を使わなければ倍近い時間がかかる。    峠道の運転に慣れ切った私にとって、久しぶりに走る高速道路は退屈だった。走りやすさは油断と眠気を誘う。不慣れなこともあり、うっかり降りるはずのインターチェンジを通り過ぎてしまった。やむなく次の出口まで高速を走り、目的地まで市街地を通って向かうことにした。    こんなことなら電車で来れば良かったな、と思いながらナビに従って車を走らせる。しかし電車で来たとしても、駅からの交通手段が乏しいために無駄な待ち時間が発生してしまう。田舎というのは本当に不便だ。  駅前の混雑したエリアを抜けると急に建物の数が減り見通しが良くなった。マンションや大型店舗は一部に集中しており、中心地から少し離れるとすぐに田畑が現れる。他の地方都市のことを知らない私にはよく分からないが、田舎町というのはどこもこんなふうなのだろうか。  見通しが良くなったおかげで、巨大な建物は遠くからもよく見える。目的地である運転免許センターのほかに目立った建造物は、小さな遊園地を有するレジャー施設だけだった。 ◇  優良ドライバーである私の免許更新手続きは、一時間で終了した。  広大な駐車場を横切り車に戻りエンジンをかける。しかしすぐに発進する気になれず、ハンドルを握った両手をしばらく見つめた。  どうにも疲れていた。頭の中では先ほど講習で見せられた悲惨な事故映像が渦巻いている。このまま長時間運転して帰宅することを思うとため息が漏れた。  しかし私は一人だ。自分で運転しなければ永遠に帰宅は叶わない。もう一度ため息をついて顔を上げると、視界の端に小さな観覧車が見えた。 ◇  寄り道にそのレジャー施設を選んだのは、ほんの出来心だった。  遊園地の名前は「ドリームランド」。幼少期に両親に連れられて遊びに行ったことをふいに思い出したのだ。  高速道路に乗る前に休憩したかったのと懐かしさとに引っ張られるようにして、私はそのレジャー施設へ足を踏み入れた。    駐車場から続く並木道を歩いていくと、記憶よりも小さな入場ゲートが見えた。積み木で作ったお城のような形のそれは、元の色が分からないほどくすんでいる。ゲート中央の「ドリームランド」の文字だけが妙に新しく、そこだけ塗り直したように見えた。  ゆっくり歩く私を、小さな男の子が追い越していく。五歳くらいだろうか。ぴょこぴょこ跳ねるように走る男の子の真っ赤なパーカーが、あっという間にゲートの中に消える。振り返ってみるが、保護者らしい人影はない。それどころか、私以外に人のいる気配がしなかった。  今の男の子は、幻想だったのだろうか。  思わず浮かんだ考えに苦笑する。やはり相当疲れているらしい。休憩することにして正解だったのだろう。  ゲートをくぐった私を出迎えたのは、「入場無料」の立て看板だった。アトラクションはチケット制で、入場料はとらないシステムらしい。辺りを見回してみるが、係員らしき人影はない。  券売機で五回つづりのチケットを購入し、園内に足を踏み入れる。  小さな遊園地だ。ジェットコースターのレールに囲まれた敷地内に、観覧車やコーヒーカップ、メリーゴーランド、ミラーハウスなどのささやかなアトラクションが並んでいる。どれもこれも色あせていて、きちんと動くのか不安になるような代物ばかりだ。  記憶をたどりながら園内を一周する間に人の気配を感じることはなかった。客はおろかスタッフの姿もどこにもない。しかしアトラクションの案内放送やゲーム機の音楽は途切れずに流れている。  理由のない不安を覚えながらゲート付近に戻る。  本当に誰もいないのか。ゲートのところで見た男の子はどこへ消えてしまったのか。いや、無人のはずがない。音楽は流れているし、だいたいこの遊園地は市の管理施設だ。いくら人気が無くても管理人の一人くらいは置いておくはずだ。  音楽が流れるばかりで、ジェットコースターもメリーゴーランドも止まったままだった。乗る者がいないのだから当然かもしれないが、自分が静止画の中に取り残されたような不気味な感覚を覚える。  もう帰ろうかと考えながらアトラクションを眺めていると、唐突に違和感に襲われた。  静止した視界が歪んでいくような奇妙な感覚だった。  じっと目を凝らしていると、園内の端にある観覧車がゆっくりと回っていることに気がつく。動いている唯一のアトラクションだった。    そのゆるやかな回転を目にして、私は安堵した。  やはりここは普通の風園地なのだ。考えてみれば、長期休暇の時期でもない平日の昼間にこんな場末の遊園地が混雑しているはずもない。  得体の知れない不安を感じていた自分が馬鹿らしく、恥ずかしくなる。  動いているということは係員も近くにいるのだろうし、せっかくだから高いところから園内を見てみようと思い立つ。見方によっては、私は今、遊園地を独り占めしているのだ。貴重な体験と言っても良いだろう。  足取りも軽く観覧車の乗り口にたどり着くと、支柱のあたりから人影が現れた。  「観覧車ですか」と言いながら近づいてくる人影は、間近に迫ってもなぜか輪郭がはっきりしない。  係員らしきその人をよく見ようとまばたきを繰り返しているうちに、どういうわけか手に持っていたチケットを回収されている。 「チケット2枚、たしかにいただきました。それではいってらっしゃい」  観覧車はチケット2枚なのか、と思う間に私の乗ったゴンドラの扉が閉まる。顔の見えない係員が手を振っている。  なんだかおかしい、なぜあの人の姿ははっきり見えないのだろう。    頭がぼうっとする。  まあいい。どちらにしろ観覧車には乗るつもりだったのだ。どうせなら景色を楽しもう。  いつの間にか頂上付近に差し掛かっている。園内側の窓に顔を近づけると、メリーゴーランドが動いているように見えた。他にも客が来たらしい。ひょっとしたら、さっきの男の子かもしれない。よく見ようと、額を窓に押し付ける。  係員の姿とは違い、眼下に広がる景色は鮮明に見えた。  メリーゴーランドだけでなく、コーヒーカップもジェットコースターも回転ブランコも動いている。メリーゴーランドは屋根に隠れて客の姿を見ることはできないが、ほかのアトラクションには屋根がない。  だからはっきりとわかる。一斉に動き出したアトラクションは、誰も乗せていない。  それがどうしたというのだ。なにか、理由があるに決まっている。作動確認とか、そういうちゃんとした理由が。    自分に言い聞かせながら、悪寒が止まらない。  震える手で両膝を掴んだところでゴンドラが地上に戻る。 「おかえりなさい」  扉を開けた係員の顔を見ることができない。とにかく降りようと立ち上がると、 「お嬢さん、せっかくですからもう一周いかがですか? 今日のお客はお嬢さん一人なんです。チケットはサービスしますよ」  ゴンドラの動きにあわせてゆるやかに歩きながら、係員はそのまま扉を閉める。 「あ、あの、おります!」  慌てて叫ぶが、ゴンドラはすでに上りはじめている。 「ごゆっくり。いってらっしゃい」  なすすべなく座席に座り込む。全身を悪寒に支配され、うまく力が入らない。  ゆっくりと上昇するゴンドラのそばを無人のジェットコースターが駆け抜ける。  空っぽのコーヒーカップの回転速度は上がり続けている。  再び頂上に差し掛かかると、入場ゲートの外から赤い点が近づいてくるのが見えた。ゲートをくぐったところで見失った真っ赤なパーカーの男の子を遠い記憶のように思い出す。  そしてゴンドラの扉が開く。 「おかえりなさい。お嬢さん、せっかくですからもう一周いかがですかーー」 ********* 最後までお読み頂きありがとうございました(^^) 〈羽が生えるのまだ待っている〉 小野木のあ(おのぎのあ) 自由律俳句+エッセイ/コラムの自主連載 毎月第1・第3水曜日更新予定 Twitter:https://twitter.com/onogi_noa

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