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自由律俳句 「両手にスイカの大人の笑顔」 ************  スイカを貰って喜ばない人はいない、という風潮がある。  いやいやそんなことないでしょ、という人もいるかもしれないが、私の周囲にはあるのだ。 「じゃーん! スイカだよ! どう? 嬉しいでしょ!!」  という自信に満ち溢れた笑顔で差し出されるもの、それが世間においてのスイカだ。    お察しの通り、私はスイカが苦手だ。子どもの頃は果物全般が苦手だった。大人になって美味しいと思う果物は増えたけれど、スイカについては克服できていない。食感と匂いが苦手な上に、食べにくいことこの上なく、うっかり素肌が触れようものなら徹底的に洗い落とすまでベタベタと不快な感触が纏わりつく。誤って種を噛んでしまったときの不快感も無視できない。我慢して食べることは可能だけれど、出来れば食べたくない。それが私にとってのスイカだ。  しかし、私は小心者である。私が喜ぶことを確信している笑顔を曇らせるのが怖い。できれば誰にも嫌われたくない。全方位に薄く平和な人間関係を築きたい。八方美人バンザイ。  よって私は 「わぁ~おいしそう~やっぱり夏はスイカですよね~」  などとのたまいながら笑顔でスイカを食べる道を選んできた。意地でも苦手なことを悟らせまいと妙な闘志を燃やしながら、スイカを食べ続けた。  しかし、そんな私とスイカとの関係性に転機が訪れる。 ◇  実家に出戻り、居酒屋のアルバイトをしていた頃のことだ。  地元の野菜を使った創作料理が売りの店で、マスターの実家(農家)の野菜をよく使っていた。  その店で働きだして最初の夏。最後の客が帰り、先輩スタッフと二人で締め作業をしているところへマスターがスイカを運んで来た。カットされ皿に並べられた、「今すぐ食え」という圧を放っているスイカ。  「これ、うちのスイカ。二人で食べて」  言いおいて、マスターは厨房に戻って行った。  二人分にしては量が多かった。田舎の農家における「かなり大きい」スイカの、四分の一くらいだろうか。  一人一切れで十分な大きさのものが、五、六切れ並んでいるのを想像していただきたい。    さすがに食べきる自信がなくて、先輩に  「こんなに食べきれますかね……」  と言うと、いそいそと客席に座る笑顔と目が合った。  「余裕っしょ!」  見たことのない笑顔で言って、先輩は猛然とスイカにかぶりついた。  とてつもないスピードで飲み込まれていくスイカ。「うまい、うまい」と繰り返す少年のような笑顔の三十代男性(チャームポイントは髭と長髪)。  流れるように次々スイカにかじりつきながら、先輩が不思議そうな目で私を見る。  「小野木ちゃん、食べないの?」    「私、スイカ苦手なんです」    スイカを持ったままの先輩の目がまん丸になった。  「うっそ! こんなにうまいのに!?」  つい本音が出てしまった私は、『人生半分損してる』系のうざい話が始まるのでは、と身構えた。    しかし先輩は  「え、じゃあこれ、俺が全部もらってもいいの?」  と目を輝かせた。  「そうしてもらえると助かります」  「まじ! ありがとう!」  先輩は、両手にスイカを持って食べ始めた。あんまり美味しそうに食べるから、私は「こんなに美味しそうにスイカ食べる大人、初めて見ました」と笑った。眺めているのは愉快だったけれど、途中から先輩の目に異様な光が見えてちょっと怖かった。    以来、私は無理してスイカを食べるのをやめた。先輩のおかげで、周囲に無類のスイカ好きがいる可能性に気がついたからだ。私が嫌々食べるより、スイカを好きな人が美味しく食べる方が良いに決まっている。   ◇    今年も職場でスイカの差し入れを頂いた。  私は遠慮申し上げて食べたい人に譲っているが、あの時の先輩ほど美味しそうにスイカを食べる人は今の職場にはいない。薄々気づいていたけれど、たぶんあの先輩のスイカ好きは特別なのだろう。もしくは、あの日の先輩は、暑さや疲労にやられていて、なにかのタガが外れていたのかもしれない。  近頃はスイカを見ると、人生でもう一度くらいは美味しそうにスイカをかじる大人を見たいなあ、などと思ったりする。   ※ちなみに先輩は、スイカを食べた翌日にお腹を壊してとても辛かったそうです。スイカ好きの皆さん、一度にたくさん食べ過ぎないように気をつけてくださいね。 ************ 最後までお読み頂きありがとうございました! 〈羽が生えるのまだ待っている〉 小野木のあ(おのぎのあ) 自由律俳句+エッセイ/コラムの自主連載 毎月第1・第3水曜日更新中 Twitter:https://twitter.com/onogi_noa

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