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自由律俳句 「膨らむ暗がりに目を凝らす」 ************ 「開かずの間」がある家に住んだことがある。 父の仕事の都合で、私たち家族は何度か引っ越しをした。私が初めて「開かずの間」というものの存在を知ったのは、三番目の家に引っ越した時だった。二階建ての古い日本家屋(借家)で、居間を抜けた先に廊下があり、その廊下の両端にそれぞれ階段がある家だった。普段は片方の階段しか使わず、もう片方の階段がある廊下の端は使わない家具や荷物の収納スペースになっていた。使う方の階段を上った先は左右に扉があり、左の引き戸は畳の部屋に通じていて、そこは主に客間として使われていた。そして反対側の右側の扉の先に「開かずの間」はあった。 小学校に上がった頃だろうか。好奇心にかられた私がその扉を開くと(開かずの間と呼ばれていたけれど、扉自体は子どもの力でも開いた)、扉の先には不思議で不気味な空間が広がっていた。部屋、と呼んでいいものか分からないが、そこには反対側の和室二つ分くらいの空間があった。窓は板で塞がれていて、昼間なのに暗かった。床は土とも砂ともつかないもので覆われていて、埃っぽい空気が充満していた。おばあちゃんの家の庭にある、蔵の中にそっくりだと思った。お化けが出そうな不気味な空気は怖かったけれど、好奇心旺盛な子どもだった私は中に入ってみたくてうずうずした。しかし入る前に母に見つかってしまい、「この部屋には入らないように」ときつく注意された私は渋々その扉から離れた。 自分たちが暮らす家の中にあの空間が内包されている、ということが、私にはとても不思議だった。私たち家族の生活は一階で完結していて、二階を使うのはお客さんが来た時だけだった。そのお客さんを二階に案内する時も「開かずの間」はないものとして扱われた。両親は「開かずの間」のことなど全然気にしていないように見えたし、私自身も普段はあの空間のことを忘れて生活していた。 それでも時々思い出しては不思議な気持ちになることがあった。暗くて埃がいっぱいで靴がないと入れない変な部屋の下で、ご飯を食べたり、お風呂に入ったり、眠ったりしていることが、とてつもなくヘンテコなことに思えた。 だいたい、二階の和室よりも、「開かずの間」の方が広いということに納得できなかった。 せっかくの広い部屋を、どうして使わないのだろう。「開かずの間」は、いつから「開かずの間」になってしまったのだろう。廊下の両側に階段があるのだって、すごく面白いのに、どうして塞いでしまうんだろう。あの塞がれた階段の先は、どんな風になっているんだろう。 どうしても「開かずの間」に入ってみたくなった私は、両親に隠れて「開かずの間」を探検することを決意した。 ◇ その日は意外と早くに訪れた。母がスーパーに買い物に行くと言うので、私はここぞとばかりに留守番をかってでた。まだ幼い妹の手を引いて出かける母を見送ると、すぐに外履きの靴を持って二階に駆け上がった。ドキドキしながら右側の扉を開けると、記憶通りの不気味な部屋が私を出迎えた。靴を履いて踏み込むとジャリッという音がして、私は一瞬立ち止まった。床面を覆っているのは砂のようだった。 ここは家の中なのに、この砂は一体どこからきたんだろう。畳の下は、全部こんな風になっているのかな。 考えながら、恐る恐る部屋の中に進んで行った。窓を塞ぐ板の隙間からほんの少しだけ光りが差していたので真っ暗ではなかったけれど、部屋の奥に進むほど薄暗くなり、空気が湿って重く感じた。好奇心でワクワクしながらも肝試しのときのような恐怖があって、なんだか背中がゾクゾクした。部屋の真ん中あたりまで行くと壁の両端に柱が立っていて、床にも仕切りのようなものがあるのが分かった。どうやら「開かずの間」は、二部屋に分かれていたようだった。その二つ目の部屋の端、一段と暗い右側の壁に、扉のようなものが見えた。入ってきた扉とは形が違っていて、木で出来た取っ手のようなものがうっすら見えた。 薄闇の中にある見たことのない扉を前にして、私は急に怖気づいた。 お化けなんて信じていないけど、もしも、扉を開けて何かがでてきたらどうしよう。それに、もしかしたらあの扉の中には「開かずの間」の本当の持ち主がいて、勝手に入った私を閉じ込めてしまうかもしれない。それとも、「開かずの間」は何かを封印する場所で、あの扉を開けたらそれが出てきちゃうかも。呪われたりしたらどうしよう。 だいたいこんなような想像をして、私は一人で震えあがった。しかしここまで来たらもう、開けないわけにはいかなかった。ぐずぐずしていたら、母が帰ってきてしまう。私は小走りで扉まで近づき、わざと勢いよく扉を開けた。意外にもなんの抵抗もなく開いた扉のすぐ先には壁があった。不思議に思って扉から一歩踏みだすと、右側にもう一つ扉があるのが分かった。勢いのままにその扉も開くと、その扉の先には階段が直結していた。拍子抜けして、私はしばらくその階段を眺めた。塞がれている方の階段の行き先を探していたのに、扉を怖がっているうちにすっかりそのことを忘れてしまっていた自分が可笑しかった。荷物や家具で塞がれた階段を上から眺めるのも面白くて、階段の方まで行ってみたいと思ったけれど時間が心配だったので止めにした。この探検は、自分だけの秘密にしたかった。 二つの扉を元通りに閉めてもと来た扉まで戻り、靴を脱いで「開かずの間」の入り口をきちんと閉めた。これで私の探検の秘密は守られた。 結局ただの埃っぽい部屋でしかなかった「開かずの間」への興味は、徐々に薄れていった。それでも時々、両親の目を盗んではそっとあの扉を開いて中の暗がりを覗き込んだ。「開かずの間」を含んだ家は、私にとって特別な存在になった。 ◇ 暗闇の中には、いつも何かが潜んでいるような気がする。暗い部屋で見えない壁や天井に目を凝らしていると、暗闇が膨張していくような感覚になることがある。普段は気づかないだけで、暗闇の向こうには不思議で不気味な世界が広がっているのかもしれない。そんなことを考えるとき、私はいつもあの「開かずの間」のことを思い出すのだ。 ところで、私が「開かずの間」のある家に住んだことは一度ではない。今話の次に引っ越した家には全く違うタイプの「開かずの間」があった。その家にも面白い思い出が色々あるけれど、それはまた別のお話し。 ************ 最後までお読みいただきありがとうございました! 〈羽が生えるのまだ待っている〉 自由律俳句+エッセイ/コラムの自主連載 毎月第1・第3水曜日更新です! どうぞよろしくお願いします^^

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