羽が生えるのまだ待っている〈自由律俳句と短文〉
離れていく人たちを見送る砂の目

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自由律俳句 「離れていく人たちを見送る砂の目」 ************  転んだ瞬間になにもかも嫌になったぼくは、転んだままでいることにした。 ◇  なぜだかぼくは、しょっちゅう転んでしまう。  下校中に友達と追いかけっこをしていたら転んで側溝に落ちるし、普通にろう下や階段を歩いていてもつまずいたり転んだりする。この前は自転車で転んでいきおいよくブロック塀に突っ込んでしまった。腕も足も血だらけになってかなり痛かったけど、友達の前だったから泣くのは我慢した。  そういうわけでぼくは、転ぶのには慣れている。痛いのだって、血が出るのだって慣れている。慣れているから、何度転んでも平気だった。平気なはずだった。 ◇    それが起きたのは三時間目の体育の前だった。  紅白帽を探すのに時間がかかって出遅れたぼくは、教室を出るのが一番最後になってしまった。  慌てて校庭に向かって走りだすと、みんなが整列を始めているのが見えた。  急がなきゃと思ったとたんに、ぼくは転んだ。  地面にうつぶせの、バンザイの姿勢で寝転がったまま、もう嫌だ、と思った。もう、起き上がりたくなかった。  ぼくが転んだのに気づいた女子が口々に「だいじょうぶー?」と叫ぶのが聞こえた。男子は「はやく起きろよー!」とはやし立てた。ぼくは地面に顔をつけたまま、校庭って土なのかな、砂なのかな、と考えていた。表面がかわいた砂みたいになっているから、ぼくはこれで滑って転んだのだろう。    ぜんぜん起き上がらないぼくのまわりに、クラスのみんなが集まってきた。 「だいじょうぶ?」「なんで起きないの?」「先生よんでこようか」「痛いの? ぶつけた?」「聞こえてる?」「ねぇ返事してよ!」    みんなが同時に話すから返事のしようがなかったし、声をだすのも嫌になっていたから黙っていた。そのうちに女子はイライラし始めて、男子はおもしろがってぼくをくすぐったりつついたりし始めた。 「無視しないでよ、聞こえてるんでしょ!」「はやく起きなよ、もう先生きちゃうよ」「おーい、生きてるかー」「いい加減にしなよ。みんなに心配かけておもしろがってるの?」  なにもかも嫌だった。こんなにぜんぶが嫌になるのは、10年間生きてきて初めてのことだった。この気持ちをどうすればいいのか、自分でもまるでわからなかった。  寝そべったままのぼくをかこんでみんなが騒いでいるところへ、先生がやってきた。 「どうしたんだ。寝てるのは青木か? 転んだのか」 「先生、青木くん、転んだまま起きないんだよ!」「返事もしないの!」  一部の女子がキンキンした大声をだす。女子ってなんでこんなにうるさいんだろう。もう少し静かに話せないのだろうか。 「よし、先生が青木と話そう。ほかの皆はいつもの場所に整列!」  先生がピッと笛を吹くと、みんなはぞろぞろとぼくから離れていった。 「さて、青木。どうしたんだ? 痛くて動けないか?」  あいかわらずなにもかも嫌なままのぼくは、先生にも返事をしなかった。転んだ直後は膝や腕が痛かったけれど、今はなにも感じなくなっているのがふしぎだった。 「擦りむいているかもしれないから、保健室に行って消毒してもらおう。そんなに痛いなら今日は見学でもいいし、そのまま保健室で休んでもいい。どうする?」  いつまでたっても動かないぼくに、先生がイライラし始めたのが分かった。 「自分で動けないなら先生が運んで行くぞ、いいな?」  そう言って、先生はぼくの身体を起こそうとしたり持ち上げようとしたりした。身体が大きくて力持ちの先生にはぼくを持ち上げることなんて簡単なはずなのに、どういうわけかぼくの身体はぐんにゃりと地面にはりついたまま動かなかった。  どうにかしてぼくを運ぼうとしていた先生が、ついにあきらめて立ち上がった。 「分かったよ、青木。お前がそのままでいたいなら、ずっとそこで寝ていればいい。いいか、お前一人のせいで、みんなの時間が無駄になっているんだぞ。分かったらさっさと起き上がって保健室に行きなさい」  先生の言うことはその通りだと思ったけれど、もはやぼくは自分でも自分の身体を動かせなくなっていた。だまって寝そべっているぼくを見下ろしていた先生は、ため息をついてぼくから離れていった。  体育の授業がはじまった。 「いーちにー、さーんしー」 「ごーろーくしーちはーち」    準備運動のかけ声を聞いて、変なの、と思った。昨日まではなんとも思っていなかったのに、いま聞こえるみんなの声はものすごく変なふうに聞こえた。あんなヘンテコなことをしなきゃいけないなら、このまま校庭の土か砂になったほうがマシのような気がした。  準備運動が終わって、みんなが一斉に走りはじめた。もうすぐマラソン大会があるから、今日はその練習なのだろう。ぼくはもうマラソン大会に出ることはないんだろうな、と自然に考えて、ふしぎな気持ちになった。ついさっきうっかり転んだだけなのに、今はもう転ぶ前とはぜんぜん違う世界にいるみたいだった。  ぼくが転がっている場所は、ちょうどみんなが走るトラックの上だった。すぐそばをだれかが走りすぎていくたびにかかる土か砂に、ぼくはだんだん埋もれていった。  なにもかも嫌になったぼくの足を、だれかの足が踏んだ。ぐんにゃりとした感触がするだけで、なぜだか痛くなかった。  僕の手を、腕を、頭を、背中を、全部を踏んで、みんなは走り続けた。踏まれているうちにペタンコになったぼくの上を、みんなみんな、通り過ぎていった。    ぼくはペタンコになって、校庭の土と砂とおんなじになって、やっぱりなにもかもが嫌だった。 ************ 最後までお読み頂きありがとうございました(*^^*) 〈羽が生えるのまだ待っている〉 自由律俳句+エッセイ/コラムの自主連載 毎月第1・第3水曜日更新中 Twitter:https://twitter.com/onogi_noa

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