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自由律俳句 「空耳がまだ聞こえている」 ************  「天地無用」のシールがベタベタと貼られた観葉植物が、横倒しになって視界の端を流れていった。  巨大な物流倉庫を埋め尽くすベルトコンベアは、複雑に組まれたジェットコースターのレールのようだ。分岐や上昇下降を繰り返し、あるものはカーブの先へ、またあるものは上階へ続く仕切りの先へ消えていく。どのベルトがどこへ続いているのかは分からないが、把握する必要もない。  私がすべきことはただ一つ。カートで運ばれてきた荷物を目の前を流れるベルトに置き続けること、それだけだ。  深夜に働くのは初めてだった。  男ばかりの作業員の中で、若い女である私は異分子だった。好奇の視線を感じることはあったが、遠巻きにされることは好都合だった。たまに馴れ馴れしく話しかけてくる者もいたが、返事をすることはほとんどなかった。私は人間にうんざりしていた。   ◇  時刻は午前二時。  化粧品サンプルらしき大量の小箱をベルトコンベアに乗せ続けている時、ふいに音楽が聞こえた。ラジオから流れているような音質の音楽と、コーラスが聞こえる。  音の出所を探して周囲を見回したが、それらしき機器は見当たらない。作業を続けながら耳を澄ませ、音楽に意識を集中し、見つけた。  それは、2本のベルトコンベアが合流している切り替えポイントから出ている音だった。  気が付いてからも、私には音楽にしか聞こえなかった。それもコーラスつきだ。  振り払おうとしても、一度意識してしまった音は耳にこびり付いたようになって離れない。頭がぼうっとして、身体全体が浮遊感に包まれる。  不快な感覚に支配されたまま化粧品サンプルを流し終え、次のカートを取りに搬入口へ向かう。 「女の子用に軽いの集めといたよ」  にっと笑う作業員に前歯がない。黙礼し、カートを押してベルトコンベアの前に戻る。   相変わらず音楽のように聞こえる音を聞いているうちに、数年前に観た映画を思い出した。主人公の空想シーンで、辛い工場の夜勤風景がミュージカルシーンになる場面だ。詳細は覚えていないが、このうえなく陰鬱なストーリーに空想としてミュージカルシーンが織り込まれているのが印象的だった。  そのまんまじゃないか、と思った。  音楽が聞こえるだけで、私が歌っているわけでも周りのおっさん達が踊り狂ってるわけでもないが。  先刻の前歯のない作業員が急に踊り出すところを想像して、ちょっと可笑しくなる。直後に怒号が響いてきて、私は笑いを引っ込める。  深夜の倉庫では、怒鳴り合いは日常茶飯事だ。殴り合いも珍しくない。    怒号が収まると、また音楽が聞こえる。  そのまんまじゃないか、と再び思う。思ったことで、そうか私は辛いのか、と思う。    割れ物注意の箱は投げられ、下積厳禁が山積みにされ、天地無用はひっくり返っている。これが深夜の物流倉庫の日常だ。  注意喚起シールの貼られていない小箱を両手に抱えて、投げてみようか、と考える。考えるだけで本当に投げたりはしない。投げられない自分のことを鬱陶しく思う。  等間隔に配置された搬入口から、白み始めた空が見えた。  音楽はもう聞こえない。 ************ 最後までお読み頂きありがとうございました! 〈羽が生えるのまだ待っている〉 小野木のあ(おのぎのあ) 自由律俳句+エッセイ/コラムの自主連載 毎月第1・第3水曜日更新中 Twitter:https://twitter.com/onogi_noa

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