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自由律俳句 「羽が生えるのまだ待っている」 ************ 風の強い日が好きだ。 台風の暴風域に入った瞬間や、春の嵐、オフィス街のビル風。立っているのもままならないような強風にもみくちゃにされる瞬間、私はどうしようもなくワクワクしてしまう。 そして思うのだ。 今なら、飛べるかもしれないーー ◇ 昔から、空想癖のある子どもだった。 頭の中にある自分だけの世界に入りこみ、一人で「お話」を作り続ける子どもだった、らしい。はっきりとは覚えていないけれど、その通りだったのだろうと思う。何故なら、その子どもは今も私の中にいるからだ。 字を覚え本を読むようになると、幼い私は物語に夢中になった。小学校では、図書室にある本を(もちろん読めそうな本を選んで)片っ端から読んだ。埋没型の私は物語に入り込み、主人公に起こる事すべてを一緒に体験した。 魔法の国に行き、魔女になり、妖精になり、竜に乗って空を飛んだ。美術館に寝泊まりし、風変わりな隣人と遊び、ドレスを翻して馬を走らせ、殺人事件を追った。何度も孤児になり、無人島に流れ着き、宝物を盗み出した。 私にとって、本の中の世界は日常の世界と変わらない存在だった。魔法も妖精も殺人事件も学校も、同じように存在していた。 それらはすべて、私にとって「世界のどこかにあるもの」だった。 「だった」と書いたけれど、本当は今もまだ「あるもの」のままだ。それは「あなたの心の中にあります」などということではなくて、「実際にどこかに存在している」という意味での「あるもの」なのだ。 自分がどこかずれているのは分かっている。いじめという名の洗礼を受け、他者の目に映る自分、というものを意識するようにもなった。今はもう、思ったことをそのまま口に出そうだなんて思わない。外に向けた言動には気を付けるようになったし、「黙っていること」はずいぶん上達した。 それでも、言葉にしなくなっただけで本当の私は子どもの頃から何も変わっていない。風の強い日に、不謹慎だと分かっていてもどうしようもなく歓喜に疼く感情があるのと同じように、私には魔法(その他、架空の存在とされているもの)を信じる心がある。 それを隠すことに失敗することもあるけれど、そんな時は (しょうがないじゃん、あるんだから。ほっといてよ。) と、思うことにしている。 ◇ その日は、春の嵐が吹き荒れていた。息ができないほどの強風に街路樹は幹から斜めになびいていた。ごうごうと吹く風の音の他にはなにも聞こえなかった、 仕事からの帰り道、最寄り駅の吹きさらしのホームをなんとかよろけずに歩きながら、私はこみ上げる笑いを必死でかみ殺していた。自分の意志とは無関係に湧き上がってくる、ワクワクした気持ちとなにか特別なことが起こるかもしれないという期待で胸がいっぱいになっていた。 改札を抜けて駅舎を出る階段を下りて行くと、最後の数段で一際強い風が吹いた。考えるよりも先に身体が動いて、気がつくと私は思い切り風に飛び込んでいた。 落ちながら強風に煽られた身体が少し、ほんの少しだけ空中に留まった。すぐに着地して何食わぬ顔で歩きだしながら、頭の中は空中で風に押し戻される感覚でいっぱいになっていた。 (ほんの一瞬だったけど、わたし、いま、飛んだ!) 嬉しくて踊り出したくなった私は歩調を速めた。じっとしていたら、喜びのあまり身体がはち切れてしまいそうだった。とうとう我慢できなくなり、嵐の中を走り出した。風に向かって全速力で走れば、もう一度身体が宙に浮く感覚を味わえるかもしれない。そんなことを考えながら走った。向かい風に足はもつれ、息は上がり、それでも走るのをやめなかった。楽しい、と思った。飛べるかもしれないと思っただけで、こんなにも楽しくなれるのだ、私は。 もしかしたら、風に乗って飛べる日がくるかもしれない。魔法の箒が見つかるかもしれないし、肩甲骨が翼に変わるかもしれない。私がまだ見つけられないだけで、それらはきっとどこかに存在しているに違いない。根拠なんてなくても信じられる。だって、私は初めから信じていたのだから。 私はきっとこれからも、嵐の日にはこっそり飛ぶ練習をするのだろう。いつか羽が生えるその日まで。 (おわり) ************ ・あとがきとごあいさつ・ ここまで読んでいただきありがとうございます。 小野木のあ(おのぎ・のあ)と申します。 以前からやってみたいと思っていた「自由律俳句+エッセイ/コラム」の連載を、新年度のスタートに合わせて始めてみることにしました。 今回は思いがけず妄想文(?)になってしまいましたが、「自由律俳句+短い文章」の組み合わせで毎月第一・第三水曜日に更新していく予定です。 初めての挑戦なので模索しながらの投稿になると思いますが、楽しんでいただけるような文章を、自分も楽しみながらお届けできるよう精進します。どうぞよろしくお願いいたします。 最後までお付き合い頂きありがとうございました!

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