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自由律俳句 「沈むための小舟を選ぶ」 **********  暗闇に、波の音が微かに響いている。靄がかった暗闇である。  ぬかるみの中を、波音のするほうへ歩いていく。湿地の中のような、泥の感触がする。  足首まで泥に埋まりながらノロノロ進んで行くと、眼前に桟橋が現れる。ロープで繋がれた小舟が並んで沈黙しているのが見える。  手漕ぎボートのようなものから小ぶりな漁船のようなものまで、船の種類は様々だ。    この中から、自分の乗る船を選ばなくてはならない。  一番古く小さい、真っ先に沈みそうな舟を選んで乗り込む。泥まみれの両足に感覚はなくなっている。  周囲は相も変わらず靄がかった闇である。湖なのか海なのか分からない、大きな水たまりの上にいるような感覚だ。風が吹き、小舟は流されていく。  目的地は無く、操縦する気は端から無い。小さな舟の上で膝を抱えてぼんやり暗がりを眺める。暑くも寒くもない。ときおり強い風が吹き、そのたび小舟の縁を握りしめてバランスを取る。    舟底に水が溜まりはじめていることに気がつく。両手で掬って排水作業をする。頭も心も空っぽで、身体だけが黙々と動く。  嵐がきた。小舟は波のうねりに飲み込まれ、何度も水を被る。舟底に腹ばいになり、必死にしがみつく。このまま沈んでしまうのかもしれない、と思う。そうなるべきなのだ、とも思う。渾身の力で小舟にしがみついたまま思う。  嵐が通り過ぎた。しかし空は明るくならない。  空。この水たまりの上に、空など存在するのだろうか。あったとしても、どこからが空なのか分からない。見えるのは靄でぼやけた暗闇だけだ。    浸水量が増している。先ほどの嵐で損傷したのだろう、舟底に隙間が出来ている。手で掬いとるのでは追いつかない。少しずつ沈みながら、それでも両手を動かし続ける。  コツン、と音がして、流れてきた木片に気がつく。拾い上げて隙間にねじ込んで塞ぐ。排水が追いついてくる。  またコツンと音がする。周囲の水面に目を凝らすと、大量の木片が波に揺られているのが見える。    誰かの舟の死骸だ。  嵐に負けたのだろうか。バラバラになった舟の欠片は静かに浮いている。  排水の手が止まる。真っ先に沈むために、いっとう古い、小さい舟を選んだはずの私の両手は、今の今まで無心に動いていた。沈まないために動いていた。  手を止めればじわじわと浸水が進む。膝を抱えた私は少しずつ沈んでいく。視界は暗く、ぼやけている。  ときおり強い風が吹く。 ********* 最後までお読み頂きありがとうございました(^^) 〈羽が生えるのまだ待っている〉 小野木のあ(おのぎのあ) 自由律俳句+エッセイ/コラムの自主連載 毎月第1・第3水曜日更新中 Twitter:https://twitter.com/onogi_noa

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