コーヒーの香りが、ダイニングを満たす。朝食は、自由が丘のお気に入りのベーカリーのクロワッサンとコーヒーと決めている。 テーブルの上には、やわらかな朝の光が差している。JBLのステレオでFMの音楽番組を聴くのも、毎朝の習慣だ。売り上げランキングのコーナーでは、僕が作詞を担当した女性シンガーの楽曲が第五位にランクインしていた。予想していた以上の高順位に、思わず頬が緩む。 「現代の東京の街を舞台にしたオペラ」というアイディアが浮かんでからは、スムーズだった。いつもの調子で歌詞を書き終え、仕上がりも、個人的にもとても満足のいくものとなった。結局、午前二時頃には、ディレクターにメールで歌詞のファイルを送ることが出来た。だから、今こうして、すっきりとした気分で朝食を食べられているというわけだ。 徹夜も覚悟したものの、起死回生のアイディアが浮かんだおかげで、朝まで眠れた。しかし、アイディアが浮かぶまで苦戦したせいか、まだすこし疲れが残っている。今日は久しぶりに、丸一日オフにして、ゆっくり過ごすとしようか。 そんなことを考えていると、携帯の着信音が鳴った。携帯の画面を見ると、そこにはディレクターの名前が表示されていた。 「お疲れさまです。今、お話しできますか?」 「お疲れさまです。はい、大丈夫ですよー」 「歌詞をお送りいただき、ありがとうございます。さっそくメンバーに送って、見てもらったのですが、とても気に入ってくれたようです!」 「おお、よかったです。ホッとしました」 「難しいオーダーで、スケジュールもとてもタイトだったかと思いますが、今回も素晴らしい歌詞を上げていただき、ありがとうございます。さすが、五十嵐さんという感じです」 「ありがとうございます。今回は、ちょっと苦戦しましたね」 「それで……」 「はい」 「実は、レコーディングの日程が変更になりまして」 「えっ」 「ご相談なのですが、メンバーが歌詞を見たところ、エイティーズ風のアレンジでいきたいと言い出しまして、今のテイストは残したまま、エイティーズ風のニュアンスを入れることは、可能でしょうか?」 「夜明け」は、まだ遠そうだ。 遠ざかるような夜明けを追いかけた静かな夜のはずだったのに
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