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 音楽レーベルからクルマで家に向かいながら、困ったことになったなと、僕は考えていた。  僕は、来た仕事は断らない主義だ。今回の仕事も、引き受けてはみたものの、実は、僕はオペラについての知識はまったく持っていない。作詞家をしているくらいなので、音楽は大好きだ。ロック、ジャズ、テクノ……と、なんでも聴くし、国内のポップスのトレンドにも常に目を配っている。だけど、オペラは盲点だった。「オペラ座の怪人」? あれは、ミュージカルか。しかも、締め切りは明日だという。ちょっと、無理がある。  家に着くと、すぐに机へと向かい、パソコンでディレクターからメールで送られたオンラインストレージのリンクをクリックして、今回の楽曲のデモソングの音源をチェックする。そこで、僕はまた頭を抱えてしまった。  ヘッドホンから流れてきた曲は、オペラと聞いてイメージするものとは程遠い、今風のバラードだったのだ。いったい、これにどのようにしてオペラ風の歌詞を付けろというのだ。  だが、そんなことを考えていたって、何も進まない。まずは、オペラのイメージを掴もう。そういえば、友だちのユカが舞台が好きだと言っていたことを思い出した。何かヒントをくれるかもしれない。さっそく、ユカに電話をかけてみることにする。 「もしもし。今、大丈夫?」 「大丈夫だよー」 「舞台、好きだったよね?」 「うん、好き」 「オペラって、観たりする?」 「あー、私が観るのは小劇団とかそっちのほうだから、オペラはあまり観ないなー。何度か観に行ったことはあるけど」 「そっか……オペラって、どんな感じかな?」 「オペラかー。ミュージカルに似てるんだけど、オペラのほうが歌が多い感じかな」 「なるほどー」 「あと、ミュージカルはロックとかも使われていて、今っぽい感じだけど、オペラはクラシックが使われているのしか観たことないなー。たぶん、ほかのもそんな感じなんじゃないかな」 「ほかには?」 「オペラは、どちらかといえば、バッドエンドの作品のほうが多い気がする」 「なるほどー。ありがとう! 勉強になったよ」 「急に、どうしたの?」 「いや、ちょっとね。ありがとう! また、ご飯でも行こうよ」 「うん。またねー」  オペラのイメージが、すこしだけ掴めてきた気がする。ユカに電話をかけてみて、よかった。  それから、自分でも劇場のアカウントがユーチューブにアップしているオペラの動画を観たりしてみたけれど、ユカが話していたとおり、クラシックが使われていて、「椿姫」などの悲しいストーリーのものが多いようだ。  でも、これを現代的なバラードと、どう結びつければいいのだろう。こうしているあいだにも、締め切りは迫ってくる。  これは、作詞家としてのキャリアの危機かもしれない。

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