クロネコノダンザイ
<第十一話>

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 とりあえず、アカのアホを植木鉢から引っ張り出すだけで随分手間と時間がかかってしまった。案内を頼んでいる身であるため贅沢は言えないのだが、こいつはもう少し自分の身幅というものを考えて欲しいと思う俺だ。  基本的に、猫は犬よりも通路や場所の“幅”や“広さ”というものに敏感である。いくつか理由があるが、最大のところは犬よりもずっと髭が敏感でレーダーの役目をしているからというのが大きい。  例えば、狭い通路があったとして。猫は頭を突っ込む前に、髭が触れた時点で広さを瞬時に推測し、入れないと判断したらそこで諦めて引き返すということができる。たまに狭い場所に落ちて出られなくなっている猫というのがいるが、あれは自分からGOしてそうなったのではなく、高い場所などから落ちて意図せず突っ込んでしまった場合が殆どだ。猫が、自分から通り抜けられないような通路に猪突猛進して出られなくなるケースというのはそんなにないのである。  ちなみに、犬はこの限りではない。通路の奥に餌があるとして、それを見かけたら身幅を考えず餌の方にまで身体を突っ込んでしまい、途中で身体が引っかかって身動き取れなくなり途方に暮れるのは大概犬だ。というか、オーズが似たようなアホをしているのを見かけたこともある。あれは本気で困っていたので、笑っていいものかどうかこっちも反応に悩んでしまったのだが。 「……アカ。お前本当に猫か?猫なのか?なんで自分の身幅測り損ねてんだよ」 「うるせえ!誰がデブだ誰が!!」 「言ってねえ!デカいっつってんだよそれは自覚しろやゴラァ!」  ああ、言わないでおこうと思ったのに。あまりにもアカが反省した様子がないものだから、結局指摘してしまった。 「……アカさんって、思ったより……」 「し!モチ、余計な事言うんじゃねえぞ!!」  後ろでひそひそとモチとアザミが喋っているのが聞こえるが、とりあえず何も聞かなかったことにしようと思う俺である。  本当に猫が植木鉢にハマって動けなくなるとか、本当にそんな馬鹿なことがあろうとは思わなかった。コイツの前世はきっと犬だったんだろう、と俺は結論づけることにする。 「とりあえずさあ、四丁目三番地ってだけでどんだけ広いんだよってツッコんでいいか?普通三番地つったら、一区画だけだよな?郵便屋が滅茶苦茶困るパターンじゃねえか」  入り組んだ路地を曲がって、やっと次の容疑者の家の前に辿り着く。俺がうんざりしながら言うと、それな、とアカも苦い声で呻いた。 「そもそも四丁目自体が広いんだよなあ。……人間が話してたのを聞くに、望月町って複数の小さな町が合併して出来たらしいんだよな。でもって、その時区画整理されたんだけど、なんかうまくいかなかったというか、失敗したというか」 「何だそりゃ」 「俺様も知らねえよ、詳しいことは人間に聞け人間に。ただそのおかげで俺様がこの近隣の猫をまとめるのにも結構苦労させられたんだ。ここらへん前に仕切ってた野郎が、妙に番地とかそういうのに拘って縄張りを敷きたがる奴でさあ。お前は人間か、って思ったもんだ」 「はあ……」  二人目の容疑者と言われた人物の家は、四階建ての灰色のマンションだった。四階建てなので、タテよりも横に長く、なんだかひらべったい印象である。 「二人目の大学生ってのが、女なんだけどな。そこの一階に住んでるんだよ。一番チビスケを蹴っ飛ばしてた嫌な奴が実はそいつ。派手で喚く声がキーキーしてっから、俺は勝手にキーキー女って呼んでる。表札によれば、“中園”って家の女らしいな」  マンションの一回目は、冊と生垣で庭と道が区切られている。そうそう新しいマンションではないのだろう。鉄の冊はあちこちが錆びていた。自分達ならば、その冊の下をくぐり抜けるのも、生垣を潜るのもさほど難しいことではない。まあ、アカみたいなデブっちょは冊を上から越す以外に選択肢はないだろうが、ミッキーだったなら余裕で下を潜れただろう。 「……確かに生垣で、道路からは見えないんだろうけどよ。だからって、一階でカーテンフルオープンってのはどうなんだよ」  俺は思わずツッコミを入れてしまった。どうやら、住人らしき女は今はいないらしい。生垣を超えると、冷たい土の庭と縁側が見える。白カーテンも開け放ったままの大窓から、中が覗き放題になっていた。が、女もいないが檻に入れられているという猫の姿もない。まあ、これも、今日いないからといってたまたま移動させられているだけという可能性はぬぐい去れないのだが。 「中が丸見えだねえ。此処住んでるのは女なんだろ?部屋の中汚いし、しかもなんか焦げ臭い臭いがして鼻が麻痺ししそうなんだけど。う、何だいこの臭いは」  アザミが鼻をヒクつかせて言った。遺体を焼いた痕か?と俺は思ったが。その原因はすぐに発覚することになる。  芝生もない、冷たい土のあちこちに、煙草の吸殻が散乱していたからだ。 「ここに住んでるキーキー女は、かなりトラブルメーカーっぽいんだよなあ」  はあ、とため息をつくアカ。 「近隣住民と喧嘩しているところ、しょっちゅう見かけるぜ。本人がガラ悪いのもあるんだけど、本人が連れ込んでくる男ってのもチンピラみたいな奴でな。毎回とっかえひっかえってわけじゃないし一緒に住んでるわけじゃないみてーなんだが……とにかく迷惑なんだよ。大音量で昼も夜もなく音楽鳴らしまくったりとか、あとギシギシアンアンをご近所に平気で聞かせたりするとかなんとか……」 「ぎしぎし?」 「あんあん?」 「ってなんだそりゃ」 「……意味がわかんねーならそのまんま純粋でいてくれな、うん。俺様が悪かった」  なんだろう、俺とモチとアザミが三連ちゃんで小首をかしげてみせると、非常に微妙な顔になってアカに謝られてしまった。自分達はそんな非常識なことを聞いてしまったのだろうか?もしくは知らないのがおかしいようなことだったのか?後でベティやイリスあたりに聞いてみようかと思う俺である。 「と、とにかく。音も酷いが……この一階の庭先で煙草を吸いまくるんだとよ。その臭いや煙がやべーんだと。一階の隣の家なんて生垣と冊で囲われてるだけだから普通に煙が来ちまうし、それですぐトラブルになるらしい。煙草って奴は臭いもするが、その煙で洗濯物が汚れたりするらしいからなあ」  そういうものなのか、と俺は煙草の吸殻をつんつんしながら思う。そういれば、廉も結構な嫌煙家だったなと思い出す。上司が煙草臭いし、飲み会に行くと同僚が何の断りもなくとなりで吸い出すからヤダ!と嘆いていたのを思い出す。煙草というのは、好きな人間にとっては非常に有難いものであるようだが、嫌いな人間にとっては耐え難い物体でもあるらしかった。  しかし、こんだけ煙草の吸殻だらけとなると、その匂いのせいで他の匂いがみんなかき消されてしまって辛いものがある。これでは、遺体が埋まっていようと焼いた痕跡があろうと匂いで判別をつけることは難しいだろう。 「……とりあえず、キーキー女が帰ってくると面倒なことになりそうだな。その前にもう一件の容疑者の家に行くとするか。アカ、モチ、アザミ、行くぞ」 「おう、そうだな」  家の状況は見た。残るは、あと一件。どうにか四匹で生垣を通り抜け、冊を超えて再び道に戻ることに成功する。幸いこの裏手の道は、戸建の家の裏手に面している。自分達がちょろちょとしていてもさほど目につかない場所だ。 「最後の一件は、すぐそこの道を左に折れたところなんだが」  と、そこでピタリと足を止めてアカが告げる。 「お前ら、お化けとか苦手だったりするか?」  お化け――幽霊。それを聞いた瞬間、俺とアザミは揃ってモチを振り返っていた。 「おお、おおおおおおおお、お、ばけ!?な、そ、そんなものイルワケナインダシ!!」  なんという、テンプレ通りのわかりやすい反応をしてくれるんだろうか。真っ白な毛をぶわわわ!と逆立てて、しっぽをタワシのようにしてずささささ、と後ずさるモチである。いや、怖いのはわかったから、そんな人間の赤ん坊みたいな声でニャンニャン鳴くのはやめてくれないだろうか。人間が怒鳴り込んできたらどうするのか。というか、発情期みたいな声はさすがにドン引くというものである。 「……お、おう。さすがにそこまで面白い反応してくれるとは思わなかったぜ」  そして、話を振ったアカでさえ呆れたように引いている有様だ。猫なのにお化けが苦手、というのは確かに珍しいといえば珍しい。というか、ここまでお化けを信じて(怖がるということは、信じているということなのだから)ガチビビリする猫なんてモチくらいのものではないだろうか。 「大丈夫かよ、お前。いや、大したもんではねーけどさあ」  ちょっと引きつったような顔で笑って、アカは結論を口にした。 「最後の容疑者の家ってのが、墓場のとなりなんだよなあ。……お前、一緒に来ても大丈夫か?」

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