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 もしや、事件の中心地はこの三丁目ではなく、四丁目であったということなのだろうか?俺は前足に顎を乗せてじっくりと頭を回すことにする。治安や、町の雰囲気いかんによって、同じ事件が起きても発覚が遅いことはそうそう珍しいことではない。そもそも今回だって、犯人がミッキーの遺体を空き地にしっかり埋めてしまっていた場合、遺体はいつまでも発見されず事件が事件にならなかった可能性は充分にあるのだ。 ――ん?  ここで、俺はずっと頭の隅に引っかかっていたものの正体に気がついた。犯人が自転車に乗って逃げていくところを、ベティとイリスの二匹が目撃している。目撃そのものは偶然であったのかもしれない。しかし、では何故犯人はミッキーを埋めることもせずに慌てて逃げていったのか?埋めて隠してさえしまえば、事件が露呈する可能性は相当低かったはずである。確かに自分達猫はいなくなったミッキーに違和感は覚えるし、いつか遺体を掘り起こしてしまった可能性はあるが――明らかに人間に殺害されたと分かる遺体が早急に発見されない限り、人間の警察が動くことはそうそうないのではないだろうか。  人間が行方不明になったのなら、家出の可能性はあってもそれなりにきちんと調べるのが警察というものだ。でも、猫は違う。ましてや、いなくなったのが野良猫であった場合、いなくなったことさえも気づかないことが大半だろう。なんせ、探そうとする飼い主もいないのだ。野良猫が今どれだけいて、誰が生きていて死んでいるか、保健所だってどこまで把握しているか怪しい。なんせ、野良犬は可能な限り早く捕獲に走るものの、野良猫は狂犬病を持たないせいか犬より危なくないと思われているせいなのか、うろうろしていても犬ほど積極的に捕まえられることがないのが今の実情であるからだ。  まあようするに。犯人がもし四丁目で事件を繰り返していたのに発覚していないのなら、それは丁寧に燃やすか埋めるかして事件を隠蔽してきた可能性が高い。にも関わらず、今まで起きた三件の事件はその隠蔽に失敗し、警察が捜査するレベルにまで及んでいる。埋められなかった理由があるのだろうか。一番単純に考えるのなら、埋める暇がなかったというのが自然なところだが。 ――これは、前二件の事件の場所と被害者をしっかり調べてみねえことにはどうにもならねーな。  とりあえず、俺はそう結論を出すことにする。前二件の事件のうち、片方はこれから行く四丁目で起きた事件だ。アカがそのへんのことも詳しく把握していれば話が早いのだが。 「……前に他の町であったことだけどな。とある人間が野良猫を害獣だと決め付けて、毒入りの餌を撒いたらしい。で、野良猫を大量に殺しやがったんだ。どっかの町の商店街のことだ」  すると何が起きたと思う?とオーズ。 「商店街に、天敵がいなくなってこれ幸いとなったのか、ネズミが大量発生してな。人間どもが多いに困る結果になったんだとよ。まさかのまさかだ。俺らも時には、人間の役に立ってる時があるってなわけだ」 「いや、普通に俺ら役に立ってんじゃねえか。俺がちょっとゴロゴロ喉を鳴らしながら近づいてやると、ウチのゴシュジンカッコカリはものすげぇだらしねー顔で鼻の下伸ばしてくんぞ。でもって超絶キモい赤ちゃん言葉を発してきてウゼェ状態になる」 「あー……それめっちゃわかるわー……」 「時々心配になるほど人間って俺らに弱いんだし。そりゃ俺ら猫ってば超絶キュートな集団だってわかってっけどー」  犬一匹と猫三匹、いろいろ思い出して遠い目になる。それぞれ飼い猫と飼い犬、半飼い猫二匹の集団だ。人間のアホさはいろいろ間近で見てきているのである。オーズの飼い主で、アザミとモチの居候を許しているバアさんも、時折そんな情けないデレデレ顔を見せることがあるのかもしれない。  というか、オーズのような超絶イカつい大型犬のことも“ものすごく可愛くてステキ!”と頬ずりしてくる人間がいるのだ。どうにも人間という存在の眼は、犬猫だけ素晴らしく可愛く見えてしまうフィルターが備わっている奴が多すぎるような気がする。  まあ、だからこそ。猫を殺して回る奴の異常性も見えて、ぞっとしてしまうのだけれど。 「ようするにだ。その“ネズミ大量発生”が起きてることイコール、猫が大量に死んでる可能性があるってなわけだよな、四丁目で」  話がうっかり逸れに逸れてしまったので、俺は律儀に軌道修正に走る。うん、自分で言うのもなんだがさすがボス、優秀だ。まあ話を逸らしたのも俺だというのは棚上げしておくことにしよう。 「二件目の事件は実際、四丁目で起きてるわけだしな。やっぱりアカに話を聞く必要はあるってなわけだ」 「だろうな。……それとクロコ。お前が俺に話を聞きたがったのは、ミッキーの足取りを知りたかったってのが最大の理由だろ?昨日だが、ミッキーは俺にきちんと挨拶していったぜ、間違いない」  オーズはちょんちょんと前足で門の方を指差した。 「俺はこの通り繋がれちまってるから、ご主人が外に出してくれねぇ限りこの庭からは出られねえ。まあ出られたところで最近足腰も弱ってきたから、そうそう遠くにはいけねえんだけどな。挨拶の時はいつも、ミッキーの方から庭の中に入ってきてくれんだよ。俺も話し相手がいるのは嬉しいから、ちょっとエサをおすそ分けしてやってな。まあ、二十分くらいは話し込んでたと思うぜ」  お前ここでもちゃっかりエサ貰ってんのか、と思う俺である。オーズの食べ物というのは、普通に考えてイングリッシュブルドック用のドッグフードであるはずなのだが――猫のあいつの口にも合うものなのだろうか?まあ最近のドッグフードやキャットフードは味も種類も豊富で、特に高級なものは涎が止まらなくなるほど美味しいという話も聞いたことがあるけれど。なんでも、場合によっては人間が食べても美味しい場合さえあるらしい。  なお、俺のゴシュジンカッコ以下略は貧乏人である。新入社員一年目の廉に、大した金などあろうはずもない。キャットフードもそのへんで安売りしているカリカリの安いヤツだ。まあそれもマズイわけではないのだけれど、時々格差を思い知ってムカつくのも仕方のない話であるわけで。 「お前、バアさんの井戸端会議は馬鹿にするくせに、随分自分も長話だしー?ていうか、俺らもこの家に居候して話し相手になってやってんのに、なんでミッキーばっかりそんな歓迎するんだし!!」  プンスコするモチ。頬を膨らませて怒ると、真っ白なせいで余計モチに見えるぞ、とは心の中だけで。あと、さっきからパシパシ振っているシッポがアザミに当たって、アザミの機嫌が地味に下降していることにも早いところ気づいて欲しいものである。ぶっちゃけ怖い。 「そりゃお前ら散歩ばっかり行って、飯の時間しかこの家に戻って来ないじゃねーか。あとお前らの話面白くねぇし。ミッキーほど活動範囲広くないから、話に新鮮味がねぇんだよ」 「えええ……」 「おい、そんなことはどうでもいいんだ。昨日のミッキーだ、何か変わったことを話してなかったか?」  まだ不満そうなモチが、ついに堪忍袋の尾が切れたアザミの猫パンチの犠牲になったのを華麗に無視して、俺はオーズに問いかける。  ミッキーの散歩コースそのものは決まったものであったはず。しかし、そのコースにも最近は変化があったはずなのだ。 『お前今日も四丁目行くのか。よく無事で済むな。あっちのボスに見つかると面倒だぞ』 『大丈夫、見つからないんで!』  昨日、ミッキーと交わしたばかりの会話を忘れたわけではないのだ。彼はここ最近四丁目の方向にばかり行っていた。それも、アカの目を盗んで(もしくはアカが気づいていたのに黙認していた可能性もあるが)、危険を承知で冒険に行くほどである。  その理由を、ミッキーはこう話していた。 『んーっと……まあ、その。ちょっと気になる家があって。そこんちの猫と、いつもガラス越しに話してるんスよね。そいつ、檻に入れられててなかなか出して貰えないみたいで、話し相手がいなくて寂しそうだから』  どうやら、どこかの家の猫と話をしに行っていたらしい。そこが、ここ何日かのミッキーの目的地であったことは間違いない。  それについて、オーズは何か聞いていないだろうか。俺が尋ねると、彼は困惑したように首を振った。 「悪ぃが、俺も詳しいことは。つか、ミッキーはそういう場所に毎日向かってたらしいってのも、今初めて聞いたことだからなあ」 「そうか……」 「ただあいつの様子が少しおかしいと感じたのは事実だ。ちょいと妙な事を言ってたのを覚えてんだよな」 「妙なこと?」 「そうだ」  オーズいわく、ミッキーはどこか、思い悩んでいる様子だったのだという。いつものように明るく話しかけてくれたが、それが空回りしているような印象を受けたのだそうだ。何か悩み事でもあるのかとオーズが尋ねたところ、ミッキーはこう言ってきたのだという。 『俺、人間のことは嫌いじゃなかったんッスよね。そりゃ、怖い奴も無理やり触ってくるウザい奴もちょいちょいいるし、人間に猫が殺されることもあるって話は聞いたけど。人間に飼われて幸せそうにしている奴もいるのは知ってるし、俺達は持ちつ持たれつというか……一緒に生活して、共存して生きていくのが当たり前の存在なのかなとか。好きとか嫌いで図れる存在じゃないのかなって、ずっとそう思ってたんスよ。共に存在するのが当たり前なら、できる限り人間のことを好きでいたいな、とも』  でも、と。ミッキーはどこか寂しそうな笑みを浮かべて、告げたのだそうだ。 『俺、最近ちょっと困ってるッス。……人間のこと、嫌いになりそうで。そりゃ、人間には人間の事情があるんだろうさ。俺ら猫には猫の事情があるように。でも、この町に、国に、野良猫がこんなに増えたのだって元々は人間が猫を捨てたからなんじゃねえのかな。……それを忘れてさ。害獣呼ばわりされて殺されるってのは、ちょっと納得いかない話だっつーか。……なんだろうね、知りたくなかったことを、最近ちょっと知っちゃった気がして』  ゆらゆらと尻尾を揺らしながら告げる彼は、いつになく言葉を選んでいる様子だったのだという。そして。 『でも。知ったことは後悔してないッスよ。……知ったからこそ、こんな俺にも出来ることはあるんスから』 「俺は、あいつが何の話をしているのかはサッパリわからなかったんだ。ただな」  オーズは大きく息を吐いて、静かに言葉を締めくくったのだった。 「何か、覚悟を決めてる。それだけは、この老いぼれにもよーく分かったんだよなぁ」

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