作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

 ガミガミババアはちょっとした物音にも過剰に反応して騒ぎだす面倒なヤツなのだが。こういう時には非常に便利な存在であるのかもしれないと思う。  ババアが怒鳴ってもまるで大騒ぎをやめない猫達にキレて、彼女が布団タタキを片手に飛び出してくるまで二分。彼女が現れるやいなや、それ逃げろ!とばかりに自分達が蜘蛛の子を散らすまで十秒足らず。思惑通り彼女はミッキーの遺体に気づいて仰天し、警察に通報してくれたらしかった。  人間が調査結果を出してくれるまで少しばかり時間がある。俺は仲間内をいくつかの班に分けると、早速行動を開始した。ミッキーがいつ、誰に殺されたのかを知るためには。まず昨日のミッキーの行動を俺達が把握する必要があるだろう。  なんせ、俺が最後に生きているヤツを目撃したのは、昨日の朝のパトロールまでなのである。その後いつまでミッキーが生きていて、どこで人間に捕まったのかなどはまるで情報がないと言っていい。 「俺達猫には、縄張りと決めている範囲があり、それとは別に生活範囲ってやつもある。縄張りじゃない場所も俺達は行くし歩き回る。特にオスはその行動範囲が非常に広い」 「あたしらメスは、縄張りよりちょっと広い場所まで歩けりゃ満足だからね。冒険するより安全にメシを食う方が大事だ。いつか子供を作った時、狭い範囲でメシにありつけないと苦労しちまうからなぁ」 「え、アザミ姉さん結婚する予定があ……な、なんでもないし!!」  いつも一言多いモチはあっさりアザミの地雷を踏み抜き、彼女に射殺さんばかりに睨まれてそそくさと退散していった。弟だというのに未だに姉の不機嫌ポイントがわかっていないあたり、こいつも馬鹿である。――アザミもまだ子供を産んだことがないが、それは彼女の理想が東京タワーよりも富士山よりも高いせいだとかなんとか。とにかく負けん気が強くてオス達が逃げていくのである。彼女自身、自分より弱いオスと番になるなんざごめんだね!と堂々言い放っている。こんな有り様では、本当にお望みの相手と結婚できるのはいつになることやらだ。  モチ、アザミの二人と俺が向かっているのは四丁目の方向である。住宅街を南下し、望月川の方へと歩いていくルートだ。川を渡った向こう側が、アカの縄張りになっている。 「俺はいつも、ミッキーが朝のパトロールをした後でどんな道を通ってるのか知らねーんだよな。お前らは、ミッキーともそれなりに仲良しだったよな?」  俺が尋ねると、まあね、とアザミが頷いた。 「あいつの行動パターンは結構決まってたからねえ。あんたのアパートの前で別れた後は、この道を真っ直ぐ言って、そこの空き地の看板で爪研ぎするのが習慣だったはずだ」  そこの、とアザミが指したのは、自分達が集会に使っているよりもずっと狭くて草がボーボーに生えた空き地だった。錆び付いた“買い手探してます!”とかなんとか書かれた看板も随分無惨なことになっている。それなりに頑丈に作られていたのだろうに、猫の爪痕が縦横無尽に走り、軽くホラーな有り様と化しているのだ。  俺はくんくんとその看板に鼻を近づけた。臭いにも爪痕にも、その猫の特徴が強く出る。この看板からはミッキーの臭いしかしなかった。そしてそれはまだ新しい。日課通り、昨日も自分とのパトロールの後で爪磨ぎをしたのは間違いないようだった。 「俺と別れてすぐ襲われたってわけじゃなかったみたいだな。爪痕は豪快だが乱暴じゃない。落ち着いて爪磨ぎできる状態にあったってことだ。……しかしこの看板もひでぇな。土地を売る気がねーのか、ここの不動産屋は」 「ボスはほんと凄いんだし。人間の文字何でも読めちゃうんだし」 「何でもってことはねーって。ほぼ日本語だけだ。英語とかはちょっとかわかんねーし、それ以外にもなれば完全にチンプンカンプンだからよ」  そう考えると、少し不思議ではある。どうして猫はみんな同じ言葉で話し合うのに、人間にはやたらめったら様々な言語が存在するのだろうか。この国でメインなのは日本語。文字は平仮名とカタカナと漢字が入り交じる。しかし、この島国を出れば横文字の言語を使う国が多いと知っている。代表的なのは英語だ。アルファベットというもので文字を書く。みんな一つの言語に統一してしまえば、言葉が通じなくて苦労することもないのに何故そうしないのやら。  猫と人間で言葉が通じなくて不便なのはもう仕方のないことではあるけれど、人間同士でも通じないケースが多いというのは少々滑稽な気がする。まあ、人間にも人間の事情というのがあるのかもしれないが。なんといっても、連中は我が強くてプライドが高いヤツが多いと来ている。 「ここで爪を磨いだ後は、あたしらがよく寝泊まりしてる家に挨拶に来ることが多いね」  その電柱を左に曲がったところだよ、とアザミ。そこにあるのは、町田トヨ、というばあちゃんが住んでいる家だ。元々野良であったはずのアザミとモチが半ば居候している家であり、他にも大柄なイングリッシュブルドックのオーズが飼われている。強面だがおとなしく、年老いてはいるものの博識な彼。最近少し耳が遠くなったということだが、うまくいけばミッキーのことも覚えているかもしれない。  なんせ、アザミとモチは繋がれていないが、オーズはリードで繋がれている。その分、散歩に出ていない時はいつも通りをぼんやりと眺めているはずで、普段来ているヤツが来ていなければ覚えていてもおかしくないはずだった。 「オーズさん、起きてるかなあー。最近寝てることが多いしー」 「まあ、ジジイも年食ってるからな。……おい、オーズ!」  猫の体というのは便利に出来ている。とにかく体が柔らかい。小さな塀の隙間も門の下も、グニャリと体を屈めれば簡単にすり抜けられてしまう。それだけに、食い過ぎて太るとみっともないことになるのも事実だが。  老婆の独り暮らし家庭であるゆえか、町田家の庭は草が生えっぱなしでさほど手入れされている様子がない。俺がふにゃー!と甲高い声を上げて呼ぶと、小さな赤い屋根の小屋の中からあくびが聞こえてきた。小屋のサイズからすると少々大きすぎるほど大きな犬が、のっそりとその姿を現す。  イングリッシュブルドックは、同じブルドックでもフレンチブルドックとはまるで迫力が違う犬種だ。とにかくイカつい、デカい。顔の潰れ具合も半端ない。日本の独り暮らしのバアちゃんが飼っているにはあまり似合わないような気もする。まあ、オーズは保護犬だったという話も聞いたことがあるし、そのへんはのっぴきならぬ事情もあるのかもしれないが。 「相変わらず、ニャンコどもは声がでけぇなあ……」  ぐおおお、とまるで地鳴りのような声であくびをすると、オーズは目をぱちくりさせてこちらを見た。 「んん?なんだなんだ、誰かと思いきやクロコじゃねぇか。最近めっきり姿を見かけないからよお、どこかで他のオスに負けてくたばっちまったとかと思ったぜ」 「アホ、誰がそう簡単に死ぬかっての。お前の家に来る用事がなかったってだけで人を簡単に殺すんじゃねぇや」 「ははは、すまねぇすまねぇ」  豪快に笑う老犬。見た目は怖いし憎まれ口も叩くが、けして嫌いな相手ではない。挨拶がわりに鼻をつんつんとつついてやると、オーズはどこか嬉しそうに短い尻尾を振った。 「よく見るとアザミとモチもいるじゃねえか。なんだ、今日の散歩はもう終わったのか?まだバアさんがエサくれる時間じゃねーぞ」 「ちげーよオーズ。あたしら、ちょっと事件の犯人ってヤツを追いかけてんだ。あんたも聞いたことはないかい?連続殺猫事件が起きてるって話をさ」  クロコに代わり、アザミがひとしきり経緯を説明してくれた。するとオーズは渋い顔をして、話は聞いてるよ、と告げた。 「実は、俺達イヌの間でも噂にはなってんだ。ほら、俺のご主人様はいい年だが、他のババアと話をするのが大好きだし、話を始めたら滅茶苦茶長ぇことでも有名だからよ。特に、向かいの家の熱海のババアとは毎日井戸端会議してやがるんだ。ご主人様とババアが話をしている間、あいつの飼い犬のショコラと俺は暇で暇でしょうがねーからよ。俺らも俺らでこれ幸いと情報交換するんだがよ」  熱海の家のショコラというのは、茶色のトイプードルのことである。とにかくお喋りで口が軽いのが難点だが、情報通であることは事実だ。どうにも猫とは相性が悪いらしく、自分達と話をしてくれる機会は滅多にないのだけれど。 「連続殺猫事件なんて言うが、もしかしたら表沙汰になってる事件はほんの一部にすぎないかもしれないぜ」 「どういうことだ?」 「ショコラの主人……熱海のババアの息子は四丁目で居酒屋をしてるらしいんだが。そのババアの飼い犬から聞いたらしい。四丁目で、最近急激にネズミが増えちまって、居酒屋の主人が大いに困ってるんだとよ」 「それって……」 「ああ、もしかしたら、もしかするかもしれねーな」  心底不愉快そうに、オーズは鼻を鳴らした。 「殺された猫は、三匹程度じゃ済まないかもしれねーって話だ」

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません