クロネコノダンザイ
<第十三話>

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 まだ、全てが確定したわけではない。  それでも俺には少しずつ、この事件の真相が見えてきたような気がするのだ。そして、今見た三人の容疑者のうち、一番怪しいのが誰なのかということも。俺がそう語ると、マジか!とアザミとアカはそれぞれ眼を丸くしてきたのだった。 「さすが我らがボスだわ。……しかし、あたしらが調べた範囲じゃ、あいつらの家の周辺から遺体の匂いとか、おかしな痕跡は見つけられなかったんだけどね」 「そうだな。まあ、四丁目で行方不明になった猫達の遺体が、容疑者どもの家の周辺に埋まっているとも限らないわけだけどよ」 「まあ、まずそこなんだけどな」  塀の上にひょい、とよじ登る俺。なお、モチはあんまりにも目覚める気配がないので、ひとまず望月川の橋を渡った三丁目の手前のところで置いてくることにした。まあ、あそこでなら奇声を上げられたところで、すぐに人間に捕まるということもないだろう――多分。 「ミッキーの遺体を遺棄した人間を、ベティとイリスが見かけたって言ってただろ?でも、今まで全然シッポ出してこなかったその人間が、ベティ達に見つけられるわ遺体も埋められずに逃げるわ随分お粗末な犯行なんだよな」  ずっとそこが引っかかっていたことである。どうして、犯人はあの時だけは目撃者(猫だけども)に見られるような愚行を犯した上で、遺体を埋めることすらできずに逃げることになったのか。もし遺体が見つからなければ、人間にとっても猫にとっても事件は事件にならなかったかもしれない。少くとも、人間達は野良猫が一匹いなくなったところで、行方不明が出たとも気づかずに終わっていたに違いないのだ。  今までずっと、猫の遺体を上手に隠してきたというのなら。これからも同じ方法で遺体を隠すか捨てるかすれば何も問題はなかったのではないか。では、ミッキーの時――もっと言うと、事件が事件として発覚した前二件の事件も上手に遺体を隠蔽するができなかったのだろうか? 「で、俺は思ったわけだ。……今までと同じ方法が使えなくなったからってのが一番可能性が高いってな」 「使えなくなった?」 「例えば。……今までずっと死体を埋めていた土地が死体でいっぱいになって、これ以上埋めるのが難しくなってきた、とかな」 「!」  証拠はなくても、推測を立てて一つずつ可能性を潰していけば、真実に辿り着くことも可能なのである。証拠がない、憶測でものは言えない――そう決め込んで考えることを放棄しては、推理など一切成り立たないのである。 「犯人は恐らく、新たに遺体を埋められるような場所、隠せるような場所を探したんだろう。それを試して失敗したのが、今回明確に発覚したミッキーを含めた連続猫殺害事件ってわけだ。……ミッキーの遺体を埋めようとした空き地なんか一番の失敗だったんだろうさ。ほら、あそこにはいるだろ。俺達がちょっと騒いだだけでいつでも飛び出してきて怒鳴りつけてくる、やっかいなババアがよ」  ガミガミババアのセンサーはかなり面倒くさい。が、それが適用されるのが何も猫に限ったことでもない。人間が自転車でやってきて、穴を深く掘って猫の遺体を埋めようとしたなら、それなりの物音が立つはずである。それも昼間ならともかく、深夜や早朝といった人気のない時間なら尚更そうだ。  ベティとイリスがそれをはっきり見たわけではないのでいかんともしがたいが。犯人が慌てて遺体を埋められずに逃げたのも、ガミガミババアに見つかりそうになったからではないか?と考えると筋は通るのである。 「いいか。犯人は猫を、死体遺棄現場とは別のところで燃やして、それを自転車で運んで遺棄しに来てる。それも早朝の時間帯にだ。ならば犯行を行うのに必要な条件がいくつかあんだろ。遺体を安全に燃やせる場所と、人間どもにバレずに運べる状況だ」 「まあ、そうだろうけど。今の三人のうち、それが出来そうな人間がいたのかい?それと、単独犯じゃない可能性もあるとは思うんだけどさ」 「まあ、犯人が一人じゃなくて、共犯がいるって可能性もゼロではないけどな。……これは証拠もなく、一種プロファイル的なもんなんだが。猫を連続で焼き殺して遺棄していくなんざ、一種サイコパス的行動だろ。複数人で協力してやってる印象じゃねえんだよな。つか、もし複数人でやるならそれこそもっと組織的に動きそうな。猫は害獣なので撲滅し隊!的な宗教臭い団体でも作ってさ」  そして、単独犯ならば。  当たり前だが、法に抵触するような行為である以上、知り合いにも家族にも見られたくないと考えるのが当然である。で、そう仮定した場合、まず最初に俺の中で容疑者から外れたのが、一番最初に訪れた家の――橘家の、ガリ勉眼鏡男だったのである。俺がそう伝えると、理由がわからないらしいアカとアザミは揃って首をかしげた。大きさも種類も違う二人なのに、動作はそっくりでなんだか可愛らしいとさえ思ってしまう俺である。まあ、片や巨漢の強面、片や怒らせると超絶怖い女王様なのだけども。 「そうだな、まず最初に思ったことなんだけどよ。ガリ勉野郎の家、植木鉢だらけだっただろ。狭い庭を侵食する勢いでさ」  泥棒避けに、植木鉢などを大量に置いておくのは効果があるが。裏を返せば、それをどけたり整理したりといった行動にはかなりの労力を使うということでもある。  そして、植木郡を超えて庭に、家の傍まで行こうとするには、猫にとってもかなりの労力であると見て間違いないのだ。 「植木鉢の位置が変わっていたり、ズレたりしてたら、家人は普通おかしいと思うだろ。猫だって、あそこを毎日通うのはちょいと骨が折れると思うんだよなあ。……勿論、強い目的があって、どうしても毎日通わなけりゃいけない理由があるなら話は別だが。初見はそうじゃない。知り合いがいるでもない状況で、家の傍まで行かなけりゃ中にいるかもしれない猫の姿なんざ見えねーわけで。ミッキーはそこまでするかと思ったんだよな。そして、当然だがあんだけ植木鉢が置いてあるなら、庭に遺体を埋めるのも相当厳しいだろうさ。いちいちどかさないといけないだろ。つか、それをやるにしてもあの庭は狭い。四丁目で消えた猫全部埋められるとも思えねー」 「言われてみれば、それもそうかもな……」 「でもってだ。もういっちょな。……あの家は、実質ガリ勉と派手姉貴の二人暮らし状態なんだろ。でもって、派手姉貴は車で通勤して、昼に出て夜帰ってくるっつーじゃねーか。……昼間、姉貴がいない時間に弟が猫を殺して焼いておくことまではできるとしよう。でも、深夜から早朝に猫の遺体を捨てに行こうとしたら姉貴にバレそうだと思わねーか?姉貴が寝ている間にこっそり家を抜け出すのはできても、起きてる姉貴や、いつ帰ってくるかもわかんねー姉貴の眼を誤魔化し続けるのは結構難しいような気がするんだよなあ……」  あくまで自分が言っているのは可能性の話、である。ただ、それも積み重ねれば“犯人になりうる可能性は低そうだ”という判断になってくるのだ。  川沿いの塀の上にちょこんと座り、耳をすませる俺。猫の声らしきものも、デブ男の声も聞こえない。さて、この行動が徒労に終わるか、それともなんらかの成果を齎すか、果たして。 「……あんたの言いたいことはわかったよ。じゃあ、次の質問だね。二人目のキーキー女だ。あいつはどうなんだい?」  アザミが話の続きを促してくる。 「さっきのアパートも庭はあったぜ。此処よりも若干広い庭だったし、植木鉢みたいな障害物もない印象だった。しかも、男連れ込んでるけど実質一人暮らしっぽかっただろ。だったら家族の眼を盗んで動く必要もないはずだ」 「そうだろうな」 「そして、庭では煙草の匂いがすごいしてた。ってことは、猫を庭で焼いてても匂いじゃあたしらにはわかんなかったんじゃないか?……あれ?」  そこで彼女も、違和感に気づいたんだろう。それでも何がおかしいのかわからず、しきりに耳をぴくぴく動かして考え込んでいる。 「なんか変だろと思ったろ。……俺もだ。そして同じ理由で、キーキー女も犯人でないと見てる」  俺はニヤリと笑って解説を始めた。なんとなく、ボスらしいことができているようで少しだけ誇らしい気分になってくる。伊達に毎日廉の愚痴に付き合い、彼と一緒に刑事ドラマや警察三百六十五日を見ているわけではないのである。 「あの女、庭先で煙草吸うって言ってただろ。何でだと思う?」 「何でって……」 「どうして家の中で吸わないのかってことだよ。そうすりゃ、ご近所と揉める必要もねーだろ?そんでもって、キーキー女が一人暮らしだってなら家族に配慮する必要もないじゃねえか。どうして部屋の中で煙草が吸えねえんだ?」  少し考えた様子で、アカがあ!と声を上げた。 「聞いたことがあるぜ。そうだ、人間の建物には……なんつったかな、火事を防止するための機械みたいなのが取り付けられてるんじゃなかったか?」 「正解。火災報知器ってやつだな。焔や煙を探知すると、すっげー音で鳴り響いて周囲に危険を知らせるらしいぜ。俺のアパートにもついてる。ていうか、今のご時世は付けないといけない法律ってのがあったかもしれねーな。精度には差があるのかもしれねーけど」  そう、周囲の迷惑を気にしなさそうなキーキー女が家の中で煙草を吸いたがらない可能性として最も高いのは。彼女の家では、室内で喫煙すると火災報知器が作動してしまうから、と考えるのが最も自然なのである。煙草の煙でも、報知器は感知してしまうことがあると聞いている。 「あの女は、家の中で煙を出すような真似ができねーんだろうさ。でもって庭も実質アウトだ。煙草の煙程度でモメるんなら、焔を上げて猫を焼くなんて真似はできるはずねーだろ。絶対ご近所にバレるっつーの」  つまり、自分の考えは一つ、ということである。すっと立ち上がり、俺は三人目の容疑者――デブ男の住む一戸建ての裏手を前足で指し示した。  川沿いに、塀を歩けば辿り付けるその場所。家の裏手には窓がある。――しかも、カーテンは閉じられていない。 「この家で、ビンゴってわけだな」  犯人は、ほぼあのデブ男できまりだろう。  窓の向こうでは――檻に入れられたやせ細った灰色と黒のシマシマ猫が。どこか驚いたような目で、こちらを見つめていたのである。

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