ブラックジャックパニック
第05/11話 大追跡

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 彼は、その後も、ブラックジャックとして使用したミリオンメダルを集めていった。十数分が経過したところで、四百枚のうち、二百五十枚弱を回収し終えた。 「ええと、他には……」  雀雄は、きょろきょろ、と辺りを見回した。そこで、インテグレーターの北、十メートルほど離れた所にも、メダルが一枚、落ちているのを発見した。 「やれやれ……」雀雄は、そこに向かって、歩き始めた。  そこで、視界の左方から、何かがやってきていることに気づいた。そちらに、目を遣る。  それは、ルグブリスだった。角の丸い四角柱のような見た目をしている。雀雄の腰あたりまでの高さがあった。  ルグブリスは、西から東に向かって、動いている最中だった。彼は、その進路を予測した。結果、メダルの上を通過するであろう、ということがわかった。マシンとメダルとは、五メートルほど離れている。 「大変だ……!」  このままでは、メダルは、ルグブリスに吸い込まれてしまう。そうなったら、もう二度と、取り出せなくなってしまうのではないか。 「くう……!」  雀雄は、布袋をそこら辺に放り出すと、だだだっ、とメダルめがけて全力疾走し始めた。その間にも、ルグブリスは、どんどん、メダルに向かって、進んでいっていた。 「とおっ!」  雀雄は、ばっ、と、半ば飛び込むようにして、ジャンプした。床に着地すると、そのまま、ずざざざ、とヘッドスライディングに移行する。左右の腕を、頭よりも前方へと突き出した。  数秒後、彼の両手は、目的地に到達した。  しかし、そこに、メダルはなかった。雀雄よりも前に、ルグブリスが、それの上を通り、吸い込んでしまっていたのだ。彼の体は、むなしく、ざざざざ、とメダルのあった地点を過ぎた。 「ちくしょう……!」  雀雄は、立ち上がると、ぱんぱん、と両腿を叩き、ズボンの汚れを掃った。その間に、ルグブリスは、フロアの東辺に到達して、左折しており、北に向かって進んでいた。  しかし、そんなに悲観するような事態ではない。彼は、そう感じていた。最初は、焦るあまり、一度、吸い込まれてしまったら、もう、手に入らないのではないか、などと思った。だが、よく考えてみれば、なにも、吸い込まれた物は、たちどころに消滅してしまう、というわけではない。機械の中に搭載されている、ダストパックに集められるはずだ。それさえ、取り外せれば、そこから、メダルを回収することができる。  いくら、皇二の手により、違法に改造されているとはいえ、ダストパックが抜き出せない、なんてことには、なっていないだろう。それに、もしかしたら、販売会社が、インターネット上にて、取扱説明書を公開しているかもしれない。スマートホンのブラウザーアプリを使って、そのファイルを確認すれば、ダストパックの取り外し方もわかる。  仮に、マニュアルの類いがなかったとしても、ダストパックを取り外すことくらい、何も見ずにやれるのではないか。最悪のケースとして、そのような作業が、どうしてもできなかったとしても、その場合は、ルグブリスをぶっ壊して、ばらばらにしてしまえばいいだけのことだ。 「そうと決まれば……」雀雄は、辺りを、きょろきょろ、と見回して、掃除機の姿を捜した。  十秒も経たないうちに、見つけることができた。それは、通路を、西から東に向かって、進んでいっていた。  雀雄は、それ目指して、小走りで移動した。ルグブリスは、改造されているため、通常よりも高いスピードが出せるようになっている、とはいっても、限度はある。大して時間をかけずに、マシンの一メートルほど後ろにまで、追いつくことができた。そのまま、引き続き、距離を詰めていこうとする。  がっ、と、前方へ差し出した右足の踵が、何かを踏んづけた。ばっ、と足下に視線を遣る。  それは、ラクロスボール大のナットだった。インテグレーターのコックピットから外れ、ここまで吹っ飛んできたに違いなかった。大きすぎるために、ルグブリスには吸い込まれなかったのだろう。  右足が、ぐらっ、と、後方へ大きく滑った。体が、バランスを失い、前に向かって、傾き始めた。 「うお……?!」  雀雄は、両手を床につくために、左右の腕を前方へ差し出そうとした。  しかし、間に合わなかった。鳩尾の辺りが、ルグブリスに激突した。どかっ、という音が鳴り、どむっ、という感覚を味わった。 「ぐふ……!」  雀雄は、その後、右方へ、ごろん、と寝転がった。げほっげほっ、と軽く咳き込む。 「ついてねえなあ……」彼は、体の、打ちつけたあたりを撫でながら、立ち上がった。  ルグブリスは、雀雄の前方にいた。西に向かって、進んでいる。そのスピードは、明らかに、さきほどまでよりも、上がっていた。彼との距離は、どんどん開いていっていた。  おそらくは、雀雄に体をぶつけられたこと、つまり、強い衝撃を受けたことが、原因だろう。それにより、皇二が言っていた、予期せぬ動作、とやらが行われた。そのせいで、速くなっている、というわけだ。 「ちょっと、ちょっと……!」  雀雄は、ルグブリスを追いかけ始めた。最初のうちは、早歩きだったが、しばらくして、小走りとなり、そのうちに、本格的に走り始め、最終的には、全力疾走しだした。幾度となく、直線を駆けたり、交差点を曲がったりした。 「ちくしょうめ……!」  数十秒後、なんとか、ルグブリスとの距離を、じゅうぶんに縮められた。だっ、と床を蹴りつけ、ジャンプする。掃除機めがけて、飛びかかった。  しかし、両手は、空を抱き締めた。マシンが、突然、ほとんど直角に左折したのだ。登録されている掃除ルートが、偶然にも、そのようになっていたのだろう。 「ぬう……!」  雀雄は、床を、ずざざざざ、とヘッドスライディングした。その後、体が止まりかけたところで、ばっ、と跳び上がるようにして立ち上った。左方へと、視線を遣る。  いつの間にやら、フロアの西壁あたりにまで、やってきていた。周囲には、たくさんのゲーム機だのエレメカだのが設置されている。それらにより、通路が形作られていた。  雀雄は今、南北を貫いている通路に立っている。ルグブリスは、彼の現在位置から西に向かってまっすぐに伸びている通路へと、入っていった。  その通路は、西壁にぶつかる手前で、左方へ直角に折れていた。その後、そこから少し進んだ所において、またもや、左方へ直角に折れていた。  最終的には、再び、雀雄のいる通路に接続していた。その交差点は、彼の現在位置から、南へ三メートルほど離れた所にあった。 「あそこへ……!」  雀雄は、南へ移動した。西壁付近から東に向かって伸びている通路との交差点に、仁王立ちする。  一秒後、通路の突き当り、雀雄から見て右方への曲がり角より、ルグブリスが姿を現した。マシンは、直角に左折すると、彼めがけて、突進してきた。 「来いやあ!」  雀雄は、腰を低くした。両手を、ばっ、と体の前でスタンバイさせる。  数秒後、ルグブリスが、突っ込んできた。  どかあん、という音とともに、雀雄は撥ね飛ばされた。「ぐほえん」という、自分で耳にしていて情けなくなるような声が、喉の底から押し出された。  空中を、右斜め後方へ、吹っ飛んでいく。しばらくして、背中全体に、どしん、と強い衝撃を受けた。2D対戦型格闘ゲームがインストールされている汎用筐体の、傾斜しているディスプレイに、ぶつかったのだ。  雀雄は、その上を、ごろんごろん、と転がり下った。コントロールパネルの端に達すると、そこからも落ちる。床に、どしん、と、仰向けの状態で着地した。  彼は、「いてててて……」と、ぼやきながら、上半身を起こした。両足に履いているスニーカーの靴紐が解け、辺りに広がっていた。  そこで、雀雄は、ルグブリスが、自分めがけて突進してきていることに気がついた。 「のわっ?!」  思わず、大声を上げた。その場を離れようとしたが、体を、上手く動かせず、逃げられなかった。  しかし、さいわいにも、二度目のルグブリスの体当たりは、食らわずに済んだ。マシンは、雀雄が前方に伸ばしている脚のうち、左足の横を通り過ぎたのだ。 「──」彼は、安堵の溜め息を吐こうとした。  突然、ぐんっ、と、両足が、左へ、強い力で引っ張られた。息は引っ込み、代わりに、口からは、「ぬわっ?!」という声が出た。  足は、どんどん、左へ引っ張られていった。そして、体が、尻を支点として、百度ほど回転したところで、今度は、前へ、ぐいい、と引っ張られ始めた。脛から上が、それに、ずるずるずる、と引き摺られだした。 「何だ、何だ?!」雀雄は、首に渾身の力を込めて、頭を上げると、両足に視線を遣った。  爪先の数十センチ前には、ルグブリスがいた。東に向かって、高速で進んでいる。彼の体は、それを追いかけるようにして、動いていた。  雀雄は、眉間に力を込めると、両足を凝視した。その部位と、掃除機とは、紐で繋がれていた。それは、スニーカーの靴紐だった。  マシンが、足の横を通り過ぎた時、吸い込んだのだろう。そのまま、どこかに引っかかって、外れなくなったに違いない。

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