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〈ボースン〉そうだな、俺は奴みたいな世間知らずじゃないからな。 (新垣)もう優子さんは来ないかもしれないわ。 〈ボースン〉しかし人間というのは面倒くさい生き物だな。全員自殺してくれないかな。何もないのが最善だ。虚無こそ最善だ。これは藤原のセリフか。優子のどこがいい。皮をはいで肉を切り刻めば誰だか分からない。腐ってハエにたかられ蛆虫だらけになればいい。優子など嘘の塊だ。女はすべてそうだ。嘘と矛盾からできている。男に性器を弄ばれ気持ちいいのに嫌という。やめればもっとやってと言う。死ね、女は滅びろ。ただの穴だ。穴だけあればいいのだ。頭は必要ない。女を大学にやるな、参政権を奪え。男の奴隷でいろ。のさばるな。尻を振っていればいいのだ。男に犯される以外にすることがあるのか。汚い性器を持っているのに純真そうな顔をするな。自分の性器を鏡でよく見てみろ。皮を広げて隅々まで見てみろ。吐かない女は詐欺だ。この世から抹殺せよ。 (新垣)随分と女を憎んでいるのね。遊ばれたのかしら。男は子供っぼいところがあるからね。女の手の平で悪態をついているみたいね。男はどんなに頑張っても女の手の平から外へはいけないわ。全ての男は女から生まれたのをお忘れかしら。女の手の中でびーびー泣くことから男は始まるのだわ。女を憎んでも女に笑われるだけなの。男の多くは地に足が付いてもいないのに偉そうに憎まれ口をたたく。滑稽だわ、男って。 (藤原)このサイトの多くの男が女によって傷ついている。見た目美しい女性に男は惹きつけられるように飛んでいく。そこがウツボカズラのような食虫植物だとも知らずに。罠に落ちた男は徐々に溶かされ消化されてゆく。男は交尾を終えたら女に食われる運命なのさ。  藤原は日本が滅びようとしているこの今、何らかの心の支えが必要だと思った。彼は少年の頃から苦悩の元に生きてきた。彼がたどり着いたのはこの世は不条理だということだ。命が乱雑に生まれ乱雑に死んでいく。誰もが憎み合い己れしか愛さない。何のために生まれたのか誰も知らない。何のために死んでいくか誰も知らない。彼は「悟り」が必要だと思った。何によっても揺らぐことのない「悟り」をみんなが得ればこの世は救われると思った。だがどうすればそれを得ることができるのだ。ZEROは悟りを得たのか? 得ていればこのような破壊行動にはでまい。とすればZEROにも苦悩や迷いがあるのか? それを知りたい。  ZEROは高層ビルの屋上で夕焼けを見ていた。藤原はZEROに問うた。 「ZEROよ、あなたは『悟り』を得たのか。『悟り』を得た上でこの世を破壊しているのか。それとも苦悩の末にこの世を破滅させようとしているのか」 「『悟り』とは何か? 私は常に変わらない。私には時間というものがない。『悟り』というものがあるとすれば、それを私は一身に具現している。迷える民が『悟る』ことは不可能であろう。もちろんお前たちも同じことだ。イエスの弟子たちが神性を得たというのは間違っている。イエスは神に近いが弟子たちは別だ。イエスを理解したものは一人もいない。現代には神はいない。無意味な存在があるばかりだ」 「ZEROが『悟り』を得ているなら何故殺生を繰り返すのか。救うことを考えたことはないのか」 「救うに値する存在はない。全ての存在が自我を盲愛している。特に人間は殊の外、自分を愛するように出来ている。藤原よ、本音を言ってみよ。お前は全ての人間を殺したいと思っているのだろう。愛する人がいるか? それは自我の投影に過ぎない。お前は自分を犠牲にして他者を救えない。人間はそうできている。とても罪深い動物だ。『悟り』とは全てを理解した上で涙を堪えながら全てを消滅させようとする境地のことだ」  その時、頭上に巨大な円形の飛翔体が浮かんでいた。その底面が開き光の道が出来た。ZEROと藤原はその中に吸い込まれて行った。飛翔体は音もなく成層圏を超えて行った。二人は窓から地上を見下ろした。傷ついた日本の姿が露わになった。 「ほどなく日本は跡形もなく崩壊するだろう。それは日本に限らず、世界中に及び、最後には地球が砕け散るだろう。それは宇宙にとって良きことだ。ソドムとゴモラの星が消える。地球は救われない。エゴイズムと淫欲に妄執した星、地球の痕跡は無くなるだろう」 「生命の本質がエゴイズムなのではないか、そうでなければ生物はあり得ないのでは」 「生命現象は徒花だ。無機物の狂気が生命を生んだ。生命は食い食われ進化した。そして今、殺し合いをしている。終末が近づいている。虚無に還すのだ」  飛翔体は多国籍軍の猛攻撃を受ける基地に近づいた。そしてシールドを通過し基地内に吸い込まれた。基地内には司令室があった。そこで何人かの親衛隊が任務についていた。だがほとんど全てのシステムが自動化されていた。多国籍軍の兵士はコンピュータによってオートマティックに殺戮された。基地の内部は何事もないように静寂であった。藤原は ZEROに「あなたは異星人なんですか」と訊いた。ZEROは「違う、地球で生まれ育った」と言った。物心ついてから自分の使命に気づいたのだと。  ZEROは地球を偵察するために地球人として生まれた。その結論は地球を爆破せよということであった。地球は宇宙のオアシスではない。むしろその反対だ。嘘で固めた薄汚い倫理観で這い上がっていくものもあるが、大半は自分に負け自分を持て余して底辺を這いずり回っている。どんな立場になっても傷つけ殺し合う本性は変わらない。この星は存在するに足らん! 人間も生きるに足らん! ゼロに戻すべきだ。  日本の都道府県の全てに水爆が落ちた。日本の地形が変わった。藤原たちはドームにいた。核ミサイルは遠くホワイトハウスの頭上で爆発した。ワシントンが廃墟となった。大統領はあらかじめ離れた執務室で指揮をとっていた。日本との連絡は途絶えていた。彼はもう正常な精神状態になかった。多国籍軍の攻撃は無駄であった。それでも攻撃の命令を出さずにいられなかった。一方、平和的な解決に向けてメッセージを送り続けた。 「君たちの要求に応える用意がある。停戦をして話し合おうではないか。このままでは君たちにとっても私たちにとっても利がない。要求を提示していただきたい」  それはエンドレスなテープのように聞こえた。  水爆は数時間おきに世界の各主要都市に向けて発射された。  基地のドームの中でチャットの常連が久しぶりに顔を合わせた。お互いがお互いを警戒していた。ZEROと藤原と新垣が別の部屋にいた。ZEROの声が聞こえた。 「我々は間もなくこの星を離れる。残りたいものは意思表明をしていただきたい。とは言っても地球が安泰なわけではない。その人たちは地球と運命を共にするであろう。それでも故郷で最後を迎えたいものはどうぞ離れていただきたい」  モニターを見ると比較的年長のものが地球に残ろうとした。彼らは遠く離れた山頂に転送された。  ボースンが言った。 「うすうす気づいていた。こんなところではなかろうと。多国籍軍を蹴散らして行くのはもはや地球人ではあるまいと。我々はVIP待遇か。ドームに守られているなんて」  その声を聞いた藤原が言った。 「長年、人を自殺に導いた功績をたたえて君はここにいる。人々を無に還した行為は賞賛に値する。だが、必要のないものもいるようだ」  テクノが言った。 「俺の障害者年金はどうなる。クケー。誰が保証するのだ。てへへ。俺は立派な障害者だ。年金を手にする権利がある。俺は誰も殺してないよ。俺は清廉潔白だ。ククク。お前たちと一緒にするな。俺は地球が無くなっても障害者年金をもらう。俺の義務と言うか権利だ。あれ、誰か昔そんなセリフ言ってたな。べへへ。どこかの会長か社長だ。みんな呆れたな。俺よりバカがここにいると思ったよ。あいつ自殺したっけ。するわけないな。あれほどツラの皮が厚いとな。ギョヘッ。たまげたたまげた。俺が障害者年金なのか障害者年金が俺なのか分からない。俺は生き残るぞ。障害者年金をもらい続けるぞ、チェイスと~」  その時銃弾が爆発音を立ててテクノの頭を吹っ飛ばした。  藤原が拳銃を構えていた。 「ZEROの許可を得た。これほどのバカを生かし続けたのはチャットの必要悪の存在だったからだそうだ。でももうそれもない。殺されるしかない」 藤原は飛び散った脳のかけらを見て、こいつにも脳があったのだと呟いた。  新垣が言った。 「他人に寄生するしか生きられないやつ、下卑たウィルスのようなやつ。死んで良かった。誰かが殺さなければいけなかったものね。不快極まる存在だったわ」 「大丈夫ですか」親衛隊がドアを開けて入ってきた。大丈夫ではない。どんな下等動物でも血だらけの死体を見るのは嫌なものだ。死んでも迷惑をかける。藤原はこいつをここから消してくれと言った。 「虫けらを潰したのさ、わけもない。黄色い体液かと思っていたら赤い血だった。生意気にも。この寄生虫が。百回死ね」  大沢優子が頭を抱えて言った。 「私、死にたくない。生きたいの。私は子供の頃、よく別荘で夏を過ごした。今から思えば美しい景色の中で家族や友達と野山を走り回ったり花を摘んだりした思い出が忘れられないわ。何故ZEROの独断で破壊されるの? そもそも私が死ななければいけない理由なんてないの!」  藤原が言った。 「君は恵まれた容姿と豊かな生活で幸せに生きてきた。でも絵に描いたような完璧な人生ではなかったようだ。何故なら自殺サイトに接触してきたからだ。そこには不幸が満ち溢れていた。君はそれを憐れみ楽しむことで、空白を埋めてきた。光があれば影がある。でもそれを恥じることはない。誰でもそういうところはある。君の容姿を人々は羨望するだろう。だが骨肉腫で顔半分を失ったら誰も目もかけまい。君の類い稀な幸運を人々は羨んでいる。でもどうせ、美貌も20年は持つまい。そして命もそんなところだ。美人薄命とはよく言ったものだ」 「私が言いたいのは何故ZEROがかけがえのない地球を壊す権利を持っているのかということなの。地球はZEROのものではないのよ。全ての人、動物、植物、つまり生物のものであるということなの」 「地球は誰のものでもない、生物のものでもない。ただそこに存在している物質に過ぎない。全ては物質だ。精神などない。感情があるばかりだ。霊長類などちゃんちゃらおかしい。ネズミと変わらぬ。生まれて交尾をして自己のまがい物を残し死ぬばかりだ」 「私、どうしても知りたいことがあるの。宇宙は何故存在するの。死んだら分かるかしら。それなら死んでもいい!」 「この世の物事には必ず理由があるが、でもその『何故』には理由がない。偶然だとか必然だとか、あるいは揺らぎによるものとか言われている。我々の存在には根拠がない。生きる理由も死ぬ理由もない。宇宙からみれば、我々など一瞬の瞬きみたいなものだ。死んだら腐って骨になりやがて土になるばかりだ。それ以上でもそれ以下でもない」 「人間はいろいろな事を明らかにしてきたわ。未来に解明できるかもしれないじゃないかしら」 「宇宙はダイナミックに変化している。私は振動宇宙論が正しいと思っているが、地球のような塵芥のような星はいずれ太陽に飲み込まれ、蒸発して痕跡すら残さないだろう、その太陽すら銀河系のありふれた星に過ぎなく、末期には爆発すると言われている。宇宙の収縮が始まった場合には全ての物質が大きさのない1点に集束すると言われ、それがまた大爆発を起こして再び新しい宇宙になると言われている。だが私の関心のあることは全ての始原だ。何故宇宙は存在するのか。この謎は永遠のものだ。死んだって分かるものか、あはは、死んだら分かるわけがない。もうこの世にいないのに」  藤原の顔が皮肉で歪んだ。 「自殺する者はその先に何かがあると思いがちだ。妄想の極みだ。脳という臓物が作り出した幻想に過ぎない。肉の戯れだ。何も無い。死後の世界など無い。期待するな。心配するな。なんの痛みも感じずに死ねる。一瞬にして我々は肉の破片になる。この地球と同様に」 その時、巨大な基地が大地を震わせて地上から浮かび上がった。地上に出ている部分は巨大な円形の飛翔体の一部だったのだ。それは廃墟と化した下界を見下ろして北極へ向けて飛行して行った。北極に着くと飛翔体の底面が開き眩い光を北極点に向けて照射した。一瞬のうちに氷は蒸発し、光は暗黒の海底にまで達し、凄まじい勢いで地球の中心に向かっていった。暫くして無数の核ミサイルがそこに打ち込まれた。飛翔体はそれを終えると亜光速で地上から離れて月に達した。数分のうち地球は激しい勢いで爆発して砕け散った。司令室でそれを見届けたZEROの心に地球での幼少の頃の幸せな生活が甦り一筋の涙が頬を伝って落ちた。しかし彼はやるべきことをやったのだ。いつの日かこの全宇宙を消滅させよう。そして彼は目の前のスイッチを押した。円形の飛翔体は輝かしい光を放って爆発した。

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