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〈拓郎〉じゃ、殺してください。弱い僕を殺してください。虚無でも何でもいい。この世に生きているのが辛くてたまりません。消えたいのです。痕跡を消したいのです。 (藤原)君はまだ裏サイトに来るのは早いようだ。もう一度表で話し合いなさい。 〈拓郎〉もし、今、首をつったらどうしますか。あなた側の判断ミスですね。僕は死ねるのです。 (藤原)ほら、甘えている。君の心はまだ子供だ。子供を殺すわけにはいかない。表のサイトでよく話し、出直して来なさい。接続を切ります。 〈ボースン〉死にたいのだから死なせてあげればいいじゃないか。そのためにこのサイトがあるんじゃないの? 死ぬのに相応しいかそうじゃないかってあるの? 彼の問題だろう。何故、藤原が人の死にあれこれいう権利があるんだ。 (藤原)私は生と死は対立するものではなく対等なものだと思っている。だからこそ安易に死を選択するのは間違っていると思っているんだ。一つの生の中に太古から受け継いだ様々な命が眠っている。自殺というのはそうした連鎖を断ち切る行為なのだ。彼一人の問題じゃない。 (新垣)人は生きるために産まれたので、死ぬために産まれたのではないわ。でも思春期に思います。この世と自分の関わり方が分からなくなります。人は青春期と中年期と老年期に死に近づくと言います。大概の人は乗り越えていく。そして最後は死にます。精一杯生きて死ななければ勿体ないわ。でも死んだ方がいい人もいます。この世に向いていない人。生きるのが無理な人。余命数ヶ月の人。植物状態の人。そうした人はこの世にいる意味がありません。 〈ボースン〉この世に生きる意味のある人なんているの? 地球からみれば寄生虫だよ。しらみみたいなもんだよ、俺もあなたも。 (新垣)そうね、あなたは全くしらみだわ。早く死ねばいいのに。消えてくれない。頼むから。 〈自殺志願者〉こんばんは、みなさん。HNの通り、自殺を志願しています。仲間に入れてくれますか。重い鬱病で動く事も難儀です。働く事ができません。今は死ぬ事しか考えていません。自殺をしたいのですが未遂に終りました。 (藤原)君の気持ちは分からないではない。ただ本気かどうかだね。冗談で自殺する人もいるからね。今は空前の不況で働けない人が多い。病院へ通っていますか。障害者年金をもらう手もある。生活保護を受ける事もできる。 〈自殺志願者〉通っていましたが、障害者年金の認定はもらえませんでした。生活保護は受けたくありません。そうまでして生きたくないです。自分の存在を消してしまいたいのです。 (藤原)君が死んでも何も変わらないけどね。日常があるだけだ。自殺は全て犬死にだ。年に3万人以上自殺しているが、世間は何の関心もない。簡単な葬式をして焼かれて灰になるだけだ。泣いてくれる人がいればせめてもの慰めだ。しかしそうした人もすぐに忘れる。君がこの世にいた痕跡は何もなくなる。それでもよければ協力しよう。 〈自殺志願者〉消えたいのだからそれでいいのです。私は消えかかったロウソクの火です。もうすぐ煙になります。どうかお願いします。 (新垣)生活保護は恥ずかしい事ではないわ。当然の権利よ。そんな事で死んでいたら命がいくらあっても足りないわ。まず経済状況を改善する事ね。そうすれば生きる気力も出てくるでしょう。それをどうにかしてね。分からない事があったら教えるわ。それからね、生きるとか死ぬとか考えるのは。 〈自殺志願者〉もう、生きていても仕方がないんですけど。死なせてください。あの世へ行かせてください。この世ではだめだったけど、あの世では幸せになります。 (藤原)まず、あの世などない事を言っておきたい。全てはこの世だ。この世で生きて死ぬ。これが全てだ。何故この世があるのかは誰も知らないが、現実としてある。君はまだやる事がある。若そうだ。早急に生活保護の申請をしなさい。 〈自殺志願者〉だめなんですね。僕は今ビルの12階にいます。ここから飛び降ります。僕の固い決意を分かってもらえない。今、死にます。 (藤原)おっと待った。自分で死ねるんじゃないか。私たちの手を煩わせる事もあるまい。君は頭を打って脳みそを撒き散らして死ぬんだ。もっといい死に方があるけどね。 〈自殺志願者〉足がすくんで目が眩みます。とても飛び降りられない。僕はどうしたらいいんでしょう。 (藤原)分かったから。すぐにそこを離れなさい。君を安らかに死なせてあげよう。追って連絡するから、ちょっと待っててくれ。 (新垣)仕方ないわね。生きる気力のない人は。やはり、死んだ方がいいかしらね。命の重さを考えていないわ。雰囲気で死にたい人は最低ね。 (藤原)まぁ、いいじゃないか。これでまた一人増えた。 〈ロレンス〉こんばんは。実は今日僕は告白しなければなりません。皆さんを騙していました。嘘の上に嘘を重ね追い詰められてにっちもさっちもいかなくなってしまったんです。 (藤原)君は確か会社の異動があって総務から営業に回されるので困っていると始め言っていたね。それから実はリストラにあい弁護士を立てて戦うと言いましたね。でも向こうの書類は完璧だということで、諦めたと言っていたね。それで早期退職だから退職金が上乗せされるからパーティーを開こうと同僚に言われパニックになりましたね。 〈ロレンス〉ええ、そうなんです。僕は退職金を貰うどころか、8年も前に会社を辞めています。親父が72歳で年金を貰いながらアルバイトをしていて僕はずっと働いていません。鬱病で入院もしました。僕は大嘘つきなのです。生きる価値ありません。死なせて下さい。 (藤原)じゃ、それも本当か嘘か分からないね。君は希代の大嘘つきだ。皆んなにいろいろな問題で悩んで相談を受けていたのが全て嘘だったということになるね。皆んなに謝罪しなさい。 〈ロレンス〉ええ、明日するつもりです。僕みたいなのは許されるのでしょうか。どっちにしても父が高齢の上に働かせているという今の現状に耐えられません。だから死なせて下さい。死んでお詫びします。 (藤原)君は死ぬ価値あるね。久し振りに現れた。皆んな雰囲気で死のうとしている。でも君はそうではない。恥を晒したということで死のうと言うことだ。恥は死に値する。大嘘つきはこの世にいてもらっては困る。立派に死んでくれ。 〈ロレンス〉ああ、そうです。僕みたいのは生きていてはいけないんです。認めてくれてありがとう。これで苦しみから解放される。 (藤原)追って連絡するから待っているように。死への道は片道切符だからよく考えておくように。我々は止めもしないし、勧めもしない。その日が来たら後には引けない。 〈テクノ〉へへへぇ、馬鹿な自殺者がまた増えるな。うちは今日は芋煮だよ。うちの嫁は看護師でな。料理もうまいんだぞ。お前ら、ニートには味わえまい。俺は偽りの障害者だからな。俺はどこも悪くない。俺は税金を食い物にしてやる。税金は芋煮に変わるんだ。俺は幸せだなぁ。嫁は美人だし、あそこの締まりもいいぞ。臭いけどな。お前らには味わえまい。 〈テトラ〉お前は相変わらず、下品な男だ。死んだ方がいい人間はお前だ。お前のような馬鹿は死んでも地獄にも行けまい。馬鹿な人間ばかり長生きするから困る。そのうち日本は馬鹿列島になるぞ。日本の破滅だ。 〈テクノ〉クケケェ、俺に嫉妬してるな。お前ら、何カ月していないんだ。何年ご無沙汰なんだ。セックスするために男女が分かれているんだぞ。お前ら、欠陥品だ。俺だけだろ、子供がいるのは。俺は幸せだなぁ。俺は勝ち組なんだ。俺以外みんな一人で死んでいくんだ。後で寂しい思いをしても知らんぞ。ケケヘェ、お前らの血筋はお前らで行き止まりだ。子孫を残せないダメ男にダメ女だ。 〈ボースン〉お前に似た馬鹿の血筋が永遠に残るのか。殺さなきゃな。次に死ぬのはお前だ。藤原よ、いいだろう? また松山に殺させればいいんだよ。一家惨殺だ。お前の首をはねてやる。 (藤原)ZERO がテクノを庇っているんだ。何故だが知らないけどね。まぁ、テクノは無害な男だよ。ただの馬鹿だからね。読みたくなければフィルターをかければいいのだからね。 〈テクノ〉ほら見ろ、ボースン、皆んな俺のことを理解しているんだ。俺はここの癒しなんだよ。ケケヘェ、俺は天国へ行くんだろうなぁ。皆んなのためになっているんだよ。お前たち、皆んな地獄行きだよ。 〈ボースン〉お前は同じいやしでも、卑しいだろう。ゴキブリみたいな奴だ。死んでも死なないのだろうな。 〈ボクオーン〉初めまして、僕は自己破産して、生活保護を受けています。これじゃダメ人間になってしまうので、働こうとしました。でもこないだ、ようやく就職した会社で風邪のため一週間休んだら首になりました。次の職を探す気力もなく自殺したくなってここへ来てしまいました。 〈テクノ〉バカな人間がまた来た。生活保護を受けていて働こうというのか。バカめ、おとなしく保護を受けていればいいじゃないか、えへへ。 〈ボクオーン〉僕は自立したいのです。血税をもらいたくないのです。自己破産で多くの人に迷惑をかけました。あの時の屈辱感と安堵感は忘れられません。 〈テクノ〉バーカ。利用できるものは何でも利用するんだよ。犯罪ぎりぎりでね。俺はすっかり治っている。それでも障害者年金2級は堂々ともらっている。医者の前で演技するんだよ。あれ、前に言ったっけ。まあいいや。医者の前で目剥いてひっくり返れば医者も動揺する。年金もらうにはいろいろな卓越した技術が必要なんだよ。俺は今度1級もらってやる。俺は演技を研究しているんだよ。俺のような頭のいい人間はいないね。 〈ボクオーン〉あなたのような人は認めるわけにいかないです。働けるなら働かないと。あなたは立派な犯罪者です。詐欺の量刑は高いですよ。 〈テクノ〉生活保護が何を言っているんだ。俺は障害者ということになっているから金をもらうのは当然だ。俺は看護師の嫁に食わせてもらっているんだ。お前は自己破産の意味を知っているのか。債権者に殺されても仕方がないね。クケケ。 〈ボクオーン〉うるさい! どこも悪くないのに働かないで障害者年金を掠め取ろうとする人は許せない。何でここの人たちは黙っているのですか? (藤原)黙っているわけではない。ここは所詮チャットです。我々としては呆れ果てて静観するしかできないのです。テクノがリアルでは苦しんでいるのかもしれない。もがいているのかもしれない。その反動でここでは毒づいているのかもしれないのです。 〈ボクオーン〉人がいいですねぇ。彼は救い難い人のように思えるけど。 〈たかし〉おしまいおしまい、みんなおしまい。俺は人生終わったよ。銀行に勤めていたけど、クビになって引きこもっている。もう8年も仕事してない。一度道を外れたものは、一生、元には戻れないんだ。この社会はね。空白期間があってはならないんだ。俺は今日も家族から「働け、働け」って言われている。うるさくてかなわねえ。俺は今年中に死ぬことに決めている。 〈ボースン〉今、いくつなんだ。お前。 〈たかし〉31歳だよ。 〈ボースン〉お前、若すぎるんじゃないか。結論がよ。まあどうでもいいが。一人で死ねるのか。 〈たかし〉俺は一人で死ねる。練炭自殺だよ。世の中への復讐だ。 〈ボースン〉お前、アホか。お前一人が死んで何になる。腐って、灰になって終わりだよ。お前は負け犬なんだ。 〈たかし〉そんなことは言われなくてもわかっている。俺は俺様のために死ぬ。俺様の名誉のために死ぬ。俺のプライドは山よりも高く、海よりも深い。俺様がニートをやっているのは耐え難いことなんだ。歯車が狂ったんだよ。俺を狂わせた社会への復讐だ。 〈ボースン〉お前のプライドなんてどうでもいい。ここは自殺サイトだ。一人で死ぬなら何故書き込むのだ。 〈たかし〉お前らのバカさ加減を哄笑してやろうと思ってな。お前らは殺人集団だぞ、分かっているのか。みんな死刑だ。俺は自分で死ぬ。どちらが高尚な死に方くらいは分かるよな。 〈ボースン〉お前、それ以上言うと殺されるぞ。周りに注意しなくてはならなくなるぞ。お前は自殺ではなく他殺になる。それが耐えられるか? 〈たかし〉えぇ、俺を殺すだと? やれるものならやってみろ。 (藤原)ボースン、いいかげんしろ、バカの相手を真剣にすることはないだろう。今日はもう落ちる。勝手にやっていてくれ。  翌日、藤原はホテルのロビーで新垣と落ちあった。 「ねぇ、ZEROってどういう人なの。今度会わせてもらえないかしら。興味深いわ」 「彼は怪物だよ。単なるサイトの主催者ではない。彼は社会の破滅を目論んでいる。彼の狙いは東京に核爆弾を落とすことだ。広島型原爆の1万倍のね。今、あるところで作らせている。彼の夢は東京が火の海になることだ。彼はそれを地方のテレビで鑑賞する。東京のテレビ局は全滅だからね。彼はそのうち東京を破滅するだけでは済まなくなるだろう。日本を全滅させようと考えるだろう」 「あら、面白いわ。ますます興味が湧いてきました」 「彼は徹底した秘密主義なんだ。それに女を信用していない。嫌っている。会うことは出来ないだろう」 「女にでも騙されたのかしら。女嫌いなんて」 「そんなのではない。彼は女を人間と思っていない。人間以下の動物と思っている。繁殖する装置と思っている。女を生殖の罠と思っている。男はみな女でつまずく。彼はそれを熟知している」 「そうかしら、女性を怖れているんじゃないの。女性恐怖者じゃないかしら。女も人間よ。男も女も欠点だらけの生き物よ」 「君は愉快なことを言うね。彼は人の死にしか興味がない。君みたいに世俗的なことなど考えてもいない。会わせるわけにはいかないね」 「とにかく3人、自殺者が確保出来た。来週の定例会で話して気が変わらないようだったら自殺させてあげよう」 「私たち何人自殺のお手伝いをしてきたかしら。少しマンネリ気味ね。人の命が軽いものになっている。刺激が欲しいわ」 「君の言う刺激ってどんなものだろう。退屈しているんだね。君は意外とZEROと共通するものがあるかもしれないね。もう死に鈍感になっているんだよ。人を見れば死体と思え、なんてね、ZEROが会う気になったら知らせるよ」 「嬉しいわ。私の周りは凡人ばかりで嫌気がさしていたの。魅力的な人に会いたいわ」  ZEROは高層マンションから下界の様子を眺めていた。彼の背後に藤原達也がいた。彼の背後に立つ権利を持っているのは藤原だけである。 ZEROがどういう人物か誰も知らない。藤原は彼の指示通りに動くだけである。  彼が振り返った。いつものサングラス姿である。目の動きも分からない。 「自殺サイトはうまくいっているようだね。新聞、テレビでは大騒ぎだが。次は3人と言っていたが」 「次は3人です。いずれも生きる価値のない人たちです」 「生きる価値のある人間などいないがね。こんな個別の殺人には切りが無い。そもそも宇宙が必要ない。必要ないものは消えるべきだ。東京が火の海になる。私はそれを夢見ている。単なる殺人には興味がなくなっている。人間は死ぬために生きている。それが早まるだけだ。生きる事に意味などない。無意味なのだ。この世は悪い夢なのだ。覚醒しなければならない。死が覚醒なのだ。私は魂は永遠だと思っている。だがそれは私の魂についてであり他の魂については知らない。他の人に魂があるとも思っていない。君らの魂は肉体の死とともに終わりを迎えるだろう」 「サイトは荒れ気味です。もともとの性格からそうなんですが、おかしな連中がうろうろしています。 ZEROの考えていた真面目なものではなくなっています。特に常連は自殺する気などさらさらありません」 「心配することはない。いずれサイトは閉鎖して全員殺す」  藤原は少したじろいだ。 「それは私も殺す気ですか。新垣も」 「そうだ、全員だ」 「それは誰に殺させる気ですか」 「それは知らないでいい。いずれ分かる。まだまだやってもらうことが山積している」  翌日数え切れない警察官が殺されて発見された。拳銃を奪われ頭が叩き割られていた。全国の銃砲店が襲われ銃が大量に盗まれた。この事件と自殺サイトを関係させる人はいなかった。  この事件は大々的に放送され社会的な大問題になった。対策を練る前にその翌日も同じ行為が繰り返された。警察は威信をかけて捜査に当たった。だが交番は遠距離から狙うスナイパーにひとたまりもなかった。   藤原は事態の展開についていけなかった。これがZEROの言っていたことなのか。彼はZEROに電話をした。 「これは何なのですか。貴方は関わっていますか」 「死の革命だよ。ただの革命ではなく、人間を生から解き放ってやる儀式だよ。私の親衛隊が儀式を行った。自殺しない者は殺さねばならぬ」 「この革命と自殺サイトの関係はあるんですか」 「自殺は尊い儀式だ。それは尊重しなければならぬ。だが殺されるのも尊い儀式に値する。それは遂行されなければならぬ」 「恐ろしい、貴方は怖い人だ」 「動揺しているのか? 君らしくもない。これが日常の風景だ」  チャットはその後、開かれず、土曜日に再開された。普通であれば日曜日が決行の日だ。 〈ボースン〉いったい世の中どうなっているんだ。無政府状態になってしまうぞ。略奪、暴行、放火がそこら中で横行している。 (藤原)ZEROによるとこれが自然な状態だそうだ。誰でも殺したい人間の二人や三人はいる。今、起こっていることは死の革命だそうだ。 〈テクノ〉俺の障害者年金は大丈夫かなぁ。イヒヒ、振込があれば世の中どうなってもかまわない。焼き鳥食ってりゃ幸せなんだぁ。アヘアヘアヘ。 〈YUI〉世の中変になっているけど、集団自殺は遂行されるのでしょうね。私は待ったなしなの。 (藤原)予定通り決行します。何があっても我々を止めるものはありません。自殺は神聖な儀式です。 〈自殺志願者〉こんばんは、この前、話したように自殺するために来ました。世の中が騒然としていますね。でも僕には関係ない。僕は自殺にしか興味がない。今日は身辺を整理しました。僕の痕跡はもうありません。 (藤原)覚悟を決めたんだね。明日決行します。 〈ロレンス〉僕のような札付きのペテン師に自殺の機会を与えてくれて感謝しています。今まで騙した人は数しれず。奪った金は三千万以上。もう自己嫌悪で苦しんでいます。僕を死で救ってください。  翌日の日曜日静かに死刑が執行された。5、4、3、2、1、0。  藤原は彼らは何のために生まれてきたんだろうと思った。そして自分は何のために生きているんだと思った。  それは死ぬためだ。それは分かっている。だが生がなければ死はない。ならば最初から生がなければよかったのだ。「存在」がなければよかったと言い換えてもいい。だが最初に「存在」ありきだ。この宇宙に「無」は存在できないのだ。宇宙は存在に満ちている。エネルギーがいろいろな姿に形を変えるだけだ。人間もいつか滅びる。変化が宇宙の真実だ。それは流れと言ってもいい。ZEROはどう考えているのだろうか。  関東と関西のいくつかの自衛隊駐屯地へそれぞれ500人ほどのZEROの親衛隊が大挙して踊り込んだ。豊富な武器を的確に連射して自衛隊員を蹴散らして行った。親衛隊は強化ガラスのゴーグルをし、全身を黒い特殊な鋼鉄の布で覆っていた。自衛隊員の放つ弾丸はことごとく跳ね返された。親衛隊は施設の奥にあるミサイル貯蔵庫まで達した。そして大型トラックに大量のミサイルを乗せて去って行った。  次の日、テレビは特集を組んで国民の不安を駆り立て被害状況を何回となく流していた。すると画面が乱れZEROが姿を現した。 「国民のみなさん、私はあなた方の命を保証しません。どんな人も平等に死んでもらいます。あなた方は遅かれ早かれ死ぬでしょう。それは自然死か病気か事故によるものでしょう。私はあなた方に私に殺されるという名誉を与えてあげましょう。死こそ全て、無こそ全てなのです」  と言ったところで、テレビの画面が砂嵐になった。チャンネルを変えても無駄だった。 その日は国会が開かれていた。緊急議題で日本の中枢が混乱を極めていた。その中の一人の議員が最初に甲高い音を聞いた。その音はやがて大きくなり議員たちは恐怖の形相を見せて次々に立ち上がった。ミサイルが3発、国会議事堂に命中した。古びた建物は完全に破壊されて崩れ去った。ほとんどの国会議員が瓦礫の下敷きになった。指揮系統が断絶した。あやゆく難を逃れた議員たちが都内のホテルで緊急暫定内閣を作った。そして緊急事態宣言が発令された。  藤原達也と新垣優美は高層マンションの一室から憂鬱な目で下界を眺めていた。 「とうとうZEROが動き出した。あの親衛隊は一体なんだろう。僕のわからないことが彼にはたくさんある。僕は彼の大勢いる部下の一人にすぎないのか。僕のやっている自殺幇助はZEROにとっては気晴らしにすぎないのか。本当に東京を火の海にするだけでは足りないのか。彼は日本国と戦争しようとしている」 「面白い展開になってきましたわ。国家と戦争するって革命じゃないかしら。自殺幇助が悪いとは言えないわ。むしろ自殺とは英雄的な行為じゃないかしら。自分で自分の存在を消すのは素晴らしいことだわ。だからZEROはあなたの行為を讃えているのよ」 「革命は容易ならざる行動だ。自衛隊や米軍に追い詰められて叩き潰されるに決まっている。しかしあの水爆があれば話は別だ。先制攻撃をすれば勝てるかもしれない」  翌日、藤原たち数名に東京を去って富山に移動せよ、という命令がおりた。  それから一週間が過ぎた。富山県にいる藤原たちに通知があった。「今日の正午に投下する。テレビを注視せよ」  彼らは重い気持ちでテレビ画面を見つめていた。NHKではニュースをやっている時間だった。正午の針が過ぎた。強い地震が起きた。女性アナがニュースを読んでいたが、脇から差し入れられた原稿を見て顔色が変わった。 「速報が入りました。原爆級と思われる爆弾が皇居の上空で爆発し東京は広い範囲で壊滅したとのことです。東京は至る所で火の海になっているようです。被害は埼玉県、千葉県、静岡県の一部にまで達しているもようです」  アナウンサーは同じ言葉を何度も繰り返した。藤原たちは興奮した。数百万の命が一瞬で消滅した事実にいたく感動した。自殺しない人間は殺されねばならない。   警察も自衛隊も根本的な機能を失った。暫定政府は米軍に救助を要請した。  その翌日、沖縄の全ての米軍基地に水爆が打ち込まれた。沖縄は人の住めるところではなくなった。地方の警察や自衛隊は混乱を極めた。米軍は日本に向けて大部隊を編成して送った。ZEROは世界を敵にまわすことになった。だが警察はZEROという人物の影さえつかんでいなかった。日本人は怯えおののいた。いつ自分の上に水爆が落ちてくるのでないかと恐れた。しかし、警察も自衛隊も水爆の発射基地さえつかんでいなかった。米軍は誰を相手に戦えばいいのかわからなかった。米軍の大部隊は被害の少ない大阪に向けて航行中だった。あと50キロに迫った時に空母の上に水爆が落ち、大阪の町もろとも壊滅した。  富山県に避難していた藤原たちは事の進行の速さに追いつけなかった。 「日本が滅んで行く・・・日本が墓場になる」と思った。彼はZEROに会いたいと思った。  藤原と新垣は夕陽が沈む高層ビルでZEROと対峙していた。ZEROは言った。 「私は地球に破滅をもたらしたいのだ。死が必要だ。無が必要だ。この宇宙が虚無になることが必要なのだ」  藤原は言った。

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