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 このサイトは表の顔と裏の顔があった。表の顔はごく普通の「命の尊さ」というサイトだが、裏の顔は常連たちが本音を表す暗号化された自殺サイトであった。常連たちはめったに自殺しない。表から転がり込んでくる自殺志願者を見送ってやるサイトに事実上なっていた。    藤原と新垣は自殺サイトの存在意義に疑問を持っていた。自分たちが手を汚し続けていることが精神的に重荷になっていた。4人を送ったあと、ZEROに電話をした。ZEROは「死の自由を奪ってはいけない。彼らとも我々は既にいろいろな話をしている。その上で『死にたい』とする彼らの手助けをするのは当然だ。一人では死ねない人が多い。何人かが集まれば死が少しでも怖くなくなる」と言った。  藤原は自殺を肯定しているわけではない。チャットでは、自殺志願者にできるだけ生きてほしいと呼びかける。でもそういう人はもう心で決めてしまっているのである。それを覆すのは難しい。生きること自体が苦悩なのである。  次の週明けの月曜日にまたチャットが始まった。 〈YUI〉始めまして、YUIです。骨のガンにかかっていて片手片足がありません。YUIはもう疲れました。死なせてください。 (藤原)辛かったんですね。僕らにはあなたのお話を聞くことしかできません。今日はいろいろお話をしましょう。サイトのTOPに書かれているように土曜日の7~8時を除いては気楽に雑談をするような形で運営しています。どうぞよろしくお願いします。 〈YUI〉私の命はあと1年です。私は病気に殺されるのではなく自分の意志で死にたいのです。でも一人で死ぬのが怖くてチャットさせていただきました。土曜日の自殺会に参加するのにはどうしたらいいのでしょう。 (藤原)僕らは命を軽々しく考えていません。しかし、重いからこそ真剣に忌憚なく話したいのです。生と死は同等の重さがあります。あなたそれをどう考えていますか。 〈YUI〉残酷な言い方ね。私には死しかないの。早く死にたいと思って参加しようと思っているのに。 (藤原)1年後に死ねるのならば、死を待っていればいいのではないでしょうか。今、死ぬ必要はないでしょう。 (新垣)御心ご察しします。私があなたの立場だったら立ち直れないでしょう。でも死は選びません。最後の一秒まで生きたいと思うでしょう。 〈YUI〉ここは自殺サイトじゃないの? 生きられるものなら生きるわ。もう生きられないからチャットしたの。 〈ボースン〉ここは自殺サイトだよ。死にたいものが楽に死ねるサイトだ、歓迎するよ、不幸な人。YUIさんは次の定例会に参加すればいいよ。半身ないんじゃ生きていても仕様がないでしょう。 〈テクノ〉障害者年金1級でしょう。羨ましいな、ケケケ。俺は2級だよ。働かなくても年金ががっぽり貰えるから気楽でいいや、嫁も働いているからね、へぇへへぇ。YUIさんも同じだね。違うのはあんたが死んで俺が生きるということだ。クケケ。 〈YUI〉あなたは最低ね。血税を食い物にしている。あなたこそ死ぬべきだわ。あなたが死なないで私が死ぬのは悔しい。殺してやりたいわ。 〈テトラ〉YUIさん、テクノの言うこと気にしないほうがいいよ、あれは本物の気狂いだからね。みんなが追い出そうと思ってもだめなんだ。ZEROが反対しているからね。 〈名無し〉ZEROは人間の最悪の見本としてテクノを殺さないんだ。最も死んでいい人間のはずだからね。 〈大沢〉ZEROがそんなこと考えているわけないわ。テクノなんてただのチンピラ年金泥棒じゃないの。屑だっていうことは認めるけどね。 〈テクノ〉へへへへぇ。悪いな俺は2級で12万円貰っているんだ。毎日焼き鳥屋だよ。家族と一緒にな。お前たちはニートじゃないか。俺は家族を持っている。お前ら一生結婚できねえよ。てめえらは皆んな死んでしまえ。 〈マイク〉テクノのことは放っておけ。YUIさんの話をしているんだろう。YUIさん本当に死ぬ覚悟はあるんですか。死んだら燃やされて骨になるんだよ。癌とともにね。 〈YUI〉このままでも1年で死ぬって言っているじゃないの。どうしても死にたいの。 〈マイク〉それじゃ土曜日の定例会に出席してね。場合によっては後に引けなくなりますよ。 (藤原)定例会でよく考えて下さい。一度決まったら後へは引けませんから。3人ないし4人集まったら決行します。ちょっと待っていて下さいね。 〈YUI〉私の決心は揺らぎませんから。では定例会で。 (新垣)一人集まったわね。彼女は間違いないわ。体が半分なんて面白いわ。早く見てみたいわね。 (藤原)興味本意はいけないと思うがね。よく話を聞いてからだ。 (新垣)もう話は聞いたじゃないの。過去はどうあれ、現在が現実なの。それはどうにもならないわ。彼女は死ぬ価値があるわ。 〈スナメリ〉俺はこのチャットの暗号を解読してしまったんだ。だから、お前たちの運命を支配している。警察に突き出してもいいね。俺はいわゆるハッカーだ。お前たちの大量殺人を全てわかってしまった。俺はこのことを週刊誌に売ろうと思っている。高く売れるだろうな。お前たちは刑務所行きだ。 (藤原)そんなことはさせない。もう君の住所、本名、会社、カード番号、写真など、君の全ては解読してしまった。大量のウイルスできみのパソコンはめちゃくちゃになるだろう。 〈スナメリ〉何、こんなこともあろうと、パソコンなど何台もあるものね。俺のことが分かっても何もできるものか。この馬鹿どもが。 (藤原)君を抹殺する。あらゆる危険が君に及ぶことを期待して待っていてくれ。我々は殺人集団でもある。後ろに気をつけろ。  藤原はかっとなった。スナメリと住所が近い松山ケンジに殺してもらおうと思った。彼はメールを送った。 「松山君、スナメリを殺すことにした。彼は我々の脅威だ。田端駅のホームで彼を突きとばせ。もちろん人に気づかれてはだめだ。彼の情報は添付した」  松山は獲物を捕らえるようにメールを受け取った。死の指令だ。彼は自殺を躊躇する参加者を破滅に追い込む常習犯だ。彼は執拗に死が素晴らしいもので美しいと言うことを志願者に説いて聞かせた。殺人をするチャンスがまた回ってきた。彼は本当は、人の首を締めて殺す事に異常な執着を持っていた。想像の中で殺された犠牲者は百人をくだらない。彼は殺人こそ最後に残された自由だと思っていた。人が苦しんで死にいく姿は美しい。彼は翌日から、スナメリを情報通り田端駅のホームで待った。そしてチャンスを待った。だがスナメリはなかなか列の先頭にでない。彼はイライラし頭をトンカチでかち割ってしまおうかと思った。しかしその日がきた。ケンジはするするとその後ろに立った。京浜東北線が近づいてきた。彼はスネメリの背中に体を密着した。轟音を立てて滑り込んで来る列車がスナメリに接近した時、その一瞬、ケンジは体で押した。スナメリは声をあげてホームから落ち、ケンジの目の前でばらばらになった。  ケンジはメールで仕事が終わった事を報告した。  次の定例会で藤原はスネメリが死亡した事を告げた。 (藤原)私たちの敵は死んだ。死なんて簡単な事だ。日常にいくらでも転がっている。スナメリは日常の中で死んだ。誰にでもある事だ。お互いに気をつけよう。 〈ボースン〉スナメリが死んだ。あはははぁ。あいつの存在が消えた。素晴らしい。俺はあいつがうざったかったんだ。テクノのような馬鹿はどうでもいいが、スナメリのようなインテリオタク馬鹿は殺すしかない。 〈大沢〉殺人はだめよ。殺人集団ではなくて殺人幇助集団なんだからね。死にたい人を死なせてあげる慈善団体なんだからね。今週はYUIしか集まっていない。表で転がり込んで来る人を誘わなきゃね。 〈テクノ〉おい、ボースン、聞こえているぞ。俺のどこが馬鹿なんだ。俺みたいに制度を利用して安楽な暮らしをしているものはいないぞ。俺は一生障害者の真似して、人が苦労して働いて納めている税金を有効利用しているんだ。俺みたいに頭のいい人間はそういないね。天国だ。極楽だ。 〈ボースン〉お前のように血税をむしり取る輩が増えている。特に精神科ね。先生なんかコロっと騙されてしまうんだ、テクノのように悪質ではなくても演技すればいいのだ。面談中に奇声を発して白目をむけば大抵の医者は動揺する。もともと精神科のような医者は金がないからマンションの一室でも出来る気楽な商売を選んだんだ。精神科の医者は3分診察だ。薬物療法が金になりカウンセリングのような無駄な、金にもならぬ時間を費やしていない。ちょっと体調を聞いて「それじゃ、いつもの薬出しときます」で終わるのだからね、彼らは患者の治癒なんて心にもない。患者を増やす事しか頭にないんだ。これらは暗黙の了解だ。そして重症に見える患者に障害者年金を出すのだ。フリーター、ニート発生機関だね。本当の患者とは知的障害を持っている分裂症患者だ。待合室ですぐにそれと分かる気狂い患者だ。先生はそういう患者ほど楽なものはない。一生飼っていけて金になる木だ。ぶつぶつ独り言いったり暴れ出す患者を「この気狂いが! お前りゃ一生治らんぜよ」という確信を持って薬を出し続けるマシーンだ。誰にでも出来る悪徳商売だ。どうにか医者になったのだから今までかかった金を回収しなければね。そもそも鬱病なんて病気はないんだ。憂鬱な人なんて今の社会に溢れている。そんな人たちが紛れ込んできたのが精神科だ。長く通ってもらうために障害者年金を連発する。そうしたことで回り回って先生の金になる。精神科なんてそんなもの。まともな商売じゃない。詐欺集団だ。 〈テクノ〉へぇへへぇ。俺褒められているの。何だかんだっていったって演技は大変だよ。マンネリになるからね。障害者年金を社会保険庁が打ち切ったら大変だ。俺は歌舞伎役者の大バカものであるあの大物の真似をしなくてはならない。死なねえかな、あの野郎。俺の演技は人間国宝に値する。先生はただで見てお金も貰うのだから、これほど馬鹿で気楽な商売は3分やったら辞められない。 〈拓郎〉こんばんは。みなさん。表のサイトではよく顔を出している拓郎です。初めて裏サイトにきました。僕は派遣でリストラにあった障害者です、3級なのでお金は貰っていません。そのため、アパートを追い出されそうです。仕事が絶望的にありません。鬱病で動く事も難儀です。僕は死に値しますか? (藤原)こんばんは。表ではいろいろやってみるって頑張っていたのに死にたいの? ここは自殺の門だよ。分かっているね。ここにきても全員が死ねるわけじゃないんだ。門をくぐった者は死ねる可能性が高くなる。それでもくぐるかい? 僕は君に死んで欲しくないんだ。鬱病くらいで死ぬなんて。 〈拓郎〉実は僕の目の前に首吊りのロープがあります。くぐれば僕は死ねます。でももう3時間も立ち尽くしています。どうしても首を通せない。僕は死ぬ事もできないチンケな弱虫なのです。 (藤原)やり直す事も出来るんじゃない? 新聞配達とか食堂の洗い場とか介護の仕事だってあるじゃない、君は選り好みをしているんだ。自殺は容易であってはならない。 〈拓郎〉全部不可能なんです。もう無理です。死なせてください。僕は自己中患者だから死ぬのがとても怖い。何より自分がいなくなってもこの世が続くというのに我慢ならない。でもいいんです。死後に世界が存在していようといまいとどうでもいいんです。自分の存在を消したいのです。 (藤原)君は少年期の万能感が崩れ去ってその反対に無力感にとらわれているんだ。よくある事だよ。人間の殆んどはそこから卒業する。君は永遠にその首のロープをくぐれないだろう。君は死ねない。死ぬ価値のない人間だ。 (新垣)あなたは生きて成長しなければならないわ。一時の迷いに陥っているだけよ。首をつったその後に何かがあると思っているんじゃない? 虚無よ、それ以外何もない。天国も地獄もないの。この世が全てなの。そしてこの世に残ったあなたの体はやっかいな抜け殻以外の何でもないの。放っておけば腐って全身からウジ虫が這い出すわ。もうそれはあなたではなく、単なる死体なの。止めときなさい。生きなさい。

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