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「私は宇宙に無はあり得ないと思っています。初めに〈存在ありき〉です。〈存在に呪われている〉と言ってもいいのではないかと。存在のエネルギーがいろいろな形をとっているのがこの世界と考えています。虚無はあり得ません」 「最初に〈虚無ありき〉だ。存在の前は無だ。存在がないから時間も空間もない。この現実宇宙はあり得ないのだ。この世は不条理だ。滅ぼして虚無に戻さなければならない。〈生を死に、存在を無に〉それが私の使命だ」 「何か抽象的すぎてわからないわ。現実離れをした話をしているんじゃないかしら。生きて生活している人間としての話をして下さい」 「女は生活にべったりとした存在だ。おしゃべりでどうでもいい話を永遠に続けられる。すぐ感情的になる。霊長類とはとても言えない。より動物に近い生き物だ。女は具体的な話しか受け付けない」  新垣は頭がカーッと熱くなるのを感じながらZEROに言った。 「あなたは死にたくない人まで巻き込んで殺している。自殺したい人はすればいいわ。でも生きていたい人も大勢いるわ」 「自殺は尊い。他殺もそれに劣らず尊い。誰でも一人残らず死んでもらうしかない」 「あなたも死ぬことになるのよ」 「私は永遠不滅だ。何故なら虚無だからだ。私はこの世に存在していない。ここにいる私は仮の姿だ」  次の土曜日にチャットが開かれた。 〈ボースン〉おお、もうチャットは閉鎖されたのかと思っていた。なんなのだ、この巨大なテロは。日本はもう終わりか。 (藤原)日本本土が戦場になる。日本にいたのでは逃げ場はない。海外へ逃げるしかない。死にたくないやつは逃げればいい。 〈ボースン〉このチャットはどうなる? ZEROもチャットどころではないだろう。 (藤原)いや、閉鎖の話は出ていない。自殺を呼びかけよと言っている。ZEROは変わらない。何が起きようと。 〈ボースン〉世の中がどうなるか分からない時に自殺か。いるのかそんな奴。黙っていても死ねるぞ。戦時に自殺は減るのだ。 (藤原)いや、自殺を考えているものにとっては自分以外のものは存在していないに等しい。他のことはどうでもいいのだ。周りが見えなくなっている。これまで以上にここは栄えよう。 〈うさぎ〉こんばんは、初めまして。うさぎと言います。いつも赤い目をしているのでそう呼ばれます。世も末になって来ましたね。私は空を見ながら「原爆よ、落ちて来い」と祈っています。私を殺してください。自殺は怖いのです。私は父と母に捨てられ、施設で育ちましたが、14歳で飛び出して一人で生きて来ました。知り合いは全くいません。私は至る所で邪魔者扱いされ、「死ね」と言われ続けて来ました。もう疲れました。あの世で幸せになりたい。死で救ってください。 〈ボースン〉あの世で幸せになりたいだと。甘えたこというな。あの世なんかないぞ。この世が現実世界の全てだからだ。空想も幻想もあり得ないぞ。何故ならこの世にないものは想像できないからだ。全てこの世の部品から出来ている。君はいつでもどこででも不幸なのだ。死んだら君に関する全てが停止する。君以外の全ては動いていく。犬死にだ。全ての死は。 〈うさぎ〉難しいこと言われても分からないわ。私は苦しいだけなの。私はあの世を信じているわ。理屈じゃないの。死ねば幸せになれる確信があるの。 (藤原)不毛な議論だ。死んでみなきゃ分からないじゃないか。生や死は感じるものだと思う。頭で考えてもそんなもの分かるわけない。 〈うさぎ〉私は死に飢えているのよ。連日たくさんの人が死んでゆく。うらやましい。この意識から逃れられれば。 (藤原)そんなに死にたいなら明日埼玉県の大宮東口に午前十時に来なさい。来たらもう後はないと思いなさい。秘密を守るためにも一度来たものは死んでもらいます。 〈うさぎ〉ありがとう。楽しみにしているわ。戦場で自殺するなんて素敵だわ。 〈ボースン〉ZEROが無差別に殺戮していくのは反対だ。生きていきたい人だっているだろう。生まれたばかりの赤ん坊に罪なんてあるか? ZEROは具体的なものには興味がない、人を抽象化して単なる対象物として扱っている。だがもうすでに数百万人が殺されている。このままだと史上最大の怪物になる。俺らは止めなくてはいけないんじゃないか。ZEROは生身の体だ。彼が死ねば戦争は終わる。俺が奴を殺してやる。 (藤原)ZEROはそんなことは全く意に介さないだろう。やるだけ無駄だ。沢山の銃弾を受けるか爆死するかのどちらかだ。 〈ボースン〉しかし、水爆があるのに何で銃器やミサイルを必要としたのか。大騒ぎを起こしてまで。 (藤原)それはパフォーマンスに過ぎないだろう。筋書き通りではないのか。ZEROの今後の行動は私には分からない。 〈暗黒〉初めまして、地獄の底から参加しました。私は地獄の日々を送ってきたと思いましたが、この世が地獄になってきましたね。いよいよ素晴らしい日々の始まりです。この世の最期を看取りたい。そのために自殺をやめにしました。自分の意志でなく他者に殺されるのもいいようです。蒸発したい。自分の意識が消滅するのが素晴らしい。死にたい。ああ、この意識がたまらなく嫌だ。 〈ボースン〉また変なのが入ってきたな。死にたいならすぐに死ねばいいのに。この世の最期を看取るだと? 贅沢な奴だ。お前はそれに値するか? つまらぬ人生送っているのだろう。それが見て取れる。お前の意識など塵のようなもんだ。無いに等しい。 〈暗黒〉そうですよ。私は塵でしかない。でもその塵が世界の終わりを見られるかもしれないのは楽しいじゃないですか。私には世界の終わりを見る権利がある。今まで自殺は自分だけが死ぬのにすぎないと思って悔しかった。でも今度は皆を道連れですからね。人生に成功した人も失敗した人も全員平等に死ぬのは愉快ですね。 〈ボースン〉自分だけで死んで欲しいね。首をくくればいいんだよ。何の怖さもなく死ねるぞ。少し苦しいけどね。お前を相手にしていてもしかたない。  こういう冷やかしがいっぱいここには来る。彼はその度にうんざりした。ZEROがこういう輩を殲滅してくれればいいと思った。でも今、彼はそれどころ じゃない。 〈まこと〉今晩は、私はもう50代です。来月末までに死ぬことにしました。もう準備も終えました。私は表のサイトで長らくお世話になりました。ありがとうございました。心置きなく死ねる心境に達しました。 〈ココロ〉まことさんがいなくなると悲しむ人がここにもいるんじゃないかしら。 〈まこと〉私は主にロムのほうだったので。みんなの印象には残っていないと思います。私は鬱で家庭内で孤立しています。今、無職なので非常に居づらいです。私はトラック運転手を何十年も続けてまいりました。しかし鬱で何もかも失いました。妻とも離婚する日にちが決定しました。働けないとなると家族でさえ放り出すものなのですね。私は婿ですからよけい立場は悪いです。行くところがありません。この年になってインターネットカフェで寝泊まりするのはつらいです。未来がありません。死んだほうがましです。 〈ココロ〉子供さんがいらしたわね。なんて言ってますか? 〈まこと〉私の味方はいません。私は部屋に引きこもっていて食事も一人で食べます。今まで何のために懸命に働いてきたのかわかりません。私は完全に無視されています。 〈ココロ〉つらいわぁ、築き上げてきた人生が終盤になって破綻するなんて。私は今、妊娠中で子供は愛おしいものだと思っています。生きた証とでもいいますか。私は過去から未来へと必然的に流れて行く命の連鎖を断ち切らなくてよかったわ。 〈まこと〉そんなもの偶然です。セックスしたから子供ができただけでセックスが目的で子供は副産物のようなものです。私は子供を愛せなかった。だから子供も私を愛さないのです。私は家庭内の孤立が一番つらい。早く死ねっていう声が聞こえる。だからその願いに応えるのです。 〈ココロ〉少し妄想が入っているんじゃないかしら。家族はあなたのことを見守っているのかもしれません。あなたの妄想がこの現状を作り出しているような気がします。その果てに自殺するなんて悲しすぎます。 〈まこと〉妄想なんかじゃありません。もういいのです。一人で死んでいきます。自殺の準備はできていますから。 (藤原)自殺を来月末までになんて言っていますが、おそらくあなたはそれを伸ばし続けて結局出来ないと思います。来月末までになんて言っている連中に限ってその期間に死んだ試しがない。私たちと一緒に死にませんか。 〈まこと〉いつですか。 (藤原)明日ですよ。まことさん。確実に、苦しまずに死ねます。 〈まこと〉そうですか。どうしたらいいのか。 〈ココロ〉急ぐことないわ。今なら引き返せます。客観的に物事を見ることが出来なくなっているんだわ。妄想のために死ぬのですか。 (藤原)ココロさん、ここは自殺サイトですよ。自殺を奨励こそすれ否定はしません。自殺を全否定するならアクセス禁止になりますよ。 〈ココロ〉そうなってもいいわ。私はお母さんになって子どもを育てていきますから。もうこないわ。まことさん、考え直してね。さようなら。 (藤原)ココロさん、さようなら、永久に。まことさん、どうしようとあなたの好きですよ。自分の生死に迷うなんて愉快ですね。死ぬの生きるのとぐたぐたと言っているのはあまり好きではありません。生きるか死ぬかどちらかにしましょう。どうせ最後には死にますがね。どうですか、我々の仲間と明日一緒に死にませんか。あなたは一人では一生死ねない人です。 〈まこと〉ちょっと考えさせてください。時間がいります。 (藤原)あはは、そうでしょう。私はあなたが自殺しないほうに賭けますよ。接続を切ります。 〈イチロー〉ああ、もう全てが嫌だ。生も死も、存在も無も全てが嫌だ。消えたい。蒸発したい。生まれなければ良かったのに。それなら何もかも始めから無かったのに。俺の上に水爆が落ちて欲しい。 (藤原)あなたの願いは叶いますよ。イチローさん。水爆で蒸発して影すらも残らないでしょう。死にたい人間のためにこのサイトはあります。あなたも自分では死ねないタイプのようですね。我々と一緒に死にましょう。 〈イチロー〉俺が生まれなかったらこの世は存在しない。俺がこの世を産んだんだ。俺はただの大河の一滴じゃない。神である俺がこの世を産んだんだ。だが神も自殺したがるのだ。俺を殺してもいい。だがあなた達も消えます。そうですよね、あなた達は俺の夢のようなものだから。 (藤原)私にはあなたの存在が夢のように思える。ドブに浮かぶ塵芥のようだ。残念ながら消えるのはあなただけだ。消えればまだいい、蛆虫のわく腐敗した死体になるのだ。 〈イチロー〉どうですかね、死んでみなきゃ分からないね。あなたが先に死ねばいい。 (藤原)下らない、こんな話は。どうなんだ、死ぬのか死なないのか。 〈イチロー〉あなた達に殺されるくらいなら自分で死にますよ。  接続が切れた。 (藤原)明日の決行は中止する。  水爆の発射台は地下にあったが、水爆の発射される瞬間を衛星が捉えていていることがわかった。その基地を陸海空の軍隊が爆撃しに行った。すでに核兵器の使用は許可されていた。戦闘機が核ミサイルを発射すると、地上からの迎撃ミサイルがことごとく撃ち落とした。一斉に放たれる基地からのミサイルが米軍の軍隊を蹴散らして行った。水爆の発射台からまたしても水爆が発射された。その水爆は静岡県の上空で爆発し静岡県を壊滅させた。  米国の国防長官は日本の国防大臣と険しい顔を付き合わせていた。このまま日本が破壊されていくのを見過ごすわけには行かない。 「何故日本人の彼らがあれだけの核ミサイルを持っているのか」 「中東の核が流れているものと思われる。ZEROと称する者との関係はわかっていない。危機だ。日本は神武天皇以来の危機に面している。列島が壊滅する」 「多国籍軍がZEROに対して総攻撃をかけるところだ。質量共に圧倒している。制圧するのは時間の問題だ」  先制攻撃に驚愕した日米政府は長期戦になることもなく勝利を収めると目論んでいた。だがZEROの基地は陥落することはなかった。基地の周囲をシールドが覆っていた。多国籍軍の攻撃はことごとくシールドに跳ね返された。基地から放たれるミサイルは的確に相手を破壊していった。そしてさらに水爆が宮城県を襲った。宮城県は壊滅した。  富山県に潜伏していた藤原たちは息を潜めて成り行きを見守っていた。テレビの中で多国籍軍の核ミサイルが基地に降り注いで凄まじい白煙があがっていた。しかし基地はびくともしなかった。  ZEROは座禅を組んで無を感じていた。無こそこの世で信じられる唯一のものだと考えていた。存在と生は余計なもの、元の無の世界へ回帰すべきだと思っていた。その道のりは決してたやすいものとは思っていなかったが、死の世界へいくのは容易だと考えていた。自殺は死と無をもたらす素晴らしい行為だが、それは当人だけのものだった。客観的な死と無が必要だった。宇宙を消滅させるにはまだ困難があった。生は脆いが存在は強固だと考えていた。彼らは地球を何回も壊滅するだけの核ミサイルを保有していた。地球の中心へ核ミサイルを大量に打ち込む計画があった。  親衛隊のリーダーはかつてZEROに救われた。渋谷でホームレスをしていたところを拾われた。リーダーをSとする。Sは空虚な目で、近づいてくるZEROを見ていた。ZEROはSの破壊への意志を感じ取った。空虚な目の奥に光る輝きを見逃さなかった。ZEROはSに語りかけた。 「Sよ、この世を破壊したいと思わないか? 罪悪に満ちた異常な世界を焼野原にしたくないか。この現代社会をリセットして敗戦時のあの荒廃を再びもたらしたくないか?」  Sは言った。 「途方もない話しだ。あなたが私の内に秘めた願望を見抜いてくれたのには感謝する。しかし私には何も出来ない。無力感に打ちのめされている。かつては学生運動をしていた。だが権力側を揺るがすことは出来なかった。B29を竹槍で落とそうとするようなものだ」 「分からんかな、そのために核がある。君たちの従来のやり方ではとても体制を変えるわけにはいかない。手ぬるいんだよ。核を使うべきだ」 「核なんて、手に入るものか。俺もそれを考えた。だが無理だった」 「君たちが手に入らなかったのは、やり方が悪かったからだ。何事にも想像も出来ない裏があるんだよ。そこで今、水爆を大量に作らせてやっている」  Sは今までの蒼ざめた空虚な表情から急に覚醒したように表情が変わってZEROの袖をつかんだ。 「我々の革命は頓挫した。だが再び発起できるのだろうか」 「私の革命はあくまで死の革命だ。生き残った我々は集団自殺する。体制を倒すのが目的ではない。国民を一人残らず殺す。海外は地球ごと破壊する」  Sは急に顔色が曇った。 「我々は理想社会を目指していた。だが敗北した。今の社会は悪烈だ。だが死を賛美するのはどうだろうか。死も敗北ではないだろうか」 「死が重要なのではない。無が重要なのだ。我々全ては死んで無を体験するだろう。その前に私はこの世を消滅させたい」 「無がユートピアなのか。幸せで平等な格差のない社会を築き上げるのが我々の使命だった。誰もが幸せに生きて最期を迎える社会こそ私の理想だ」 「虚構だ。生きること自体があり得ない。地球の数億人が飢えているのに幸せな笑顔ができるのか。神がいたならば人々の不幸を嘆いて自殺するだろう。飢えで死ぬのはすごくつらいことだ。君にそれが想像できるか? 炊き出しで喰っている君らに。嘘で塗り固めた現状を訴え生活保護を受けることが何よりも目標の君らに。無しかあり得ない。生も死もどちらも腐っている。死体こそその象徴だ。その湧き上がる死臭が存在の虚しさ、けがわらしさを示している。死体が焼かれて煙と灰になってもその粒子は無くならない。それは巡り巡って新たな生を生み出すだろう。私はこの循環を断ち切りたい」 「私の心にも魔物が住んでいる。全世界の幸福、実はそんなことどうでもいいんだ。私は今はこのホームレスという現状を抜け出すことにしか関心がない。隣人も愛していないしむしろ全ての人間を嫌悪している。憎んでいる。この社会に鉄槌が下ればいいのだ」 「本音が出てきたな、人間とはかくも複雑でやっかいな生き物だ」  ZEROは地べたをはいながら自分を見上げるこの青年に関心を持った。  またも水爆が長野県に落ちた。長野県は一瞬にして焦土と化した。日本政府は一向に埒があかない多国籍軍の無意味な攻撃に焦りを感じた。「もし、このままだったら」という、日本国にとって二回目の無条件降伏が頭をよぎった。だが何回も無条件降伏ができるわけではない。ZEROがそれに応じるような人間ではないことをうすうす感じている閣僚もいた。政府は北海道の釧路で指揮をとっていた。総理大臣は何としてでもZEROと交渉のテーブルにつきたかった。そのためにテレビで何回も呼びかけていた。 「君たちの要求は何なのだ。我々はできる限りそれに応える用意がある。我々は話し合いで解決したい。無駄な暴力は日本国を破滅に追いやり、君たち自身も破滅する」  その翌日、釧路に水爆が落ちた。  再び日本政府は全滅し新しい内閣が招集された。  新しい総理大臣を中心にして喧々諤々の議論が展開された。 「多国籍軍が歯が立たないなら降伏すべきだ。こんなことは日本国始まって以来の危機だ」 「相手の要求が分からないのに降伏する馬鹿がどこにいる。今こそ落ち着いて行動すべきだ」 「日本は全滅してしまうぞ。日本が地図から消滅する事態に陥ったらどうするのだ」  アメリカとはこれまでも何回も会談してきた。米政府の中には彼らが現代科学を超えたテクノロジーを持っているとして地球人説を否定するものも現れた。だが何故日本が狙われているのかが誰にも分からなかった。日本を全滅したら次はアメリカだというデマもではじめた。  ZEROの親衛隊が大挙して青森の「テレビ青森」を占拠した。親衛隊は毎日10名の女子アナやテレビ局員を殺す様を放送した。男性も女性も全裸にされて男性は睾丸とペニスを切断され、女性は子宮とともに女陰をえぐり取られた。そして最後は絶叫のままに心臓を一突きされた。その映像は24時間流され、国民を恐怖に陥れた。  だが、国民の中にもこの光景を楽しんでいる人がかなりいた。画面から流される空前絶後の映像を楽しみに待っている人が大勢いた。サディスティックな性格の人や攻撃的な人は、処刑の時間が不定期なので24時間テレビの前に釘付けになった。  藤原が新垣に言った。 「セックスするな、産むな増えるなというメッセージだよ。無に向かって突き進んで行くのがZEROの信念だ。生殖行為はその快楽で人間を醜悪なケダモノに変える。清楚な女性が男の前で大きく足を広げ、犯され、その結果、子供が産まれ増えていく。それを断ち切らなくてはならない。夫婦であろうと恋人同士であろうと暴漢に襲われようとやることは同じだ。全てのセックスが犯し犯されの関係にある。セックスとは汚らわしい生そのものである。いずれセックスは処刑の対象になるだろう。その前に楽しんでおきたまえ」 「ふざけないで。ZEROの独断と偏見だわ。やめるようにできないかしら」 「君は本当に心からそう言っているのかい。君はもう多くの死に立ち会った。共犯なんだよ。人間は残酷を嫌うと同時に愛する生き物だよ。不条理な人間という生き物が地球を支配している。我が物顔に。人間は万死に値する」  新垣は自分の心に聞いた。彼女も様々な矛盾する要素でできている人間の一人だった。彼女はZEROのことをよく知らなかったが、心の奥底ではZEROを求め愛していた。彼女は愛と憎しみの心が同時に存在し得た。生と死は彼女の中では両立し得た。人を愛すると必ず殺したくなった。苦しんでいる人を見ると助けないではいられなかった。その複雑な心のあり様が彼女を苦しめていた。  藤原はZEROに感化されていた。ただ一点、存在が先か、無が先かという命題を除いて。それは極めて大きな隔たりだった。自身の、地球の、宇宙のルーツに当たるものだったからだ。それは科学がどんなに発達しても解けぬ命題だと思った。宇宙は何故存在するのか。それは信仰に似ていた。ZEROにとってもそれは同じことだと思った。藤原は自分が死ぬ前にそれを解明したいと心から思った。みんな表面的な生を生きている。夢の如きはかない生を。覚醒したい、覚醒しろ。  藤原の携帯電話がなった。ケンジからだった。 「俺は人を殺したい。殺人の快楽が俺の心を揺さぶる。人が死ぬ時のあの絶命の瞬間は美しい。人を殺すために俺は存在しているようなものだ。人間は醜い。体も心も醜い。人間を縦横に切断したい。切り刻みたい。欲望が俺を突き上げる。藤原よ、俺は死にたい。だが優子と一緒に死にたい。前にオフ会をやっただろう。その時に現れた優子の美しさに心の底から惹かれた。俺はあれほど清純な女性に会ったことがない。優子の素晴らしさを一番理解しているのは俺だ。彼女を殺して俺も死にたい」 「それは君の自由だ。私に電話をかけるほどのこともない。よくある話だ。だが恋に落ちて死ぬなんて馬鹿な話だ。男も女も互いに異性に愛される価値はない。彼女を理解しているなんて言っているが誤解だ。恋は誤解に始まり、誤解で終わる。顔の美しさなんて皮一枚だけのものだ。心も同様。みんな自己愛性人格障害だ。君は彼女を愛している自分自身を愛しているのだ。君はいろいろと我々の役にたってきたが残念だ」  松山ケンジは大沢優子の通う大学の正門を入った。彼は彼女の呼吸した息を吸っている自分を感じた。そこらじゅうに彼女の存在を感じた。事前の彼の調べによると今、英文学の講義を受けているはずだった。彼は教室の外で待った。高鳴る胸を感じていた。しばらくして講義が終わり、ぞろぞろと学生が彼の前を通り過ぎた。彼はその中に大沢優子を見つけた。その純真な美しさに彼は目が眩む思いだった。彼は自分には彼女を殺すだけの正当な理由があるのかと震える心で考えた。彼には何故、彼女が自殺サイトなどというものに関わっているのかが分からなかった。彼は彼女には高みにいて欲しかった。何故、楽園にいる彼女が下界に降りてきてしまうのだ。地獄の底を這いずる俺が彼女を殺すことが許されるのか。彼はナイフを握りしめた。しかし心が拒否した。 『俺には優子を傷つけることはできない。俺の殺意は俺自身に向かっている。一人で死ねばいいんだ。何故、彼女を巻き添えにできよう。彼女への愛は神聖なものだが余りにも強引過ぎる。俺には理がない』  ケンジは通り過ぎてゆく彼女を見送った。そして死への旅路へ出た。北上し東尋坊へ行った。ある朝、崖下に浮かぶ彼が発見された。 〈ボースン〉ケンジが死んだな。馬鹿なやつ。優子にのぼせて一人っきりで死んでしまった。死をなんだと思っている。女のような毛虫の化け物に熱を上げて死ぬなんてどうかしている。優子には甚だ迷惑な話だ。 (新垣)ボースンには分からないわ。永遠にね。ケンジはそれだけ純粋だったのよ。もう何人も私たちの敵を殺して疲れたんだわ。

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