水瀬なつみの部屋はB棟の304号室であった。 知可がノックもせずに無言でドアを開くと、なつみが胴元となってカード賭博をやっていた。 5人部屋に10名もの女どもが詰め込まれている。みな、知可の顔をみるとそそくさと逃げ出した。 牛乳瓶の紙の栓ががなつみの膝元に渦を巻いて集まっている。 どうやらこれが紙幣の代わりのようだ。学園内だけで通用する仮想通貨といったところだろう。 なつみはばつの悪い顔をして紙栓を集めて袋に入れた。 「おまえにノミ屋の才能があるとは思わへんかったで」 凄みをきかせてなつみの真正面に座り込む。 「なにが『友達になろうよ』や。これやから東京モンは信用でけへんわ」 「あたしは横浜だけど……」 「でた、地域名。そこは神奈川でええやろ。兵庫のやつもおなじや。必ず県庁所在地をいいよる」 「……綾子がゲロしたのね」 「そこはええやろ。話を前に進めよか」 「前……?」 「どんくらい稼いだんや?」 「あんまり……。みんな里美に賭けたから」 「……なるほど。大方の予想通りっちゅうわけか、胸くそ悪い。 ほな、今日のところはこんだけもろとくわ」 知可はなつみを突き飛ばすと、背中に隠したビニール袋を取りあげた。紙栓がぎっしり詰まっている。 「や、やめてこれは!」 「ファイトマネーや。なんぞ文句あるんかい?」 「いや、それは……」 「それはなんやねん。ウチら闘犬ちゃうぞ。これは正当な対価や」 「…………」 「ほな、文句ないやろ。換金はどこでやってん?」 「月末に……。A棟の娯楽室で」 「作業賞与金がでるころやな。じゃあ、月末になったら案内してや。約束やで。友達のなつみちゃん」 そういうと知可は振り返りもせず、なつみの部屋をでた。 シャバでも友達の類いはできなかった。ましてや、こんな掃きだめのような場所でつくれるはずがない。 (まあ、ええか。カネは手に入った) 裏切りには慣れている。知可はさっさと切り替えて保健室へともどってゆくのだった。この仮想通貨であることをするために。 第11話へつづく
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