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子供天狗は、取り憑かれた様に毎日童わらしの様子を見ていた。 それで気付いた事は、わらしが女である事、体が丈夫である事、そしていつも笑みを浮かべているという事。 子供天狗にして見れば、何が楽しいのか全く分からないのだが、歩いている時も、畑の土をいじっている時でさえも、常に笑みを浮かべている。 初めは、わらしの身に何か良い事があったのだと思った。しかし、わらしの毎日は変わらない。 子供天狗の目が届かない、家の中で何か楽しい事があったのかもしれない、そうも想像して見たのだが、わらしは毎日は特別変わらない。 朝起きて、延々歩いて、畑へ行く。そしてまた延々歩いて家へ帰る。 畑をいじって暗い夜道を帰る事になった時も、雨がたくさん降って畑が水浸しになった次の日も、どんな時でも笑みを浮かべている。 そのうちわらしの顔そのものが、そういう顔なのだ、という事に気がついた。 笑っていなくても、口の端が笑った時のように上に向かって上がっており、そのおかげで笑ったように見えるのだ。 「なるほどな!」 山ギツネに紹介してもらった山のふもとの横穴近くにある高い木の上から、これまた山ギツネに貰った遠くを近くに見る筒の道具を片目にあててわらしの姿を見て、熟考した結果つぶやいた。 木の下では、そんなあやしげな様子を見守る山ギツネの姿がある。 「なぁ天狗ッ子」 山ギツネが声をかけるが、子供天狗に降りてくる気配は無い。しかし、山ギツネがいる下を向いたものだから、山ギツネは話を続けた。 「お前、隣の天狗の里に行くんじゃろ」 木の上の子供天狗は頷いた。 「こんな所で止まっていて、いいんか」 子供天狗は頷かない。 「大事そうな巻物じゃったろ」 しばらくだまって動かなかった子供天狗は、突然、木の幹を抱えるようにして滑り落ちて来た。こすれる胸とふともも部分はまだ衣服が守っているのでいいが、腕と足首あたりは思い切り木の皮に擦れている。これは血が出るぞ、そう山ギツネは確信したが、しかし降り立った子供天狗の腕や足首は赤くはれているだけで血は出ていなかった。 「あの山が通れんのだ」 擦れてついた木の皮の破片をはたき落としながら子供天狗は言った。 「あの山は今、烏天狗からすてんぐ達が結界を張ってる。少し前に出た鬼のせいだ。」 「鬼?」 「そうだ。烏天狗からすてんぐ達が言うには、かなりの数が東の山の方から来てるらしい。」 鬼はどこにでもいるが、どこにでもいない。鬼は大体単独で行動し、居る所にはいる、いない所にはいないものだ。 「鬼は何をしに来とるんじゃ?」 「天狗と喧嘩する為だ」 「天狗と喧嘩か」 天狗と鬼が喧嘩などすれば人間達にも被害が及ぶのではないかと山ギツネは予想し、もしそんな事になればまた地蔵様たちが大変な思いをすると心配した。 少し前の災害の時にも、朝から朝までずっと、人々のうめきが地蔵様達の間を途切れる事なく流れ、仕える山ギツネにとっても耐えがたい辛い日々であったのだ。 「鬼が結束して来るのか」 「鬼の事は俺もよく知らんけど、聞く限りそんな感じだ」 鬼は鬼同士、争う。鬼同士が協力して天狗と争うなど聞いた事がない山ギツネは、頭を捻った。 しかも、鬼一体が暴れるだけでも山が揺れるというのに、かなりの数で攻めてくるというのであれば、かなりの大ごとになるのが目に見える。 「大天狗だいてんぐ様もあっちこっち飛びまわってる」 大天狗だいてんぐは天狗の中でも最高位の天狗である。その天狗が飛びまわる程の争いが起きようとしているということに山ギツネは震えた。 「一体喧嘩けんかの理由はなんじゃなんじゃ?」 山ギツネの問いに、子供天狗は答える事が出来なかった。理由は明白、知らぬのだ。 「俺は、この間の南の大天狗だいてんぐ様が封じられた事が原因じゃないかって怪しんでるけど、ほんとの所はわからない」 子供天狗は両手を後ろに組み、背筋を伸ばして語った。 「あの時は烏天狗からすてんぐ達がいたる所にいて人間達は怯えていたなあ」 南の大天狗が何者かの手によって巨石に封じられた際、その事態を各地の天狗の里に伝えるため、烏天狗からすてんぐ達は休む間などなく飛びまわっていた。 「えらいことになるな。お互い気をつけようじゃないか」 少しの間をおき、山ギツネは再び聞いた。 「しかしお前、天狗のくせに飛べぬのか??」 子供天狗はなんと答えるべきか悩んだ。 「飛べないのか、とは不思議な問いだ!天狗といえど、みんなが飛べる訳じゃない。」 「天狗は皆、飛んでいるとばかり・・・」 「それは勝手な思い込みだ、改めてくれ」 天狗は飛べる、それは確かだ。子供天狗が飛べないのは、修行が足りていないだけなのだが、それを言うのは子供天狗の小さなほこりが許さなかった。 「ではその巻物は、飛べる天狗に預ければよいのでないか?」 山ギツネの提案を聞いて、そんな方法があったのかと子供天狗は驚いた。 「なるほど、考えつきもしなかった」 通れない道は通れるまで待つ、そう思っていたのだった。 「月が出たら、烏天狗からすてんぐの所に行ってみよう」 太陽が出ている内は、わらしの様子を見なければいけない。 「・・・そ、そうか」 その夜、わらしも眠りについた頃、子供天狗は動き始める。木々を飛び渡り、時々落下しながら。 烏天狗からすてんぐが集まっている所まで行くと、丁度、見回りの烏天狗からすてんぐ達の交代の時間だったようで、これから帰る烏天狗からすてんぐに声をかける事ができた。 「なぁ、なぁ。この巻物、隣の里まで届けてくれないか?」 突然、声をかけられた烏天狗からすてんぐは、見知った顔の子供天狗に近づいてきた。 「なんだ、どうした、まだこんな所にいたのか。すでに5つの山は越えている頃だと思っていたぞ」 「烏天狗からすてんぐ達の結界で通れないんだ」 子供天狗の言葉に、烏天狗は首をかしげた。子供天狗が通れない結界など張っていないはずである。 「どこの事だ??」 子供天狗は道案内をし、その場所へ行くと、沢山の岩がかなりの広範囲に渡って敷き詰められていた。 「なんだこれは」 「結界ではないのか?」 「違うな、結界は目には見えぬものだ」 岩はどこかから転がって来ているようである。こうして見学している間にも、岩達の上を新しい岩が転がってくる。 烏天狗からすてんぐであれば空をひとっ飛びかもしれないが、木々を飛び渡るのも危なっかしい子供天狗には無理である。岩の上を走ったとして、転がってくる岩に気づかずに、どこかでつぶされる事だろう。 「書物をここに」 烏天狗からすてんぐは書物を寄こす様、爪の尖った、大きな手のひらを広げて子供天狗に向けると、待ってましたとばかりに巻物をその大きな手に乗せた。 「ん?これは・・・」
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