その日、夕方にみどりと中田は屋上にいた。中田とは「友だち」なので、こうして時々屋上で話す。何でもない会話をするのが苦手なみどりだが中田は聞き上手話し上手なのでよく話せる。しかし、中田の本当に聞きたい話はそんな話じゃないよねとみどりはわかっている。その通りで、たわいもない会話のあとに、中田は核心を聞いてくる。 「あの…、なにか伝之助関連であったかしら?」 「とくには…。あっ、先週に伝之助くんの「学園」に行ってきました」 みどりは思いついたように報告する。 「あるじゃない!しかも、先週?なんで早く言わないの!…で、どうだったの?」 中田はややお怒り気味ながら聞いてくる。何だか中田さんはイメージと違うような…と思いながらみどりは答える。 「楽しかったです」 「あなたが?」 「あっ、いや、伝之助くんは楽しそうでしたというか楽しいって、いってました」 「学園って養護施設でしょ。なんていうか…大変じゃないの?」 中田は物理的な意味で大変っていってるんだとみどりは解釈する。 「大変そうには見えませんでした」 「なんていうか…、ものに不自由とかしていなかった?」 「なんでもありました。でっかいTVもあるし、最新のゲーム機もありました。本もたくさんあります。音楽室まであって,機材も充実してました。学用品や文具も新品です」 中田は「そうなんだ…。で、伝之助のそばに人はいるの?」とさらに聞いてくる。みどりはおそらく精神的な意味での人だなと理解して説明する。伝之助にはギターの師匠と仰ぐ女優のような美人の職員さんがいて、とても仲良くやっていると。また、よくわからないが、電話友だちもいるらしいと。何より、伝之助も他の子どもたちもみんな笑顔だったと。 その話に中田は驚いた感じで聞いてくる。 「あの伝之助が笑顔だったの?」 「はい、とってもいい笑顔でした。それで…、わたしも笑顔になりました…」 みどりは少し恥ずかしそうに答える。 中田は話を聞いて目を伏せて言う。 「わたし、なんにも知らないんだな…。こんなに勉強してるのにね」 「わたしもこの目で見るまで知りませんでした。中田さんと同じです。勝手に大変だって思ってました」 みどりもそうだった。正直なところもっと大変な場所だと思っていたのだ。 「じゃあ、伝之助は何も不自由してないのね…。人もいるのね。わたしなんかいらないわね」 中田は自嘲気味に言う。 「そいは中田さんが見て確かめるしかなかと思います」 みどりは即座に否定した。中田は聞き返す。 「えっ、どういうこと?」 「今回のことで少し思いました。自分の目で確かめたものは「真実」なんだって…」 「どういうことかしら?」 「あの、岡倉君は「今」が好きみたいです。ばってん、何げない話の中でも、「過去」のこともよく出て来るんです」 「えっ、例えばどんな?」 「子どもの頃、夕方に友人の家で一緒に再放送のガンダムを見ていたんだとか、よくお父さんと友人と一緒に絵本を読んで大笑いしていたって…。とっても大切な思い出みたいで、本当にいい笑顔で話すんです」 中田はその言葉に顔伏せてつぶやく。 「伝之助、そんな昔のことを覚えてくれてるんだ…」 「うちはそういう伝之助くんをこの目で見てきました。過去の話をする伝之助くんも、今を学園で過ごす伝之助くんも…。たぶん伝之助くんの一部だとは思います。でも、この目で見て聞いたことは「真実」だとうちは思います。だから、なんていうか、中田さんも…」 みどりは自分でも偉そうなこと言ってると気づき、口ごもる。中田は顔をあげてみどりをじっと見て言う。 「うじうじしてないで、自分の目で確かめろ。それはどんなささいなことでもばかげたことでも自分にとっては「真実」ってことね…」 「す、すいません、うちは何も知らんのにえらそうなこつを…」 「ううん、いい話を聞いたわ。そうか、そうよね。みどりさんはいいこと言うわね。あなたと話してるとなんかいつも気づかされる。とっても楽しいわ!」 中田はとてもいい笑顔を見せる。中田のその言葉がみどりには嬉しかった。理由なんて考えなくていい「なんか楽しい」。それはわたしもだと思ったのだ。 「そんな、うちは、話すの苦手で、中田さんが聞き上手ですけん…」 照れながら答えるみどりに中田は言う。 「わたしが?そんなことないわ。わたしが一方的に話しているだけよ。そうだ、みどりさんも何か聞きたいことがあったらどうぞ!」 そう言われてもな…と思いつつみどりは思い当たる。 「あの…、中田さんは伝之助くんに電話しとりますか?」 「えっ、ないわよ。電話できてたらこんなに悩まないもの」 中田の言葉にみどりもそりゃそうだと納得する。 「みどりさんは、電話してるのよね?」 「あっ、最近はしてないです」 正直に答えるみどりに、中田は意地悪そうな目で言う。。 「最近は…ってことは、前はしてたんだ。そうか今は直接だものねー。そこはもっと詳しく聞きたいわ」 「えっ、そんな、どうでもいい話してるだけですけん」 やぶへびだったなと戸惑うみどりだが、その日は二人で仲良く日が暮れるまで話したのだった。