みどりはその後、「掟」を守って、岡倉とは最小限のコミュニケーションで平穏に過ごしていた。もともとみどりも社交的ではないので、それでよかった。しかし、やっぱり岡倉とは席が隣なのでつい見てしまう時がある。なぜなら、この男ツッコミどころが満載なのだ。 まず、無表情。さらに長身でルックスもよく、いかにも運動ができそうなのに、運動音痴…。身だしなみも適当で寝ぐせもよくある。そしてなにより勉強というものを全くしない…。授業中も何かを読んでいる。教科書は…なぜか無い。先生もあきらめている感じだ。なのに、1年の時は学年長だったと他の女子から聞いた。学年長とはこの地区の学校独特の制度で学級委員の長。学年の代表だ。当時は学級委員は成績トップのものが先生のご指名でなる。しかもその中の長。ということは1年の始めは成績トップだったはず。なのに、今の岡倉は、その勉強態度の通りのすさまじい成績…。2学期の中間テストでは5教科合計17点と言うスコアをたたき出したという話を女子から聞いていた…。かといって勉強ができなさそうには見えない。よく本を読んでいる。というか、授業中はほとんど読書だ。 実はみどりは時々岡倉が読んでいるものに興味がある。岡倉は小説などをよく読んでいるが、時折楽譜のようなものを読んでいる。そして左手を動かしている、そう「バンドスコア」を読んでいるのだ。そのバンド名にとっても興味があるみどりだったが、当時、佐賀ではそのバンドが好きだというと親や周囲から「不良」と見られたので好きだということは隠していた。しかし、気になって仕方がない…。さらに、岡倉が今読んでいる小説は「ガンダム」関係。そう、みどりはアニメや特撮・マンガオタク。アニメの絵を描くのが大好き。特にガンダムが大好きだったのだ。 そんな感じで転校して来てから2週間が過ぎ、みどりがほんの少しだけ学校にも慣れてきた時、事件は起こった。事件といってもよくあることかもしれない。 みどりは一人でいるのが好きだし、何気ない話をする友人もできないので、休み時間もよく教室でアニメ雑誌などを読んで過ごしていた。これは佐賀にいたころから変わらない。そんなとき事件は起きた。 休み時間にみどりがアニメ雑誌を読んでいた時だった。男子二人が「何読んでんだー」と声をかけてくる。みどりはすぐに答えられない。ある理由があったから…。それが「無視」だと男子らは勘違いしたのだろう。その男子はかっとして「なんだよ、何とか言えよ。貸せよ」といってみどりのアニメ雑誌をうばう。思わずみどりは「返してくれん!(返してよ!)」と珍しく大きな声を出すが、方言が出てしまった。それを聞いた別の男子は笑いながらさらにいう「何語だよ?それに変な声だな。あーっおまえキバ生えてんじゃん。お前がアニメキャラだよ。アニメ雑誌なんか読んでよー、変なの、オタク!」。そう、みどりは声が幼いというか、アニメ声だった。八重歯もあったのでそれが「キバ」といわれたのだ。これが今までみどりが社交的になれない一因でもあった。小学校時代も男子に容姿や趣味のことでからかわれていたことがトラウマになっていた上に方言も出てしまうのでなおさらだ。 何も言えず立ち尽くすみどりに、水落が気づいて「あんたら最低だよ!百武さん、あっち行こう。こんなバカどもほっといてさ!」と雑誌を取り返し連れ出してくれ、「気にすることないよ!わたしもスナフキンって言われてるしさ」と慰めてくれた。みどりは、自分の容姿や声が嫌いだった。うちは容姿も少し太目でずんぐりむっくりやし、声は変やし、歯はとがっとるし…。ばってん、どうにもならん…といつも思っていた。まあ、でもあることだとあきらめてもいたのだった。 その日、みどりはCD屋さんに行った。当時はデジタルデバイスはまだない。佐賀では大都会だと思っていた佐賀駅の西友に大きなCD屋があったが、ここではさらに大きなCD屋がいくつもある。すごいなと思いながら、今日の嫌なことも忘れられるかも、今日はあのCDの発売日だけんねとCD屋に向かった。 CD店ではアニメコーナーに行く。というか、当時は「その他」というジャンルだった。ここだねと「その他」コーナーに行った時、あっとみどりは思う。長身色白赤毛の少年があるCDを手に取って見ている。初代ガンダムから最新のガンダムの楽曲を集めたCDだ。今日が発売日のみどりのお目当てのCDだった。少し固まっているみどりと岡倉は目が合う。みどりはなぜか無言で頭を下げる。岡倉も軽く会釈して手に持ったCDを戻し、どうぞという仕草をして去って行く。 みどりは、「あっ、あの…」と声を出すが、すぐにやめた。学校でのことがあったからだった。その後、みどりは無事CDを手に入れた。別に岡倉が買っていたとしても、在庫を店員に聞けば解決したかもしれない。しかし、みどりはそういうことが苦手だったからとても助かったと思い、CDを大事にかかかえて家に帰ったのだった。