みどりは教室のことを聞いてから、岡倉伝之助が気になっていた。好きとかではなく、お礼、いや感謝?の気持ちを伝えたいのだ。あの件以来、あの男子たちはみどりをからかうことはなくなった、というか近づかなくなった。まだ、男子は怖いし、マスクも外せない。でもCDの件もそうだし…、感謝の気持ちは伝えたいとは思っていた。 一方で、岡倉の「あの声も八重歯も素敵だ」という言葉は心に残っている。さらに「方言」。伝之助の言葉は間違いなくみどりのよく知る「方言」だった。なんで?とそこも知りたかった。 ある日、みどりはふと思いつく。今もそうかもしれないが、女子はよく小さな手紙を回す。正式なものではなくノートの切れ端などに書く。それで伝えようとみどりは思いつく。へ理屈かもしれないが、「岡倉と口をきいている」わけではないから「掟」は守られているのではと思うのだった。 しかし、実際に行動に移そうとすると難しいことがわかる。ノートの切れ端に感謝の長文など書けないし、呼び出せば、女子の「掟」があるのでどうなることやら…そんなことを思っていた。しかし、転機は訪れた。 ある日、岡倉はいつものように授業中、あのバンドのバンドスコアを見ていた。相変わらず左手が変な動きをしている。岡倉は無意識に小声で「タタタタタタタン、テレテレ…」という謎の言葉を発しいている、無表情で…。その謎の言葉にみどりははっとする。ギターソロ…、みどりの大好きなバンドの曲のソロだった。みどりは思わずその曲名を小さい声で呟いてしまった…。瞬間、とび色の目がみどりを覗き込む。一瞬見つめ合う形になるが、岡は顔を赤くして目線をそらしてまたスコアに目を向ける。 みどりはすぐに意を決してノートの切れ端に「あの曲のソロだね」と書いてちぎってみんなに見つからないように岡倉の机に置く。岡倉は紙を見てぎょっとした目をするが、中を読んで、少し何か考え、ごそごそ、机からプリントを探し出し、裏面に何か書いている。どうやら返事をくれるらしい。みどりはもう授業なんか頭に入らない。気になって仕方がない。やがてそっと岡倉から、ちぎったプリントのような紙で返事がくる。どきどきして開けて読んでみると、そこには「正解です。百武さんも好きなの?」とあったのだった。