あいがと
22【入院】

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 転校して2か月。春の気配も少し感じられるようになったころだった。中田や岡倉と言う友人もでき、クラスにも少しだけなじんできたみどりは学校が楽しくなってきた。そんなころ、みどりの家では事件は起きた。母が2週間ほど入院することになったのだ。妹が就寝したあと、みどりは母からその話を打ち明けられた。  母は娘の前に正座して語る。母は最近胸が痛いし、めまいもあった。先週、職場で体調が悪くなり、病院にいったという。そこで精密検査となった。検査の結果、母は心臓が悪くなっているということだった…。至急、心臓の血管を太くする手術をしなければならないと母はいう。  心臓の手術と聞いて驚くみどりに、母は「迷惑かけてごめんしゃい」と頭を下げる。みどりは母が娘に頭を下げたことに驚いた。でも、もっと驚いたのは、母が泣いていたことだ。母はみどりが言うのもなんだが、真面目で折り目正しい人。気が強いほうではない。父が当たり散らしてもじっと耐えているような人。泣いた姿を見たことはない。父と別れを決めた時もそうだった。その母がみどりの眼前で正座をして頭を下げて泣いている…。事の重大さを知ったみどりだが、その「事」は入院ではない。母が体調を崩すほどつらかったという事実だ。おそらく母は誰にも相談もできずに慣れない仕事をしていたんだと思う。近所に知り合いもいない…。  みどりは母が大好きだ。いつも「世間様にご迷惑をかけないように」が口癖でしつけや挨拶などは厳しいときもあるが、わたしらに八つ当たりなどしたことはない。いつもわたしとあかねのためだけを考えてくれている…。そんな母の気持ちを思うといたたまれないみどりだ。 「お母さん、大丈夫ばい!うちは今年で15歳ばい。『15でねえやは嫁にいく』ってあるけん、家事はできるって。お母さんはゆっくり体を治して」  みどりはとにかく母を心配させたくなかったのでそう言う。お母さんはまた頭を下げて言った。 「ごめんしゃい…」  真新しい畳にはしずくがポタポタ垂れる。そのしずくを見つめながら、もう、伝之助くんと話す時間はのうなるんじゃろうな…そう思うみどりだった。