翌日の帰り道は中田と二人だった。中田はふいにみどりに話しかける。 「ねえ、みどりーっ。なんか、わたしに相談あるんじゃない?」 「えっ…」 正美はエスパーなんだろうか?そんなことをみどりは思う。 「わたしは心配なんだけどなー。みどりは親友に心配かける子だったっけなー」 そういって少し意地悪い目つきで中田はみどりを見る…。みどりは思う。何か知ってる?もしかして伝之助が伝えた?伝之助と中田さんはすでに交際しとるとか…。じゃあなんで伝之助はうちと出かけるんじゃ?などいろいろ混乱するが、結局事実を伝える。来週の日曜日に伝之助が「池袋」を案内してくれることになったと。 中田はあまり驚きもせずに「そうなんだ。伝之助からか。そうかもね…」と言う。みどりには何がそうなのかわからない。 「で、伝之助に想いは伝えたの?」 中田は、水落のように伝之助を好きなのかは聞いてこない。というか、みどりが伝之助を好きと言うことは前提条件で聞いてくる。みどりは困ったように答える。 「えっ、…わからんばい。うちはただ「お出かけ」するだけやし。それに、伝之助くんのことは…、正美のほうが…」 みどりは、この前の中田と伝之助のことが気になっていた。しかし、さすがに親友でも、聞けない。しかし、聞きたい。そんな思いで口ごもってしまう。そんなみどりを見てふふっと笑いながら正美は言う。 「みどり、あなたにはあの日のことを教えるわ。その件ではいろいろお世話になったしね。それにあなたはわたしの想いも知っているしね」 そう言って中田は教えてくれた。 あの日、中田と伝之助は腹を割って話した。というより、屋上に着くなり、ノスタルジーに浸る間もなく、伝之助は「疑って、すまない!」と謝ってきたという。驚く中田に伝之助は詳しく語る。自分は中田を疑っていたと。自分を無視しろなんて命令は出していないことわかっていながら、もしかしたらと。それは、おそらく怖かったから。二人の友人がそれを気づかせてくれた…。これまで中田たちと過ごした自分の大切な思い出が壊れてしまうことを恐れていたと。情けない。そのことを謝りたいと。中田もすぐに謝ったという。自分は伝之助の人生をめちゃくちゃにした。命令を出していないけど、同じだ。許してくれなくてもいい。でも、謝らせてほしいと。伝之助は「お互いに謝るとかいらないんじゃないかな」と言い、中田も「じゃあ。思い出はそのままでいいのね」と言い、「うん」とうなずく伝之助に涙したという。 その話に、よかった、青春ドラマみたいだと思いながらもみどりは聞いてみる。 「で、その後は?」 「別に、そのまま解散よ」 「何かなかと?」 「そうね…。わたしとしてはブランコを一緒にしてほしかったけど、伝之助はそこは何もなかったわね」 「その後、急接近とか…」 「残念ながら、そのままよ…。コソコソ裏でとかないわ。お互いに同じ想いだったということがわかっただけでいいのよ。それに、たぶん伝之助はそういうことは6歳のまま止まってるような気がするわ」 「そうかも…」 そう言いいながら納得しているみどりに中田が聞いてくる。 「あの、わたしも聞いていい?」 「うん」 「伝之助が二人の友人が気づかさせてくれたって言ってたんだけど、一人はみどりでしょ?」 「まあ、そうなるのかな…」 そう言いながら、「友人」という言葉にうれしいようなちょっと寂しいような気がするみどりだ。 「もう一人って誰かしら?心当たりある?春子じゃないでしょ」 「そうだね、ハルはこの件はあまり関りはなかね。伝之助くんとは腐れ縁っていっとるけど」 「うーん、わからないわね。男子かしらね」 「そうかもだけんど。伝之助くんが仲のいい男子…そうだ、三橋君あたりに相談したんのかな?」 「ああ、そうかも。みっちゃん、でんちゃんの仲だし。そうだとなんか、わたしは、内容が筒抜けで恥ずかしいわね。三橋君は団地の6階だから」 そんな話をしながらも、みどりは、あれ?そういえば、なんだかこんなこと前にもあったようなとそんな気がしたが、まあいいかと深くは考えないことにした。 「で、みどり、わたしにまかせて!」 「へっ?」 「ここはがんばるところよ。大丈夫、幼馴染は伊達じゃないわ。あいつの好みはわかってる」 「あ、あのそれって」 「あらー、違うのかしら?デートでしょ。おしゃれしなきゃ。あいつに告白させるくらいにね」 そう言って中田はすごい眼力でみどりを見る。なるほど「番長」さんは伊達ではないなと圧倒されながらみどりは答える。 「あの…それはその時で、でも、実は、何着て行けばいいかは悩んでたんだ。うちは私服はほとんど持っとらんし…」 「来週の日曜日よね。まだ時間はあるわ。後は予算かしら?」 「貯金全部使おうと思うとう…」 「えっ、全部使うの?すごい…って、すごか」 「あっ、その、全部と言っても大した額じゃなか」 「ふふっ、勝負ってやつね。そうこなくっちゃ!」 中田は本当にうれしそうに笑った。 翌日二人は早速「新宿」に服を買いに行く。少しこじゃれた店。それまで、自分のお金で服を買ったことはなかったし、西友以外で服を買ったこともなかった。今までは服には機能性以外は求めてこなかったみどりだ。 中田はまるで自分の服を選ぶように吟味する。 「うーん、そうね。ねえ、マスクをとらない?」 「えっ」 「マスクをとった方がコーディネートしやすいのよね」 「そんな…、うちはすごいのじゃなくて普通なら…」 遠慮がちのみどりに中田はピシャリと言う。 「勝負でしょ!」 「…はい」 そういってマスクを外す。今思えば、この時からみどりはマスクをつけるのをやめた。なぜだかわからないが、マスクをしなくても大丈夫になったのだった。 中田は吟味を重ねエプロンドレス風の水色のワンピースを薦める。当時はスカートは短いものがはやってきた時だったが、中田が選んだものはスカートが長めなのでみどりはほっとする。 「さあ、試着しましょう」と嬉しそうに中田は言う。言われるままに試着して、みどりは出て来る。中田はじっと見て自信ありげに言う。 「どう?」 みどりは鏡に映る自分をまじまじと見る。なんだか自分じゃないみたいだ。よく考えたら制服以外でスカートをはいたのは何年ぶりだろう。そもそも制服以外のスカートを持っていないし…と思う。 「はい…いいです」 「かわいいわね。ちょっと嫉妬しちゃうわ…」 「でも、うちはキバあるし…」 「キバ?みどりは何を言ってるの?そこがポイントでしょ!」 「えっ?」 「まあいいわ、あとで教えてあげる。特別よ」 そんなこんなで服を手に入れる。その後は中田家で髪の手入れやら着こなしやらをする予定だ。なんだか中田の方が本気だ。帰る途中で中田は「キバがポイント」の意味を教えてくれた。 女性に全く興味がない「男の中の男」岡倉伝之助が唯一、惹かれた女性がいるという。それは某元アイドルで現在はシンガーソングライターで女優もこなす人。岡倉はまずその歌唱力と作曲能力に惹かれたようだが容姿も気にいってたようだ。 「小5の時、伝之助は、その人のCDのジャケットをニヤニヤして見てたもの。あんな伝之助を見たのはの初めて。ちょっと不気味だったわ」 「うち、その人を知らないんだ」 みどりは名前を聞いてもピンと来ていなかった。そんなみどりに中田はひらめいたという感じで言う。 「そうだCD屋さんによってみましょうか?わたしの言葉の意味がわかるわよ」 そのままCD屋に行き、中田は「ああ、これよ」と見せてくれる。そのとたん「あっ」とみどりは思う。そこには八重歯の似合う女性が笑顔でいる。 「そういうことよ」という中田にみどりも「そういうこつね」という。 「みどりに似てるわよね…」 「そんな…」と言いながらもなんか似てると自分でもわかる。 CDショップを出ながら「伝之助は頭の中はお花畑なのよ」と中田はいう。 「どがんこと?」 「ようは、少女漫画に出て来る典型的な清楚系の女性が好みね。たぶんそう」 なるほど、だからあの少しクラシックなスタイルのワンピースだったんだ。確かにあのCDジャケットの人もそんな感じが似合う人だった。さすが中田正美。伝之助研究の第一人者だなと思う。 「でも、うちはそんな感じじゃなか…」 「えっ、そんな感じよ。っていうかベースがそんな感じ。ふふっ、さっきのワンピース姿見ていけるかもって少しは思ってたでしょ?」 「あっ、いや…」 みどりには図星。やはり、この人はエスパー?と思う。 「まあ、それを確信に変えましょう。今からうちでね」 そう言って中田はウィンクする。この人はとってもかわいいなと思うみどりだ。 みどりは中田の家にあがる。中田の母に「いつもお世話になってしまって」と挨拶をするが、中田の母は「いいのよそんなこと、どうぞ」と笑顔で応対してくれる。いい笑顔だな…うちのお母さんも早くこういう笑顔になるといいなと思う。 わが家も中田家も同じ2DK…。昭和の典型的な狭い団地だ。中田は一人娘なので自分の部屋がある。みどりは中田の部屋には初めて入る。中田の部屋は女性らしいかわいい部屋。普段のクールな感じの中田とは違って部屋がかなり「女の子」らしいので驚いた。 どうぞ、とドレッサーに前に座らせられる。ドレッサーがあるのがすごいと思うみどりだ。 中田は「どんな感じがいいかしら?」とやっぱりうれしそうに聞いてくる。 「あの…やっぱり清楚系なのかな?」 中田はその言葉ににやりとして「わかってきたじゃない!みどり」とポンと肩をたたく。 ドライヤーに櫛、ブラシをかけて髪をいじる。大きな変化はないはずだが、なんだか雰囲気は大きく違う。鏡の中には別人がいるとみどりは思う 「どうかしら?」 「がばいすごか…。うちじゃないみたい…。魔法?」 みどりは思わずそう言う。そんなみどりにつぶやくように中田は言う。 「ふふっ、あいがと。でも、魔法でも何でもないわ。あなた、素材がいいから…。わたしさ、美容師さんになりたかったんだ」 中田の「なりたかった」というその言葉になぜ過去形?まだ中学生だし、なぜあきらめてるの?とみどりは疑問に思う。 「なるっばい。正美はこがん髪ん毛ばセットすっん上手なんやけん」 「ううん、いいの。自分で諦めたんだ」 みどりは、中田の「あきらめた」という言葉とその言葉を言いながらも暗くない様子に驚く。 「あきらめたの?」 「ええ、そうよ。ねえ、諦めるって漢字知ってる?」 みどりは習ってないな…と思いながら考える。 「すんましぇん。うちはバカやし」 「違うの、そういうことを言いたいんじゃないのよ。ごんべんに帝王の帝よ」 「はあ」 言われてみればそうかもと思う。 「これは「あきらか」と言う意味。諦観なんて言うしね。そう、真実をあきらかにすること。わたしはね、大学進学という親の希望も自分の希望だとあきらかにしたの。そう、自分で自分をあきらかにして決めたの。だって、それもいいと思ったもの。自慢じゃないけどわたしは勉強は好きなんだ。大学へ行って学んで自立していくの。まだ、大学でなにが学びたいかはわからないけど、何かいいことがありそうだってことだけはわかってるから。結局は「魔法」より「現実」を取っただけのことよ」 きっぱりとそう言う中田にみどりは、よくわからないが、この人カッコいいと思ってしまう。 「それよかて思う(それいいと思う)」 「あら、なんで?親の希望に流されたようなものよ」 「事実はそうだとしても、真実は違う。正美は、色々悩んで自分で決めた。親の希望を叶えることもそれが自分の真実だって自分であきらかにしたんやけん、問題なかよ。正美にはそれがでくっと、よかばい」 そう言って鏡に向かって笑顔になるみどりをじっと見る。 「みどり、あいがと…。そうよね、よかばい!」 そう言って笑い合いながらヘアメイクやら髪留めはどうするだの楽しみながら来るべき日にそなえたのだった。 今思えば、みどりが「美容師」になったのもこの日の「魔法」がきっかけ。あの日、中田の「魔法」に気分が明るくなったことは忘れられない思い出だった。高校進学の時、「迷惑をたくさんかけられてもいいと思える人になろう」という決意はゆるがなかったが、じゃあ、どうすればと悩んだ。その時、この「魔法」のことを思い出し、そして気づいた。自分自身が笑顔でいられることがあってはじめてそれができるんだと。今の自分があるのは間違いなく二人の「親友」のおかげ。今はそう思えるみどりだった。