そんな中学時代の話に花を咲かせ笑い合う二人。知っていること知らなかったこと、直接会うと色々と面白い話が聞ける。だが、みどりが一番聞きたい話はまだでない。そろそろかなーと、みどりは25年来の疑問の答えあわせをするべくハルに聞いてみる。 「ねえ、ハル、たぶんあなたは知ってると思うんだけど…、うちの長年の疑問なんだ」 「何?知ってることなら答えるよー」 ハルは明るく答える。 みどりはニヤリとして質問、というか疑念をここぞとばかりに一気にハルにぶつける。 なぜ、自分と岡倉がケンカした時、岡倉は自分と中田が友人だと知っていたのか。なぜ、あなたは最初から佐賀弁がほとんど理解できていたのか。中田が聞いた伝之助を気づかせたもう一人の友人とはだれなのか。なぜ、鈍感くんの岡倉が自分を誘ってくれたのか…。みどりは、ずいぶんと前から答えはおおよそわかっていたが本人の口から直に真実を聞きたかった。 みどりの質問にハルはやばいという顔をし、ため息をついて言う。 「みどりは薄々気づいてたんでしょ…、意地悪だね」 「まあ、ハルの性格から考えればそうかなって思ってた。でも、正美はまだ気づいてないよ。謎だってこの前も言ってたよー」 「…そうだよ、あの1年生のバレンタイン事件以降も伝之助と唯一連絡を取っていた女子がわたしだよ!」 ハルは語る。伝之助が無視されるようになる前も後も、ハルだけは伝之助に電話という方法で連絡を取っていたという。ハル曰く、「女子の「掟」なんて知ったことではないし、もしばれて女子に「掟」破りといわれようが、嫌われようが、伝之助との腐れ縁が切れないほうがわたしはいい。っていうか善之助さんの声が聞きたいし、亡くなった後も思い出していたい。それに正美が無視命令なんて出すわけはない。でも、バレて総スカンは怖いから電話のみで」と。 そして、みどりが転校してきた時も岡倉に「あんた長崎にいたんだからわたしに方言を教えてよ」と毎週1時間も電話で方言指導を受けていたらしい。だからみどりの方言を聞き返すことなく理解をしていたのだ。そんな感じで岡倉もハルにだけは心を許していたらしく、みどりとケンカした時に、あの岡倉がハルに電話相談をしたらしい。その時、ハルは「正美とみどりちゃんは友人なんだ。何も知らないでみどりちゃんがそんなこというはずはないでしょ。あの子は自分のかけがえのない友人を助けたい一心だ。なぜ気づかないんだ!あんたは二人の気持ちまで疑って、自分ですべてを壊すのか!この、ふうけもん!」と電話でたしなめたという。さらにみどりが去ることをふせながらも「伝之助はみどりをどう思っている?」とストレートに聞き「大切な友人だ」と答える伝之助に「じゃあ、大切な友人なんだからたまには二人で遊んだら?伝之助もそうしたいでしょ」とアドバイスしたという。 神妙に語るハルにみどりは満足しながら言う。 「やっぱりね…。で、善之助さんじゃなかと?」 みどりはここも聞きたかった。ハルは伝之助の父に惚れたというがあの時すでに伝之助のことが好きだったのではと思っていたからだ。 「そうだったんだけどね…、善之助さんが亡くなったときに伝之助のやさしさに触れちゃってね…。まあ、腐れ縁かもしれないけどさ」 少し照れながらハルは答えるが、みどりは、わざと正美のような口調で言う。 「それも詳しく聞かせていただけるかしら?もう時効だから何がでてもおとがめなしということで!」 ハルは観念したのか熱く語り始める。善之助さんが亡くなった時、ハルは猛烈に悲しんだ。葬儀にも参加したが、偉そうな大人がやたらと多い堅苦しい葬式で顔も見れなかった…。なんとしてもお別れがしたかったが、父との別れの時間すらゆっくり取れない伝之助の気持ちを考えるとなにもできなかったし、その時の伝之助は遠縁の家に預けられていて連絡先もわからない。悲嘆にくれるハルだったが、ある日、ハルの家の前に伝之助がいて声をかけてきたという。「よかったら、親父にあってくれないか。もうすぐお墓に入ってしまうし、あの家も消えちゃうから…」と。 ハルは「お願い、あわせて!」とすぐに頭を下げ善之助さんのいる「官舎」へ向かった。この部屋は伝之助が長崎に行く前も戻って来ても同じ部屋。思い出の部屋。そこで春子は、小さくなった善之助さんと対面したという。 「とても悲しいのに、泣けなくてね…。わたし呆然としてたんだ。でもね、伝之助が言ってくれたんだ」 テーブルを見つめてそう語るハルにみどりは聞く。 「なんて?」 「『親父、お気に入りの『ハルちゃん』が来てくれたよ。よかったね』って…、やっとわたし泣けたんだ…。善之助さんと最後のお話もできたんだ…。そして、あいつもやっと泣いたんだ…」 その話にみどりは驚く。今日、一番驚いた話だ。腐れ縁じゃなか、これは運命…。うちの入りこむ余地なんて初めからなかったと思いながら「そうだったんだ…」とつぶやく。 「その時からわたしはたぶん伝之助に惹かれていた。でも、きっと善之助さんの幻影を追いかけてるだけだよねって、ずっと思い込んでいた。まあ、正美とあんたがライバルじゃ、こんなスナフキンは相手にならならないよ」 まだスナフキンネタなんだとみどりは思いながら、憮然としてハルに言う。 「なんばいいよっとか。そのスナフキンが勝ったんじゃろ…」 そう、ハルは今は岡倉春子。ハルは高校1年の秋に岡倉と交際をはじめそのまま結婚していたのだ。 みどりの言葉にハルも憮然として返す。 「…そうだよ。でも、あんたとデートしてたじゃん」 あら、意外と嫉妬深いんだ…結婚して20年近くたつのにね。仲がいいんだなとみどりはちょっと嫉妬する。 「もう25年も前のことばい。それに、デートじゃなか。「お出かけ」ばい。伝之助くんは純粋に「友人」と遊びたかっただけ。あんたのアドバイスも効いたんだね。別れの時、空港で言ったばい、『うちは降りる』って。でも、正美にはもっと早く言えばよかったのに…」 そう、二人が高1の秋にそうなっていることを知らずに、中田正美は意を決して高1の2月14日にバレンタインチョコをもって岡倉の高校の駅で待ち伏せという典型的な行動に出た。そこで告白したが岡倉から「えっ、おれ、水落さんと交際してるから…」と、なぜ親友のお前が知らない?という感じで断られ玉砕したという…。その日に中田はみどりに悔し泣きしながら事情を報告。あんなに取り乱した中田は後にも先にもこの時だけだったとみどりは思うほど。その後、ハルと正美はしばらく絶縁状態…。しかし、1か月後にみどりの電話での仲裁とハルの土下座で仲直りとなったのだった。 「反省しているよ。あの時はみどりに迷惑かけたね。あいがと」 「迷惑はいくらかけてもいいばい!で、最後にもう一つ聞かせてよ」 「もう、なんでもどうぞ!」 「ハルはどがんして伝之助くんを?恋愛精神年齢6歳のあの伝之助くんだよ。幻影と思っていたのにどうして?そこんとこ聞きたか。結婚式でも語られなかったって正美はぼやいてたし」 ぐいぐい聞いてくるみどりにハルはあきらめぎみに言う。 「あんた、若いね…。今となっては昔の話。奇跡とあんたのおかげだよ!」 「えっ、うち?」 ハルは再び熱く語る。 高1のある秋の日、ハルは秩父にいたという。 「なんで?ハイキング?」 思わずみどりはつっこむ。春子は「いや、ある人に会いに…霊園にね」と答える。そう、ハルは、高校生になってから、善之助さんの墓参りを月1のペースで欠かさずしていた。岡倉から秩父の霊園に両親が眠っていると聞いていたからだ。別に岡倉家の実家でもない、ただの霊園。岡倉の父と母が一緒にハイキングした山が見えるということで父善之助が選んだ場所だと後に聞いたという。新宿から秩父はかなりの距離があるが、毎月一人で行っていたという…。 「花の女子高生が、休日に一人でお墓参り?伝之助が一緒じゃないの?」 「いや、一人だよ。電車とバスにゆられて2時間半。とってもいい景色の場所でさ、落ち着けるし気にいちゃってね。それに、一人のほうが色々話せるし、思い出せるんだ。わたしのことも、伝之助のこともね…。まあ、奥様も同席だからほどほどにね」 ハルの言葉にみどりは思い当たる。中田から岡倉とは別の高校に進学したハルが唯一の接点である渋谷駅で岡倉を捕まえては話しかけているらしいと聞いていたが、それは単なる恋愛感情だけではなくそのためだったんだ。ハルは、善之助さんを心配させないように、ちゃんと報告してたんだ…。その想いに心が温まる。 「あの秋の日、わたしはいつものように善之助さんに話しかけてた…。自分のことも伝之助のことも…。別に大した話じゃない。どうでもいい話。ふと、風が吹いて誰かが呼んだ気がして振り向いたら、伝之助がいた…」 ハルは微笑みながらそう語る。みどりも微笑んで「そっか…」と言う。 「わたしパニくっちゃってさ。でも、伝之助は『やっぱり、水落さんだったんだ…』って言った。その言葉でなんだか落ち着いちゃってね。わたし、伝之助に話したんだ。わたしの知ってる伝之助のこと。これまで善之助さんに伝えてたことをね。伝之助は黙って聞いてくれてた。なんだか、伝之助に話してるのか善之助さんに話してるのかわからなくなってた…やっぱり幻影を見てるのかなって思った」 「で、伝之助くんはどう反応したの?」 「今度からは一緒にこないか?って言ってくれた。その時ふとあんたの言葉が思い出された」 「なんだっけ?」 「見ていたはずの舞台に自分がいつの間にか立っている時がある。そんな時は今の自分がなんとかするしかない!ばい」 「ああ…あれか」 みどりは思い出す。でも、あの言葉はそういう意味で言った記憶はない。いつも自分を二の次にしてわたしや正美を気にかけてくれる春子への感謝だった…。でも、そのことを伝えるのはやめておこう、と思うみどりだ。春子はそんなことも知らずに話を続ける。 「わたし、その言葉を思い出した瞬間に、今この舞台に立ってるのはわたしと伝之助だけ、幻影なんかないってはっきり思えて、「うん、そうしよう。ずっと一緒にいよう!」って無意識に言っちゃったんだよね…」 「お見事!ハルはがばいすごか」 みどりは、そんな見事な告白があるんだと感心する。 「伝之助は、あのとび色の目を見開いてさ、「おいも、そいがよか!ずっと一緒がよか!」って方言で答えてくれた…。その後、一緒に帰ったんだけど、なんだか気まずかった…。まあ、奇跡だよね。もしくは善之助さんのお導きだね」 「違うよ。奇跡じゃなかよ」 「えっ、なんで?」 「ハルは幻影なんかじゃなくちゃんと伝之助を見てたんだ。で、伝之助もちゃんとハルを見てたんだ。それは奇跡じゃなかよ。奇跡だったとしてもそれを運命に変えたのは二人ばい!バリすごか話ばい。感動した!小説にしなよ!」 「いいよ。恥ずかしいよ。よくある話だよ」 「なかっ!そんな話は普通にはなか!」 年甲斐もなく恋バナで盛り上がるアラフォー二人だが、ハルはスマホの振動に気づき画面を見て言う。 「あっ、うわさをすればだね」 その言葉にみどりは思わずお店の入口を見る。少しして長身赤毛の男性と中学生くらいの女の子と小学生くらいの女の子が入って来る。 「ここなの?」 「そうだよ、ハルはどこだ?」 「ママはー?」 3人はそんなことを言いながらきょろきょろしている。 「こっちだよー、伝之助!」 ハルが声をかける。ふふっ、「パパ」「ママ」じゃないんだね。この人たちはそうだよね、そんなことを思いながらみどりは立ち上がる。とび色の目がみどりを見つけて近づいてくる。 「みどりさん。どーも」 「伝之助くん、あいに来てくれて…あいがと」 そう言って二人は最高の笑顔を見せたのだった。 おしまい