「お、おはようございますやの」 「まだ夜ですよ」 「ほんまや……。えっと、ごめんなさい、ウチ、急に、眠くなってしもて……先に寝てて……」 「別にかまいません」 小焼くんはティッシュケースをウチの頭のヘッドボードに置いた。微かに熟してない柿のような香りがしたの。これって、もしかして……もしかしなくても……。ウチは急に恥ずかしくなる。顔から火が出てるんやないかってくらいに熱くなる。きっと今、鏡を見たらウチは真っ赤になってしもてるの。 しゅるん、としらたまちゃんはベッドから下りて、小焼くんの膝の上に乗った。ごろごろごろ……嬉しそうに喉を鳴らしてるの。なでなでされて、だんだん溶けていってて可愛いやの。 「たまが寝ているところを邪魔しましたね、すみません」 「ううん。大丈夫やの……」 寝たふりしてただけやから起きてたんやけど……言わんほうが良さそう。小焼くんはしらたまちゃんを撫でながらスマホを見てた。夏樹くんと連絡を取り合ってるんかな……。 「寝ないんですか?」 「あ、うん。目が、冴えてしもたの……」 「……それなら、少し付き合ってもらえますか」 しらたまちゃんを下ろして、小焼くんはウチの隣に座る。スマホ画面を見せてくれた。謎解きゲームのアプリやの。確か、千代ちゃんがやってるのを見たことがある。けっこう序盤のステージな気がするんやけど……。 「ここに入る数字がわからなくてかれこれ三日はこのままなんです」 「えーっと、これは……、ここが三やから、七で良いと思うの」 「七ですね。…………クリアできました。ありがとうございます」 「どういたしましてやの」 「まあ、これはどうでもいいことなんですが」 小焼くんはスマホをヘッドスペースに置く。それからウチの頭を撫でた。ずっと頭撫でてもらえるの。嬉しいんやけど、なんだか恥ずかしい。頬を撫でられて、耳をくすぐるように触られた。しらたまちゃんがウチの膝の上に乗ってくる。ほんのりあったかくて重みが心地良い。 「どうして家に泊まりたいとか言ったんですか?」 「そ、それは、その……」 「どうせ同級生にそそのかされたんでしょう。わかりますよ」 「……ウチ、魅力ない?」 「は?」 言葉が先に出てしもた。 涙がぽろぽろ流れ出てまう。泣いたら困らせてしまうのに、また泣いてしもてる。 もう全部はっきり言ってしまったほうが良いと思った。小焼くんがウチに触ってくれないから心配になってること。もっと先に進んでみたいってこと。言ってくれてないから心配になっていること。ペアリングも貰ったけど、肝心なことは聞けてない。付き合って欲しいって言われたけど、恋人やなくて友達なんかなって思ってきたこと。全部全部、泣きながら伝えた。 小焼くんは細くて長い溜息を吐く。嫌われた? あきれられた? ウチ、もう、お別れされてしまう? 重いって思われた? 両手で頬を包まれる。あったかくて優しい手やの。指で涙を拭ってくれた。滲んだ視界の向こうで赤い目が光って見える。窓からの月明りが射してるようやった。 「今夜は、月が綺麗ですよ」 「……ずっと、ウチと一緒に月を見てくれる?」 「勿論です」 ベッドが少し軋む。ぎゅうっと抱き締められる。耳元でいつもより低い声で「好きだ」って囁かれた。背中をぞわぞわが滑り落ちていった。ウチは小焼くんの背中に腕を回して、ぎゅっと抱き締め返す。「ウチも好き」って言うたら、頬にちゅってされた。それから耳たぶの下にもちゅってされた。 「甘い香りがする……」 「あ、小焼くん、あの、そのことなんやけど――あ痛っ!」 首筋をかぷっと甘噛みされた。ど、どないしょ。こういう時のことはお役立ちサイトに載ってなかったの。息が首に当たってぞわぞわする。恥ずかしくて、身体が熱くなってきてしもた。汗もかいてしもてるの。変なにおいがしやんか心配。でもその前に、小焼くんにがっしり捕まってしもてるから、どうしたら……。ぐぅううって、お腹の虫が鳴く音が聞こえてきた。 「食べたい……」 「小焼くんお腹空いてるん? それなら、ウチ、お菓子持ってきてるから食べよ!」 「歯磨きしましたよ」 正論を返されてしもたの。 「お前からすごく良い香りがして、頭がクラクラして……」 「ふぇっ!」 ぎゅうぅと抱き締められて、ふとももに何かが当たってることに気付いた。これは、つまり、そういう、あれなんやないかなって思う。どうなってるか見る勇気はないし、恥ずかしい。あのお役立ちサイトに載ってたようにしてあげたほうが良いんかな? でも、そんな、触る勇気がないの。 小焼くんの呼吸がだんだん荒くなってってる気がする。猫のように擦りつかれてくすぐったいんやけど、恥ずかしい。横でしらたまちゃんも「にゃああ」って鳴いて擦りついてきてる。ウチ、大きい猫と小さい猫に擦りつかれてるって考えたら良いの? ううん。そんなこと考えてる場合やないの。離れてもらう? でも、それは、ちょっと違うような気もする……。これを機会に……、お泊りデートの目的を……、でも、でも、やっぱり少し恥ずかしい……。でも、ずっとこのままの状態でおるのもどうかと思う。小焼くんだって、きっと、苦しいんやと思うの……。知らんけど……。 「小焼くん」 名前を呼んだら、ちょっとだけ離れて向かい合う感じになった。涙で濡れたような瞳がとても綺麗やった。月の光を取り込んでて、とっても綺麗やった。ウチはそのまま目を閉じて、唇を少し尖らせてみる。頬を手が撫でる。指でふにふにされた後、唇をかぷっとされた。ウチは驚いて目を開く。ぼやけてよく見えないくらい近くに彼がいる。赤い瞳が細まって、確かに熱が唇を移っていった。 「……続き、して良いですか?」 ウチは黙って頷く。この後のことは、ないしょやの! 終
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