校門も閉まりかけで、ギリギリセーフやったの。教室になんとか駆け込めて良かった。危なかったやの。 席について息を整えてたら、隣で友達のふゆちゃんがニヤニヤしてる。入学式の時に「パスケース可愛いね!」って声をかけてくれて、それから親しくなった。二年生にあがっても同じクラスになれて良かったの。 「けいちゃんが遅刻ギリギリって珍しいね。何かあったの?」 「駅でパスケースを落としてもうて……」 「そりゃ大変! あれ? でも、バッグについてるね?」 「えっと、その、ピアスをいっぱいしてる男の人が、拾ってくれたの……」 「えええ! それって、やばい人じゃない?」 「そんなことないと思うの、IROM MAIDEN GARDENのピアスしてたし……」 「IMGって超お高いゴシック系ブランドでしょ! 絶対やばいよ! ピアスいっぱいしてるとかワルじゃん!」 ふゆちゃんは手をバタバタしながら言う。 リアクションが大きくて、思わずふきだして笑ってしもた。ふゆちゃんは頬を膨らませてる。 「もー! 笑い事じゃないよー! けいちゃんは可愛いんだから! 自覚して!」 「そ、そんなことないやの……。ウチなんて……」 「『ウチなんて』とか言わないの! 可愛いってば! けいちゃんは可愛いの! これはこの世界の常識だよ! で、まだ何か話の続きがあるの? 詳しく!」 「拾ってくれたお礼をしたいって言うたら、連絡先を教えて欲しいって言われて……」 「えええ! それって大丈夫? 変なことされないか心配! 一発ヤラせろって言われたらどうするの!」 「そ、そんな……、あ、アイコンが猫やから悪い人やないと思うの」 「猫好きが皆良い人とは限らないんだからねぇ! もー! けいちゃんを誑かす奴が、どんな猫野郎か見てやろうじゃないの! ほら、アプリ画面見せて! 伊織ふゆ様によるプロフをチェックタイムだよ!」 ふゆちゃんがアプリ画面を見せてって言うので、ウチはプロフページを見せてあげる。 夕顔くんはウチより五つ年上……。三月三日生まれ……ひな祭りが誕生日ってなんだか可愛いやの。えっと、それなら……今は大学生なんかな? ふゆちゃんは、ちょっとフリーズしてた。どうしたんやろ? 「ねえ、もしかしてこの人って……金髪で赤い目で、顔がすっごく綺麗な人じゃなかった?」 「そう! そうやの! もしかして、ふゆちゃんの知り合い?」 「うん。知り合いって言ったらそうなるかも……。あたしはあんまり話したことないけど、兄ちゃんの幼馴染で、親友だよ。あー、良かったぁ、変な猫野郎じゃなくて良かったぁ。安心したぁ! この人の事なら、兄ちゃんに聞けば教えてくれると思うから、聞いてみよっか? どうせ、今の時間はゼミ室にこもってるだろうし!」 と言いつつ、ふゆちゃんは自分のスマホを弄って、メッセージをとばしてた。すぐに返信が来た。速いやの。 「今隣にいるから聞いてくれたみたいだよ。『小さくて可愛い女の子のパスケースなら拾った』って答えてくれたって。けいちゃん、小さくて可愛いって! ほら、けいちゃんは可愛い!」 「ウ、ウチ、そんな……」 「お礼の話なんだけど、一緒に行きたいところがあるみたい――って、何であたしに送ってくるの! 兄ちゃん聞き過ぎだってば!」 ふゆちゃんはぷんすか怒ってた。一緒に行きたいところって何処やろ? ドキドキしてまう。 それから時間は進んで、放課後。 部活に行く前にスマホを見たら新着メッセージが一件。夕顔くんからやの。 予定の空いてる日を教えて欲しいって……。これって、もしかして、デートのお誘い? なんて、漫画の読みすぎやの。でも、でも、ゴシック系好きなんやったら、色々話してみたいの。 IROM MAIDENは比較的お安めなIROM MAIDEN WONDERって、ゴシックロリータのラインもあるし、ウチもIMWの方ならワンピースとか、持ってるから、なんか、こう、話せる、と思うの。 さすがにIMGのほうはお高いから何も持ってないけど、デザインが格好良くて憧れるの。 「けいちゃん、兄ちゃんから小焼ちゃんの画像貰ったから、転送しておくね」 「え、あ、うん」 ふゆちゃんが何か送ってきてくれたから、トーク画面を開く。 「か、かっこいいやの……」 「心の声がだだ漏れだよぉ。まっ、小焼ちゃんかっこいいよね。それはすごくわかるよ! これ、なんかの雑誌で声をかけられて撮ったやつなんだって」 雑誌の街頭スナップって都市伝説やなくて、ほんまに声かけて撮影してるんや……。 ムラ染めデザインのスリムパンツに、シンプルな無地のVネックシャツ。きっと伸縮性のあるストレッチ素材なんやと思う。シルエットがすごく綺麗やの。がっしりしてて、なんか、色気がある。顔も、つり上がり気味の赤い瞳に、男の人にしては長い睫毛。鼻筋が通ってて、とっても整った顔をしてる。とっても顔が良いの。 やっぱり、かっこいいの……。ピアスの多さにちょっぴり驚くけど、似合ってる。この写真もIMGのピアスをしてるやの。かっこいいしオシャレやの。 「兄ちゃんが言うには、ピアスもガンガンあいてるし、だいたい仏頂面で無愛想だから、怖がられるけど、根は優しくて良い人なんだって。家で猫を飼ってるらしいよ。アイコンの子がそうだって!」 「そうなんや……」 ウチ、こんなにかっこいい人と、もっかい会えるん? ちゃんとお礼せな。どないしょ……。なんか、すごく、ドキドキするやの。ドキドキで胸が張り裂けてしまいそうやの。 「けいちゃん、小焼ちゃんに惚れちゃったんじゃない?」 「はうっ!」 「えへへー。図星だぁ!」 「で、でも、こんなにかっこいいなら、きっと、彼女の一人や二人おるの……」 「彼女は一人でしょ! それだとバリバリ浮気してんじゃん! でも、いないみたいだから、今がチャンス!」 今がチャンスって言われても……どないしたら良いんやろ。お礼に、ウチを――なんて、漫画の見過ぎやの! とりあえず、このまま既読スルーだけは駄目やから、夕顔くんに早く返信せな。ふゆちゃんが横から覗いてる。 「ふゆちゃん! 見られてたら打たれへんの!」 「だって気になるからぁ!」 「だめ!」 「はーい! じゃあ、先に部室行ってるね!」 ふゆちゃんはとことこ歩いていった。 ウチは夕顔くんに返信してから、ふゆちゃんの後を追った。 今日の演劇部の活動は、次の定期公演に向けてのキャスト決め。 ウチは役者よりも裏方――というより、脚本や演出を担当してるから、自分の書いたおはなしに合うように人を選ぶ。今回はちょっぴりえっちな恋愛もの。書いてて恥ずかしくなってきたくらいやし、先生に見せるのも恥ずかしかったけど、とても楽しくて面白いからって採用された。 部内オーディションをして、役にピッタリの子を選ぶ。ふゆちゃんがヒロイン役に決まって、他の役も先生と相談しながら決めた。 演劇部の活動を終えて、スマホを確認。夕顔くんから返信きてる。開こうとしたら、ふゆちゃんが横に来た。 「小焼ちゃんから返事来たぁ? 何なにー?」 「えっと……」 今度の土曜日に会いたいって話やった。 待ち合わせ場所とか時間とかも既に決められてた。ウチは猫が敬礼してる「了解!」ってスタンプを送る。 「これって、ワンチャン、ラブホ行っちゃうんじゃない?」 「そ、そんな……」 「わっかんないよぉ? お礼に一発ヤラせろかもしれないよぉ? まあ、惚れてるならヤッても良いんじゃないかなぁ。けいちゃんは可愛いんだから、気をつけないとねぇ! 土曜日がんばれー!」 「うぅ……」 ほんまに、えっちなことやったら……どないしょ。漫画のようなことになったら、どないしょ。
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