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 半分くらい残ってたパンケーキもあっという間に全部食べられてしもた。とても嬉しそうに口に運んでるから、見ててウチも嬉しくなってまう。お皿が空っぽになった頃合いを見て、コーヒーとアイスティーが運ばれて来た。テーブルの真ん中にガムシロップとミルクが置かれる。小焼くんは何も入れずにブラックでコーヒーを飲んでた。オトナやの……。コーヒーをブラックで飲める人はオトナやの。クラスの子は皆ミルクかシロップを入れてるの。ウチも、コーヒーを飲む時は両方入れて飲むの。苦くて、うぇってなってしまうから。  じーっと見てたら、彼はまたたきを繰り返した。 「私の顔に何かついてますか?」 「ううん。ブラックで飲めるのすごいなぁって思っただけやの」 「ああ……。苦いですからね。私もお前くらいの時は飲めませんでしたよ」 「そうやの? ウチも飲めるようになるんかなぁ」 「そのうち飲めるようになると思います」  すごくへんてこな会話なんやと思う。隣の席の人らがちょっと笑ってたの。恥ずかしいの。おばちゃんやの。少しふくよかなおばちゃん達が「可愛いわねぇ」って言いながら笑ってるの。 「ところで、お前の服って制服なんですか?」 「あ、ウチの高校、制服ないの。だから、好きな服で登校しても良いことになってるの。あんまり派手なやつとかは駄目やけど……。美術系の高校やから、それなりに許されてるの」 「そうなんですね。では、それは自分で選んで着ていると?」 「うん。毎日何着ていくか悩んでまうから、こうやって、制服! って決めてたら、楽やの。ふゆちゃん――夏樹くんの妹ちゃんも、制服を自分で決めてるの。他のお友達も」 「そういえば、夏樹から何かメッセージが来てました」  思い出したかのように小焼くんはスマホを弄る。スマホリングに白い猫のストラップがついてた。可愛いの。小焼くんは、きっちりペアリングのネックレスをしてくれてた。本当に、ウチ、この人と付き合ってるんや。彼女なんやの。そして、この人がウチの彼氏やの。うぅ、幸せ過ぎてむずむずしてくるの。自然と手を繋いでくれたから、次は、き、キス、とか? 間接キスは何回もしたやの。ああ、またほっぺたが熱いやの! 「顔が赤いですが、本当に大丈夫ですか?」 「大丈夫やの。ウチ、赤面症やの。すぐに赤くなってしまうの。元からりんごほっぺやから、もっと赤くなってしまうだけやから、大丈夫やの」 「熱があるのに無理させて付き合わせてるんじゃないかと思って……大丈夫なら良かったです」  不意に頬を撫でられて胸がドキドキする。小焼くん、すごく優しいの。心配してくれてるの。ウチ、こんなに良い人と付き合えて幸せやの。でも怖いの。怖い。幸せ過ぎて、怖いの。ウチなんかが幸せになって良いん? 「すみません。急に触られたら怖いですね」 「ちが、うの。ウチ……」  涙がつーっと流れていく。駄目やのに。ウチ、また泣いてしもてる。小焼くんを困らせてしもてる。隣の席のおばちゃん達がざわざわしてるの。ウチ、悪い子やの。彼を困らせてしもてる。  大丈夫。落ち着いて。だいじょうぶ。怖いことはないの。困らせてるから、早く泣き止まな。心の中で強く念じる。ちょっとずつ涙がひいていく。大丈夫。大丈夫。小焼くんは、優しい人やから、大丈夫。 「おまえ、何で泣かせてんだよ!」 前から声が聞こえてきたの。夏樹くんやと思う。ウチの隣に座る音がする。 「私が頬に触ったからでしょうか……」 「あーあ。けいちゃん大丈夫か?」  優しい声が聞こえてくる。ウチは首を縦に振る。大丈夫やから、早く顔をあげな。皆に迷惑やの。顔をあげて、涙をハンカチで拭う。少し眉を下げて困った様子の小焼くんの顔が見えた。ウチの隣に夏樹くんがおった。白いシャツに爽やかな印象のミントカラーのカーディガンを着てる。 「ごめんなさい、大丈夫やの」 「ふぅ。大丈夫なら良かったよ。小焼にメッセージ送ったのに全然既読つかねぇし、既読がついたと思ったら、返事もスタンプだけだったし、その後にすぐに来てくれって、どうなってんだよ、まったく」 「貴方ぐらいしか聞ける人がいなかったので」 「だからってなぁ……。まあ良いや。ちょうどふゆがここのパンケーキ食べたがってたから、テイクアウトしていくよ」 「呼び出してしまったので、奢りますよ」 「おっ。そんならお言葉に甘えよっかな。このオレンジペコーのやつとほうじ茶のやつにしてくれ」 「わかりました」  小焼くんはテイクアウトの注文の為に、席を立った。ウチと夏樹くんがテーブルに残される。ふゆちゃんのお兄ちゃんやから、まだ安心できるの。全く知らへん人と二人きりにされてる訳やないから、まだ大丈夫。でも、少し緊張してまう。人見知りが爆発してまう。何か話したほうがええかな。お隣に座ってるんやから……。でも、何を話したら良いんやろ? ふゆちゃんのこと? それも、おかしい? 「小焼な、付き合ってもすぐ別れるんだよ」  夏樹くんはボソッと言葉を落とした。ウチも、すぐ、お別れされてまう……?

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