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      * * *  午前五時。早番だった私は誰よりも早く起きているものと思っていた。しかし、居間の電気に明かりが点っていることに違和感を覚えた。  障子を開けると机に俯せて寝ている祖母がいた。 「おばあちゃん? そんなところで寝てたら風邪引くよ?」  肩を揺すって気づく。祖母の頬に乾いた跡があること。そして、あれほど大好きだった温もりが一切消えてしまっていることに。  慌てて脈を確認する。  別れてすぐ? えっ? どういうこと?  混乱する頭で何とか情報を得ようと部屋中を見る。 「う、うそ……」  立ち上がり、ゆらゆらとそこへ近づくとストンと座した。 「おばあちゃん……」  昨日祖母から受け継いだ箪笥の抽斗が開いていたのだ。 「実鈴、起きてるの?」  両親の声が階段の踊り場から聞こえてくる。戸惑いながらも一度深呼吸をした。それから私は。二人がこちらに来る前に抽斗を閉めた。 「お父さん! お母さん! おばあちゃんが!」  異変を察知した両親が居間へと駆け込んでくる。眠るように机に沈む祖母を見て、私と同じように脈を確認した。 「………」  ゆっくりと首を左右に振る。呆然としている母に代わって119に連絡をした。  それからのことは朧気である。救急車とパトカーがやってきて、見知らぬ人達が代わる代わる祖母に触れていくのを眺めていた。数時間前まで話していたおばあちゃんがこの世から消えたという事実だけが、どうしようもなく不安で悲しかった。  数日後には葬儀を終えて、四十九日の供養も終えた。事務的な救急隊員。機械的な警察官。無感情な葬儀社。関係のない第三者の冷たさに、大切な人が亡くなるという現実の冷たさを知った。  全てが終わった頃。私は再び和箪笥の前にいた。祖母が亡くなって以来一度も触れていない箪笥。触れようと手を伸ばすと、何故かピタリと止まってしまう。目に見えぬ何かに止められているようだ。  祖母との最後のお茶会を思い出す。 『人間いつかは死ぬけれど、私達にはその瞬間にしかわからないことがあるのよ。それは他の人には一生涯わかることのないモノだけれど、私達は違う。持っていけるのかも、必要なのかもわからない。きっといろんなモノが詰まっているけれど、知ることができるのは一つだけなのよ』 「その人の人生にとって、本当に必要なモノだけ。それ以外のものは、なくてもどうにかなってしまうモノだから」  祖母の穏やかな笑顔が好きだった。伝承を覆すと言っていたのに―― 「ねえ。おばあちゃん。おばあちゃんは何が必要だったの?」  カタン。  返答だと言うように、箪笥の中から音が聞こえた。   「え?」  中を確認するために引手に腕を伸ばしても、やはり寸でのところで止まってしまう。所有者が私になったことで、私の何かが収納されてしまったのだろうか。  怖いと思う。けれど、祖母の最期は微笑みだったから悪い物ではないのだろう。  手を合わせると、私は居間を後にした。

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