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「またやられたか・・・」 一族の長はそうつぶやいた。 一族の中でも若い少年であるヨシムは、その悲惨な現場を目の当たりにして、怒りや悲しさよりもむしろ圧倒的な虚無感に包まれて呆然と立ち尽くしていた。 その日は朝から一族で狩りに出かけていた。 幼いヨシムにとって「狩り」は好きなものではなかった。生きていくためには仕方のないこととはいえ、他の生物を傷つけて命を奪うという行為は、まるで自分自身を傷つけているようで心が傷んだのだ。 「私も小さい頃はそう感じていたこともあった。しかし、そのうち慣れていくから心配することはないんだ」 ありきたりな言葉ではあるが、彼の両親はそう言ってヨシムを諭した。 ヨシム自身も理性的には十分に理解していた。自分が生きていくためには他の生命を食す必要があること、そしてそれは自分たちだけではなく世界全体がそのような仕組みで動いていること。ただ、幼い心がそのことを必然と受け止めて流せるほどには育っていないというだけのことであった。 その日は晴天で、絶好の狩り日和であった。狩りの成果は上々で、一族は順調に獲物を見つけては仕留め、家への帰路につく頃には10匹近い獲物を収穫として手に入れていた。 しかし、家が近づくにつれてヨシムは妙な不安感をいだきはじめていた。それは一族の他の者たちも同様のようで、皆険しい表情を浮かべていた。 彼らの住処は、ほとんど跡形もなく消え去っていた。 今年に入ってからもう3度目となる。彼らが狩りから帰ると住処が無残に破壊されているという事が度々起こっており、そのたびに一族は新たな地へ移動して、新しい住処を築くということを繰り返していた。 「あの異邦のモノたちの仕業だ・・・」 放心状態のヨシムの耳に、一族の誰かの口から漏れた悲痛の声が届いた。 (異邦のモノ・・・) 幼いヨシムに詳しいことは分からなかったが、どうやら「異邦のモノ」と呼ばれる種族は、こうした破壊行為を繰り返しているらしく、自分たち以外の種族もその被害にあっているようだった。中には一族を皆殺しにされた種族もあるらしく、それが事実であるならば住処を破壊されただけで済んでいるというのは、まだずっとマシな方なのかもしれない。 「過ぎたことは仕方がない。また新しい土地に移ろう」 族長は動揺している一族のものに対して冷静な言葉を発し、一族は捕らえた獲物を手にしながら長い夜の移動をすることになった。この食事にありつけるのはしばらく先になりそうだとヨシムは思いながら、大人たちの後に続いて歩みを進め続けた。 新しい土地での生活は悪いものではなかった。むしろ、今までの土地よりも生活は快適で、獲物も今までよりも容易に仕留めることができる環境だった。また、この地に移り住んでから1年ほど経つが、幸いというべきか異邦のモノたちの破壊行為にはあっていない。 『この平和がずっと続けばいい』 それは幼いヨシムを含む、一族全員が心から願っていたことだった。しかし、それはまたしても一瞬のうちに奪い去られることになる。 「みんな急いで逃げるんだっ!」 寝床に入って眠っていたヨシムを起こしたのは、族長の悲鳴にも似た怒声だった。 ただならぬ事態が起こっているのはヨシムにもすぐ理解できた。彼は一瞬のうちに寝床から抜け出し、夜の森を駆け巡った。何から逃げているのかを理解する余裕など無かった。ヨシムに出来ることはただひたすら駆け続けることだけであった。 一族と離れ離れになって二度と会えない可能性もあったが、それを気にしている状況ではなかった。 どれくらいのあいだ走り続けたのであろうか。ヨシムの息は完全に上がっており、これ以上走ることは困難を極めた。しかし、これだけ離れればさすがに大丈夫だろう。そう思った瞬間、轟音とともにヨシムの体に鋭いものが突き刺さった。 ヨシムは鋭い痛みを感じながら意識を失った。 まぶたに当たる朝日の明るさにヨシムは目を覚ました。てっきり自分は死んだものだとばかり思っていたが、どうやら眠ってしまっただけらしい。しかし、視界が開けてくると同時に、ヨシムは恐怖心に包まれることになった。目の前にはヨシムがいまだ見たことの無い種族が大勢いた。 (これが、異邦のモノたちなのか?) どうやら自分は異邦のモノたちに拉致されたのだと察した。周りを見渡してみるが、どうやら一族のものは一人も居ないようだ。犠牲になったのが自分一人で良かったという安堵感、そして一族の中で自分だけが不幸な目にあってしまったという悲壮感、そうした相反する感情がヨシムの心を深く傷つけた。 (僕はこれから酷い目にあうのだろう・・・) しかし、ヨシムの予想に反して、異邦のモノたちは信じられないほど親切だった。 寝床を含む住処は今までヨシムが生きてきた中で最高といっても言葉が足りないくらい快適なもので、食事も定期的に提供され、それもまたヨシムが今まで食べたことのないほど美味しいものばかりであった。最初は警戒して食事すら取らなかったヨシムも、どうやら悪意があるわけではないことを察すると、少しずつこの生活にも慣れていった。 住めば都とはよく言ったものだが、狩りをせずとも食事をとることができるというのは、狩りが嫌いなヨシムにとっては本当にありがたかった。 『過ぎたことは仕方がない』 ヨシムはあの日の族長の言葉を思い出していた。 一族のみなと離れ離れになってしまったのは本当に悲しいことではあったが、それはもうどうしようもないことだ。ヨシムはここでの生活を受け入れると心に決めた。生きていればきっと良いこともあるだろう。 しかし、あの破壊行為や殺戮行為をしてきた異邦のモノたちが、自分に対してここまで親切にする理由だけはどうしても分からなかった。

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