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 Hくんは、スピッツの草野マサムネに似ていた。  同世代ならみんな知ってるあのどこかスカした童顔とマッシュルームカットに、ジョンかよ、レノンかよ、な丸縁眼鏡。ひょろひょろの痩せぎすで、深夜に音もなく降り積む雪みたいに肌が白い。趣味はバイクとギター。背は平均より少し高くて173cmくらい。それがHくん。Hが苗字で名前はK。  彼と出会ったのは、21年前。教室が二つしかない島流し先の西棟で、わたしたちは同じ箱に詰められた出荷前のひよこだった。大学進学率100%という田舎の半端な進学校の二年生は、とっくに受験体制に入っている優等生たちと、勉強するふりの似非エリート組に分かれる。そんな良い子ちゃんの集団から静かに浮いていたのが、Hくんとわたしだった。  Hくんと初めて話したのは、正門付近の楓の葉が色づく頃だった。  他の生徒が参考書を開くなか、ひとり文庫本を捲るHくんへ、何を読んでいるのか尋ねた。革のブックカバーが外され、タイトルが見える──夏目漱石の『こゝろ』だ。その週の頭、Kの自殺について萌え語りを終えた国語教師の生臭い笑顔を思い出しつつ、何とも言えない気分で「面白いの?」と質問を重ねる。  Hくんはズレてもいない眼鏡を指で整えると、「面白いよ」と真顔で返した。だけど、どう見ても面白そうには感じられない。つい軽く笑うと、彼は文庫本を差し出した。 「読みな」 「なんで? 授業でやったし、いいよ」 「通して読まないと、分かるものも分からないよ」 「読んだら面白い?」 「いいから読みな」  すぐには頷けなかった。うちは家庭環境があまりよろしくなくて、物を借りても返せない可能性があった。Hくんは、目が覚めたら私物が庭で燃やされてた、なんて経験はなさそうだ。真冬でも冷水しか出ない部室棟脇のシャワーが目的で運動部に入る女子高生なんて、想像したこともないはず。  しかも周囲には他の生徒もいる。みんな参考書や提出課題を見ているけど、変なことを言えば気づかれる。17才になったばかりのわたしには、なけなしのプライドがまだ残っていて、家のことはそう簡単に口にできなかった。 「汚したら申し訳ないし」 「あげるから」  キャメル色の合皮のブックカバーを掛けたそれを、Hくんはわたしの手に乗せた。 「返さなくていいよ。だから読みな」  それでも頷けなかった。賄い付きのバイトがない日の食事がカニパン八十四円だったわたしにとって、文庫本やブックカバーは高級品だ。それにこんな目立つものを持ち歩けば、妹に盗られるか、親に燃やされるか──だけどジョンの眼鏡を掛けた草野マサムネは、頑として引こうとしなかった。  断り切れず『こゝろ』を受け取った。そして予想通り、週末に燃やされた。だけど貰った日のうちに読み終えていたから、わたしには『こゝろ』を貰った記憶が残った。それ以来、Hくんと話すようになった。  彼は軽音部だった。  当時はヴィジュアル系ロックバンドの全盛期。他の部員たちはヒステリックにエレクトリックギターを掻き鳴らし、薔薇と血と狂気を全方位へ向けて撒き散らしていた。  対するHくんは、アコースティックギターを持ち歩いていた。昼休みに第二音楽室へ行くと、独りで譜面を書くHくんがいた。彼は滅多に笑わなかった。本人は笑ってると言うけど、真顔にしか見えない。声量もあるし、音程も声質も良いのに、喋るときは絶望的なまでに声が小さかった。秋の死にぞこないの蚊のほうが、よっぽどうるさいくらいだ。  一方のわたしは強制的にピアノを習わされていて、音楽の授業でも自主発表の伴奏を引き受けることがあった。Hくんも音楽選択だから、当然そのことは知っていた。だから『こゝろ』を貰ってからは、彼のギターの旋律に合わせて練習室のアップライトピアノの鍵盤を撫でることもあった。ピアノしか知らないわたしには、ギター感覚で作る曲の展開は面白く、そして弾きにくかった。  それとわたしは、キャンパスノートに書いた小説を回し読みしてもらっていた。Hくんはクラスの違う一年生の頃から、その黒歴史を読んでくれていたらしい。そんなことも話すようになったある日、彼が切り出した。 「きみは将来、何になるの?」  それは、容易には語れない話だった。夢を叶えることも難しいけれど、それ以上に、家庭に設置された爆弾がいつ炸裂するか分からなかったから。事情を知る元同級生だけでなく、新旧の教師や民生委員、スクールカウンセラーにまで、わたしは20才まで生きないだろうと公言されていた。  だから、どうせダメなら夢は大きく。無謀な願いを口にした。  ──40才まで生きて、小説家になりたいなぁ。  二倍の年月を生き延びて、その間、小説をずっと書き続けていたら一冊くらい本を出せないかな……それは「If」ではなく、きっと無理だけど、なレベルの願望だった。キャンパスノートの黒歴史を読んでくれた人たちは、「きっとなれるよ!」「本を出したら買ってやる」と言ってくれたけど、それまでこいつは生きてないだろうなぁ、という色が言外に滲んでいた。  弦に這わされた白い手が止まる。 「それ、本気で言ってる?」 「本気だよ。まあ、信じる人はいないけど」  40才まで生きることも、小説家になりたいという夢も。  誰一人信じていない世迷いごとだ。 「なら、なんで努力しないの」  疑問符さえ付けない鋭利な目つき。  秋の蚊よりも静かなはずのHくんに詰め寄られ、わたしは酷く狼狽えた。 「……結構、書いてるほうだと思うよ。文章量自体は」 「殺人犯が公判前に慌てて出す手紙じゃないんだから。きみは下手くそだし、自分の言いたいことしか書いてないじゃない」  どーでもいいじゃん。どーせ20才までに死ぬ、ってみんなから思われてんだし。  するとHくんは、鞄からカセットテープを出した。わたしの部屋に、壊れかけのラジカセがあることは話していた。ラジオの機嫌のいいときしか聴けないから、カセットテープでもあれば楽しめるのに、と愚痴をこぼしていたのだ。中学生の妹は、MDコンポもMDウォークマンも持っていた。 「もっと聴いてもっと読みな。書くだけじゃなくて、周りの人が何を好きになるか、ちゃんと知りな」 「そこまでする必要ある?」  どーせ生きてないんだし。20才より前にデビューしちゃう天才じゃないことくらい、とっくに自覚してるし。  Hくんはギターを抱えたまま、わたしの手に無理やりテープを乗せた。 「凡人なんだから。天才の倍、努力しなくてどうするの」 「じゃあ、そういうHくんは? バンプオブチキンしちゃうの?」  高校の三つだか四つだか上の先輩に、バンプのメンバーがいた。卒業生がメジャーデビューということで、うちの生徒なら誰もが彼らを知っていた。世間の流行も、ヴィジュアル系ロックバンドから青春バンドへ移り変わりつつあった。 「ぼくも凡人だよ。だから、洋楽も邦楽も聴きまくってる。歌詞も書くから本も読むよ。凡人だから」  ──40才まで生きて、小説家になりたいなぁ。  Hくんはわたしの夢を信じてくれたから、「努力しろ」と叱ってくれたのだ。ちょっと泣きそうになったわたしの隙を突いて、彼はトドメを刺す。 「あとさ。きみ、根本的にライトノベルには向いてないから。一般文芸に転向しな」 「…………あの、ちょっと酷評すぎない?」 「きみの話、どれも重いんだよ。ヘヴィなの。ライトじゃないから、そういう系は諦めな」  彼は反論を封殺すると、あれを読め、これを聴け、とメモを取らせた。 「一般に行くならもっと読まないと。ほんときみ、下手くそだから」 「マジで腹立つ。お礼言いたくない」 「お礼はいいから、さっきのテープちゃんと聴きな。メモした小説も読みな」  ありがとう、とわたしが呟いてテープをブレザーのポケットに突っ込むと、Hくんはギターを奏で始めた。エリック・クラプトンの『チェンジ・ザ・ワールド』は、渡されたテープにも入っていた。  メモした小説を図書室で探した。わたしの黒歴史を読んでくれた人に、どんな小説が好きか尋ね、市の図書館で借りた。Hくんがくれたテープは、どれもべろべろになるまで聴いた。テープは何度も親に捨てられたけど、それを上回る勢いで彼は曲を教えてくれた。ただ、英語が苦手なわたしには洋楽の歌詞がまるで分からなかった。  あっという間に一年が過ぎて、卒業の日になった。  Hくんは第二志望に合格し、春から独り暮らしをすることが決まっていた。一方、わたしは最初から一浪が決まっていた。バイトして進学費用を貯める必要があったし、家から離れるのが目的だから、志望校は全て関西方面だった。卒業すれば、今の知り合いとは簡単に会えなくなる。周りはみんなケータイを持っていたけれど、iモードはわたしの胸に受信してくれなかった。  卒業アルバムの後ろにメッセージを書いてよ、と回した。仲の良かった子の写真へ一緒に納まり、後輩に挨拶し、遊びに来た部活の先輩と無駄にはしゃいで。さて、そろそろ帰ろうか、とアルバムの余白を眺めた。  同じ部活のM。一年と二年のときに同じクラスだったIちゃん、演劇部部長をしていたU、わたしの黒歴史を最後まで読んでくれたAくんとOくん、一年のときに同じクラスだった女子四人……。  そして、ページの境目に隠れるように書かれた縦長の字。  ――卒業おめでとう。もっときみと話したかった。 ケンケン  最初、誰のことか分からなかった。  だけど、アイロンのかかってないハンカチは使えません、と言わんばかりの字には見覚えがあった。テープに書かれた曲名の筆跡と似ている。  Hくんの名は、Kだ。  とはいえ、一度だって彼を下の名で呼んだことはなかったし、彼をケンケンと呼ぶ人は軽音部にもいなかった。  戸惑っていると、最後に書きこんだIちゃんが声を掛けてくれた。彼女はHくんと小中学校が同じで、三年次も彼と同じクラスだった。「このケンケンってHくんだと思う?」と尋ねると、Iちゃんはぎょろりと上を向いて考えるポーズを取った。 「確かねぇ、Hくんも楓ちゃんのアルバムに何か書いてたよ」 「これ?」 「んー……あ、思い出したけど、確か小学生の頃は"ケンケン”って呼ばれてたかも」  今はそんなキャラじゃないけどねー。  笑うIちゃんにお礼を言い、教室を飛び出した。  高校を卒業したら、はいサヨウナラ。そう決めつけていたのは、わたしだ。どーせ20才までは生きないだろう、と心のどこかで諦めていたのは他の誰でもない、自分自身だった。  昇降口まで走った。彼は京成線で通学していた。正門と裏門、どちらからでも駅へ行けるけど、いつもは裏門を使っていた。古いスニーカーに足を突っ込み、校舎を出た。息を切らし、雑踏のなかに草野マサムネを探す。  だけどジョンの眼鏡は見つからなかった。  それからまた春が来て、わたしは第一志望と第二志望に受かった。その合格通知や振込用紙も親に燃やされた。三次募集をしている別の大学を受け、片道三時間半かけて自宅から通うか、四十を過ぎたバツイチの白菜農家の介護要員兼嫁になるか、と迫られたわたしは前者を選んだ。とにかく家を出る口実が欲しかった。その後、知人の手を借りて独り暮らしを始めた。ようやくケータイを買ったけれど、Hくんの番号は知らなかった。  その年の暮れ、Iちゃんと会った。彼女はHくんと小中学校が同じなだけでなく、五軒先に住むご近所同士だった。もし成人式で彼に会ったら、ケータイ番号を渡してもらえないか。そう頼むと、Iちゃんが息を呑むのが分かった。 「Hくん、今年の一月に亡くなったよ」  死因や経緯も聞かされたし、忘れることはない。だけど、詳細は書かない。ただ、Hくんは実際に亡くなっていて、葬儀も内々で行われていた。  20才まで生きないだろう、と言われていたわたしが成人式を迎え。  40才まで生きろ、と言ってくれたHくんが19才で亡くなった。  そのことに、わたしは一年近くも気づかなかった。Iちゃんと別れてから泣いた。泣きながら、そんな資格ないだろ、と自分を罵った。どうせ合格通知を燃やされるのなら、卒業後すぐに家を出て、Hくんに会いに行けばよかった。たくさん話して、たくさん彼のギターを聴いて。そうすれば未来は変わったかもしれない。  ……し、変わらなかったかもしれない。  未来を変えた結果、わたしは20才まで生きてなかったかもしれない。全てはあり得ない「If」の世界だ。  そして、19年の歳月が流れた。  わたしは相変わらず、ライトノベルを書いては公募で撃沈していた。そんななか、初めて書いた一般文芸の長篇小説を、ステキブンゲイという投稿サイトから電子書籍で出させてもらった。  訃報を耳にしたあと、わたしは心のなかで願い事をマイナーチェンジしたのです。ここに、その報告をします。  漠然とした40才ではなく、きみがこの世にいたのと同じだけの時間がもう一度流れるまでに、自分の名で本を出したい。  (17才+2年)✕2=38才。  その願いは、自分の誕生日の五日前に叶えられた。  それともう一つ。「うちら、ずっと友だちだよね」とか言われると黒板を爪で引っ掻きたくなるわたしに、また友だちができたよ。きみとわたしが付き合っているんじゃないか、と邪推する人たちへ、きみは一度だけ言ってくれたね。「ぼくらは友だちだ」って。きみもその単語をあまり使わないと知ったのは、卒業間近だった。  顎先まで浸かっていた19才で死ぬ世界から、きみが『チェンジ・ザ・ワールド』してくれた。この19年、色々あったけれど約束は果たせたと思う。だから次の19年は、きみが示してくれた別の世界を旅してみるよ。  きみはそちらでデビューできた? どんな曲を書いてるの? 痛かったり、寒かったりしないか。カノジョや新しい友だちはできた? たくさん笑えるようになってるといいんだけど。  もしも星々に手が届くのなら、きみのために1つ掴み取りたい。  仮定法の夢物語ではなく、本当に世界を変えてくれたきみのため。  19年前、19才になってすぐ旅立った、ジョンの眼鏡を掛けた草野マサムネ――ケンケンへ。 Catch you later.

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