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 魔女は日がな、デッキの揺り椅子で河を眺めて過ごしている。 「これ、宝石? また落ちてた」 「宝石ではないね」 「じゃあニセモノかぁ。だから捨てられちゃったのね」  こどもは河のほとりへ流れつくガラクタを拾っては、魔女に見せに走る。  最果ての森の“失せものの河”。  この世から失せて消えるべきものが、流れゆく河。  こどもが拾いあげるのは、失くしたか失くされたか、本当にいらない物ばかりだ。  足の折れた椅子。底のない花瓶。  強く光るだけの、偽物の紅玉(ルビー)。  自分もそんなガタクタのひとつだったのかと思うと、青年はベッドの上で溜め息が漏れる。  この森は朝も夜もなく白い霧に覆われて、河の向こう岸も見えない。  いつ一日が始まり、いつ一日が終わるのかすら曖昧だ。  青年は幾日か、彼女たちを眺めて過ごし――、 「それなら直してやれる。持っておいで、こども」 「やったぁ!」  魔女が揺り椅子から立ち上がった。  こどもが大事に両手で抱えていくのは、濡れそぼったカラスだ。  青年はベッドから降りて、彼女たちの後を追った。  カラスは下アゴのクチバシが欠けて折れている。  これでは餌もとれまい。  なるほど、生き残れないカラスは失せるべきものにちがいない――と、青年は哀れな「仲間」を眺める。  魔女はテーブルに広げた紙に、クチバシのあるべき形を写しとる。  緻密な設計図を描きあげていく横顔の、光る瞳。  白い喉に、銀の髪が揺れている。  青年はむずむずと指を握り、開き、そして彼女の道具から勝手にペンと紙を取った。  どさりと床に腰を下ろし、ペンを滑らせ始める。  それは、自分の知らない自分に突き動かされるようだった。 「すごいね。あなた、絵描きさんだったのね?」 「そうなのかな。わからないや」  こどもは青年の首に後ろから飛びつき、笑って喜ぶ。  魔女はちらりと彼を見やり、さも迷惑そうに鼻を鳴らした。

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