埋めるな
解決編 現在 第1/2話 気づくな

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「では皆さん、そろそろタイムカプセルを埋めた場所に向かいましょう」  以前通っていた高校に四十二年ぶりに足を踏み入れ、当時を懐かしく回想していた理実人は、同窓会幹事のその声で我に返った。眼鏡は高校生の頃のものと同じだが、頭はすっかりはげてしまっている。  かつての同級生たちが、校舎の北端にぞろぞろと向かい始める。皆、年齢相応の容姿になっていたが、生徒であった頃の面影がきちんと残っていた。  その中に交じって歩きながら、何気なく辺りを見回していると、神輔を発見した。高校生の頃と髪質は同じだが、量は少なくなってしまったようで、額はより広くなっている。目の下の隈も深くなっていて、立派な口髭を生やしていた。  先程の同窓会会場では見かけなかった。どうやら、カプセルの掘り出しには参加するらしい。  彼に近づき、肩を叩いた。「よう」  神輔はこちらを振り返った。「ああ。久し振り」その顔は懐かしそうに笑ってはいたが、あまり元気には見えなかった。 「どうしたんだ。顔色がよくないぞ」 「うん。ちょっとね」神輔は少し黙り込んだ。「実は、気になっていることがあって……タイムカプセルの件なんだけど」 「あれがどうしたんだ」 「僕はもしかしたら」神輔は溜め息を吐いた。「とんでもないことに気づいてしまったのかもしれない」  理実人は笑った。「タイムカプセルごときに、いったい何があったって言うんだよ。俺に言わせりゃ、何があったところでそう簡単にはとんでもなくならないと思うぞ」  神輔は唸った。「君、あれを埋めた時のことを覚えているかい」 「まあな。さっきも、思い出していたところだ」 「あの時、妙なことがあったのに気づいていたかい」 「いいや」理実人は首を横に振った。「何だ、妙なことって」 「教室で、生徒全員がそれぞれ持ってきたものをカプセルに入れ終えてから、担任が運んで台車に載せたでしょ。その後、先生は息を一つ吐いただけに終わった。にもかかわらず、埋める時それを持った副担任は、呼吸をひどく荒げていた。  担任は定年間近の英語の女性教師、副担任は若い体育の男性教師だよ。何で彼女がすんなりと運べるものを、彼が持つのに苦労するの」 「まあ、確かに。妙と言えば──」 「つまりこういうことだ」神輔はこちらの言葉を遮って言った。「カプセルを埋める時、それの重量が、教室にあった時と比べ、いちじるしく増加している」 「中に何か新たに入れられたって言うのか。そう言えばお前、カプセルが運ばれる途中、収めるものを粘土像から旗に変えていたな」 「馬鹿言わないでくれ。あれはかさ張るものの、粘土像より軽いんだよ。むしろ重量を減らしていたんだ」神輔は喚くように言った後、いつもの調子に戻った。「そうだとすれば、物が入れられたのは、カプセルを放置してクラス写真の撮影場所に行った時から、卒業式後戻ってきた時までの間だ。運搬中や埋却中に、僕以外の誰かが中に何か収めたことはなかったから」 「まあ、そうなるが」理実人は多少気圧されて言った。「それがどうしたっていうんだ」 「他にももう一つ、妙なことがあった。中学生の不良だ」 「ああ。いたな、そういや」 「僕たちが見かけた時、彼は何と言っていたか覚えているかい」 「ええと」理実人は再びその時のことを回想した。「確か、ガキとか、追いつめたととか」 「そのとおり。さて、いったい彼はどうして、あんなところでそんなことを怒鳴っていたんだと思う」 「どうしてって言われてもなあ。追いつめたって叫ぶからには、誰かを追いかけていたんだろ。それで、あの北の道路に追い込んだんだ。不良と言えど中学生がガキ呼ばわりして、しかも追いかけたってことは、その誰かはあいつより年齢が低いのかもな」  校舎北端まで、あと半分というところまで来た。理実人は腕を組みつつ、推理を続ける。 「ということは小学生くらいの子供か。弁償って呟いていたから、たぶんそいつに持ち物を壊されるなり汚されるなりされたんだろうな。しかしあいつは、追いつめた、『と』、って言っていた。きっと、思ったのに、と心の中で続けていたんじゃないのかな。つまり、追いつめたはずが、いざ行ってみるとどこにもいなかったんだ」 「そこなんだ。彼はどこに消えたんだろう」 「彼って」理実人は笑った。「男か女かも分からないのに」 「ああ、そうだったね。子供だ」 「どこって、そうだなあ。道路の壁は、フェンスと仮囲いと塀。仮囲いには通用口がついていないから、工事現場の中へは逃げ込めないな。どれも高くて、児童が登れそうなものじゃなかったし。いや、待てよ。角の自動販売機の隣に、ゴミ箱があっただろ。あれを踏み台にして、フェンスを乗り越えたんじゃないか」 「同意見だよ。でも校地内に入った後は、どこに行ったんだ」 「俺たちは校庭から敷地の北西に向かったけど、誰も見かけなかったよな」そう言って腕を組んだ。「学舎の裏を逃げたんだろ」 「それはない」神輔は首を横に振った。「覚えているかい? 不良は北の道路を出ると、いったん十字路で校地に沿わない通り二つの先を睨みつけてから、西の通りを歩き去ったんだ。おそらく、北の道路に子供がいないと分かったので、もしや逃げる方向を見誤ったのではないかと考え、彼が行ったかもしれないほうを睨んだんだろう。  であるならば、彼らは西の通りからやってきた、ということになるじゃないか。小学生が逃げていたなら、それに気づかなかったわけがない」 「なるほどね。なら、校舎に潜り込んだとか。あ、でも、北の道路と平行なほうの外壁には、窓も避難階段もついてないし、入ることはできないな。俺たちが式を抜けるより前に、いったん校庭に出て建物に忍び込んだんじゃないか」 「ありえなくはないが、考えにくいんじゃないかな。児童が、その頃体育館で卒業式が行われていたのを知っていたとは思えない。だとしたら無論、中には授業のために生徒や教員がいると思うだろう。当時は平日だったしね。  誰かに見つかったら無断で校地に立ち入ったのを怒られてしまうかもしれないのに、人がいそうなところに侵入するだろうか。窓にすら近づかなかったはずだ。校庭や裏は無人だったから、校地に入るのは決心できたんだろうけど」 「じゃあどこだよ。カプセルを埋める穴に隠れていたとか。いや、それがあるのは西の道路に隣合う校舎裏だから、不良が気づかないわけがないし」 「惜しいね」神輔は今日一番低い声を出した。「子供が隠れたのは、カプセルを埋める穴じゃない、カプセルそのものだ。そこしかない。きっと、不良をやり過ごそうとしたんだろう。校庭は見通しがいいから、逃げていても、追いかけてきた彼にすぐ見つかるだろうしね。そして」少しの間沈黙してから言った。「そのまま埋められた」

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