アスター
2・傾聴ボランティア

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 あいさつをしながら現場に出る。テキパキと陳列や補充をしている彼女たちは、人工音声のようなやる気ないあいさつで返してきた。  レジをしつつも奈津子さんから頼まれた売り場作りも並行して行う。彼女たちはデザインや芸術はそれなりにできるものの、ズレているとのこと。  奈津子さん曰く、以前節分の売り場を作らせてみせたそうだ。そのときは、鬼は鬼でも牛頭馬頭(ごずめず)の等身大のパネルを作って持ってきた。せっかくだからと飾ってみたら、リアル且つあまりの恐ろしさに当日は閑古鳥が鳴いて、恵方巻が全然売れなかったらしい。  メイン客層のアンドロイドたちも、人間の感情に寄せられて作られている。普通にポップな作ればいい話だ。ただ、牛頭馬頭パネルを作ったバイトは、エキセントリックなアンドロイドを作るにはピカイチなR社製で、頼む相手を間違えてしまった店長も悪いと思う。  私は至って無難路線だ。画用紙で作ったジャック・オー・ランタンを軸に、ポップなおばけとコウモリたちが周りを固める。棚の上部に一色ずつ色の違う輪つなぎを飾りつければもう完成。簡素ながら雰囲気は出たと思う。そこへ、ハロウィン商戦に参戦している各メーカーのお菓子を並べ直す。代表的なキャラクターたちが仮装しているのがとてもかわいい。やっぱりというべきか、かぼちゃ系のお菓子が中心だ。 「仕事が早くて何より何より」  気がつくと真後ろに店長がいた。作業に集中し過ぎてまったくわからなかった。 「いつからいました?」 「客をひとりさばいてからだから……五分ぐらい前?」 「結構いるじゃないですか……」 「いたよ。鼻歌混じりにお菓子を並べてる姿は、とても年相応に見えたわ」  うわあ、恥ずかし……。 「半分バカにしてません?」 「そう聞こえたのならごめんなさいね。実は感謝の念を送ってたのよ。急に頼んだのにも関わらず、キチンとやってくれて助かった、ありがとう」  店長の体型も手伝ってか、急に他人の親に褒められた気持ちになり、恥ずかしさが込み上げてきた。 「手を動かすのは好きですから……」 「来月は感謝祭とブラックフライデーをネタにやってもらおうかな」 「暇なんでいいですよ。でも、もうひとりの芸術家に頼まなくていいんですか?」  例の牛頭馬頭女のことだ。店長は肩を大仰にすくめて見せた。 「あの娘に頼んだら、マジで七面鳥を捌いて持ってきそうだからダメね」 「ふふ、確かにそうです」  つかの間私たちは笑い合う。こうして話すと店長がおもしろいということを再認識できる。だが、適当に何かを話すまで億劫に思ってしまうのが、私の七面倒くさい性格だ。 「あ、そうだ。これこれ」  一枚のチラシを渡された。 「『傾聴(けいちょう)ボランティアをしてみませんか』……。傾聴って、基本的に話を聴くだけのアレですか」  何度か経験がある。私は行く側ではなく、来られる側だったが、あまりいい思い出がなかった。私の話に貼りつけたような笑顔で「うん」しか言わない人間、あからさまに内申点を稼ぎに来た感じの学生。話しながらテーブルの下でスマホをイジっていたわね。あとは説教魔。ただの説教ならともかく、宗教の勧誘までしてきたっけ。もちろん、即座に職員に見つかってつまみ出されたけど。 「あの娘――アンドロイド――たちと話が合いそうにないのなら、さらなる出会いを外で見つければいいのよ。それに、高齢者施設なら数少ない同年代の方もいるかもしれない」  ああ、この人はそこまで考えていてくれたのか。私なんかを心配してくれているのか。 「何度もしつこいようだけど、せっかく若返ったんだから。アパートとここの往復だけなんて、人生をドブに捨ててるものだと思わなきゃ。何か目標を持って生きなきゃ。三年なんてあっという間に過ぎてしまうよ」  強い口調に心が揺れる。たかが三年されど三年だ。同じのことの繰り返しで日々を送るより、ひとつ行動パターンを加えて生きれたら、何かが起きる可能性が増えるだろう。その何かが私にとって、良いこと悪いことかはわからない。出来事の大小も経験か未経験の出来事かもわからない。でも、蓄えた知識や経験と、手に入れた若さでなんとかなる気がする。  冒険ゲームの勇者が、自宅と近場のダンジョンを往復しているのといっしょだ。レベルも上がるし、金目のものも手に入る。しかし、それ以外の世界は知らない。所詮は井の中の蛙なのだ。  要するに店長は、 「コンビニ以外の外の世界も見てきなさい」  そう言いたいのだろう。何をするのにも面倒はつきものだ。その面倒を乗り越え、さらに新しい刺激を受けて人間は成長する――うん、こっちのほうがおもしろね。肚が決まったよ。 「バイトが終わったら、ボランティアセンターに行ってきます!」  自分でも驚くほどのやる気に満ちた声が出た。奈津子さんは笑みで応えてくれる。 「今行ってきなさい。やる気になったら、即ゴー!」 「わかりました!」  私は上着を脱いで手荷物を持った。コンビニを出て、タクシーを捕まえに道に出たのだった。

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