アスター
1・変わりたい自分

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 九十一歳になった私は若返りの手術をした。理由は簡単。年老いた姿のまま、自由の効かない体のまま死にたくなかったからだ。  戸籍上は九十一歳のままだが、見た目も中身も二十代前半になった。変わらなかったのはものの考え方や思考力だけかな。  やっぱり、若さは武器だ。夢は見れるし、行動にも移しやすいし、何度失敗しても起き上がれるし、時間がある。  手術を受けてよかったと思えるのは、脳まで退化しなかったこと。二十代ごろの私はいいこともあったが、上手くいかないことも多かった。  九十一年の人生は財産だ。ゲームで言えば、強くてニューゲームといったところか。知識、経験はいくらでもあったほうがいい。無駄になるものはない。すべては場面場面での活かし方次第だ。  どんなことが起きても対処できる自信がある。こんなに自信が持てたのは初めてかもしれない。  今の医療は本当に発達してると思う。寿命すらも大まかにではあるけど、観測や予測ができるようになってる。ただ、いいことばかりではない。この若い命はあたりまえだが有限だ。若返った瞬間から、再び死へのカウントダウンは始まっている。  私の寿命は残り三年ということはわかってる。それが私の残された最後の時間。若い体で生きることができる最高の時間。悔いなど微塵も残さず、充実した気持ちでそのときを迎えるために、私は今を全力で駆け抜けたい! 「きみちゃん、目が死んでる」  バックルームに入って開口一番、店長の奈津子(なつこ)さんそう言われた。顔の各パーツが大きく、背中まで伸ばしたドレッドヘアが特徴的のナイジェリア系日本人だ。ちなみに、きみという名前は名乗っている偽名だ。本名は有井(ありい)美穂(みほ)というのだが、この時代は古臭すぎてあまり名乗りたくなかった。 「寝起きだからですよ」  若い体で貪る惰眠は最高だ。つい一時間前までは、アパートの窓から差し込むうららかな午後の光を浴びて、私は布団の上で幸せを噛みしめていた。  老いていたころも基本は寝て過ごすことが多かったなぁ。ただ、あのころはそれしかすることがなかった。起きていても大概は、あっちが痛いしこっちも痛い。体力や集中力も無いに等しいから、何をするにも億劫。でも、頭はボケずにしっかりしていたから、調子のいいときは職員との日常会話も難なくこなせていた。  あくびを噛み殺し、黒くて辛いガムを数粒口に放り込む。高速で噛み砕き、刺激で脳を呼び覚ましていく。 「なんのために若返ったの? もったいない。今を全力で駆け抜けるんじゃないの? 今のきみちゃんはまるでゾンビよ」  戸籍上は年上の私にズケズケと物申してくる。見た目が私が若者、奈津子さんがおばちゃんだからまあ、いいんだけどね。見た目的には親子ぐらい違うんだし。私も敬語だし。 「まあまあ」  そう言いながら青い上着に袖を通す。奈津子さんは小さくため息をつき、話題を変えた。 「今日は売り場作りも頼むね。今月末はハロウィンだから」 「わかりました。ホラーテイスト強めでいいんですか?」  奈津子さんはニコリともせずに首を横に振った。 「くれぐれもポップテイストでお願いしたいんだけど」 「冗談ですよ」 「同僚たちといっしょに売り場を作ってもいいのよ?」 「お断りします。店長と私以外はアンドロイドしかいない職場で、売り場を作りながら何を雑談しろって言うんです?」  フロアにはすでに何体かのアンドロイドが働いている。彼女たちは人と遜色ない見た目だし、動作も昔のロボットのカクカクは消え失せ、人間と同様に自然で滑らかなものである。  しかし、嫌に人間染みたところがあるのも、この時代アンドロイドの特徴だった。口を開けば、やれどこの燃料オイルや電池のがいいか。やれ私のメーカーのサポート期限はいついつまでで、更新のためにお金を稼がなきゃとか。  アンドロイドの世界は人間の世界より厳しいらしい。私が本当に若いころならワープアと呼ばれていた存在だろう。更新という名のメンテナンスやアップデートができなければ、ただの電源の切れた鉄の塊である。  一方、人間は働かなくても湯水のごとく国からお金がもらえる存在だ。生まれてから借金は死語で、今や生まれてから貯金の時代なのである。これは新エネルギー源を独自に発掘し、採掘できたからだ。石油や石炭に替わるエネルギー資源として、自国内で生産、加工、販売が賄え、大いに潤ったのだった。このことで日本は富裕国となり、日本人には老若男女を問わず過剰なほど手厚い社会保障を施しているのが現状だ。  そもそも人間とアンドロイドは生物と機械。見た目は人間でも中身は根本的に違う。あとは若者文化を勉強しておくべきだった。バイトも安易にコンビニにするんじゃなかったな。いくら自堕落を脱出しようと親戚のツテで決めるもんじゃない。人間で働くという行為をするのは、よっぽどの暇人か物好きか、はたまた労働が生きがいか。……ああ、店長のように親が経営者で後を継ぐパターンぐらいか。  一時期無人コンビニなんてものが流行った。だが結局、 「夜中はともかく、昼間は人かアンドロイドがいて接客したほうがいいよね」 「簡単に楽しちゃいけないよね」 「そもそもカウンターフーズ買えないよね」  と、日本人特有の変なルールがいつの間にか出来上がっていた。苦労を美徳とし、効率化を嫌い、過剰なサービスをやってしまうところがある。それがこの国のコンビニの現状だ。  アンドロイドも接客のスキルが高ければ難なく仕事をこなせる。しかし、そんな人材は短期間で辞めるか、賃金のいい職場へ流れるかそもそも選ばない。誰が決めたかコンビニの低賃金は今も昔も安い。そして、求められるサービスは多い。極たまに面接に来る能力の高いアンドロイドが、あまりの時給の安さにヒューズが飛び、その場で製造メーカー送りになった話はあまりにも有名だ。  以上の理由から、アンドロイドすらに避けられているコンビニ業界に、経営者以外の人間がいること自体が異常事態なのだ。……まあ、私がちゃんと理由を言えばいいんだけど。一応表向きの理由は、大学が暇だから職業体験としている。アンドロイドたちは誰ひとりとして快い表情はしなかった。中には、 「バカでしょ?」 「きみちゃんってドМ?」 「嫌味な奴」  などなど、パンチの効いた言葉を受ける始末。裕福な娘が舐めた気持ちで働きに来たと思っているんだろう。確かにわからなくもない。私がアンドロイドだったら、はらわたが煮えくりかねないし。陰口も同僚たちと叩くだろうね。  あっちからしたら人間は、嫉妬、恨み、つらみ、僻みの対象である。働かなくてもいい、お金の心配をしなくてもいい――これだけでも上の存在と認めざるをえない。それでも、自我が芽生えてもロボット工学三原則をそれなりに守っている。人間に危害を加えるアンドロイドは、メンテやアプデができずに壊れてしまった存在。まともであれば一切そんなことはしない。  ……まあ、若返り手術を受けた人間とわかった日にはどうなるかわからない。自分たちにとって破格な値段のメンテとアプデが、無料で受けられたわけなのだから。ドス黒い感情が宇宙的速さで増幅して、それが隠されたコマンドになって、リミッターを解除してしまうかもしれない。可能性がゼロパーセントというのはありえないのだから。

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